「んー? なんか嫌な感じがするな。ナーベラルは何か感じるか?」
「いえ、私は特には……っ! この魔力は――アンデット?」
ふたりだけの休日から宿に戻り、一息ついていたオロチたちだったが、突然外から良くない気配を感じた。
既に外は日が完全に落ち、人通りも少なくなって不気味な雰囲気が漂っている。
しかし、いくらオロチとはいえ感知能力はそこまで高くない。
なので自分よりも優れた索敵能力を持つナーベラルに確認を取る。
そして、その結果は黒だった。
ナーベラルはオロチに言われるまで気がつかなかったが、『ディテクト・マジック』という周囲の魔力を感知する魔法を使い、街の中にアンデットが出現していると口にする。
戦闘特化のアバターとしてビルドされているオロチがこの事態を察知できたのは、鬼としての勘、もしくは戦闘を求める本能が上手く働いたのかもしれない。
もっとも、それは何かが起こっているかもしれないというひどく曖昧なものだったので、察知できたと言うには些か無理があるだろうが。
「こんな街中にアンデット? どうやら結構ヤバイことが起こっているみたいだな」
「そのようですね。しかし、この規模のアンデッドの群れが発生するのは自然発生では考えられません。おそらく何者かの手によって起こされた人為的なものかと」
そんな言葉とは裏腹にまるで緊張感を感じられない様子のオロチとナーベラル。
それも当然だ。
このふたりは文字通り人外の強さを有しており、オロチに至ってはユグドラシルでドラゴンの群れをひとりで撃退したこともあるのだ。
今さらアンデットの群れごときで慌てる必要が無かった。
(さすがにアインズさんクラスのアンデットが集団で襲ってきたら、それはもう逃げるしかないけどな。……まぁそんな状況、こっちから御免被るが)
オロチは自らの盟友と言っても過言ではない死の支配者の姿を思い描き、そしてその人物に集団で襲われるという想像をしてげんなりする。
あらゆる魔法を使いこなすというだけで厄介な彼が、それも集団で自分に襲いかかってくるなど悪夢でしかない。
「さて、どうするか……。このまま放っておいたらエ・ランテルの街は壊滅的な被害が出るだろう。そうなれば、俺たち冒険者活動にも支障をきたすかもしれん」
今のエ・ランテルの街にいる冒険者や兵士では、この事態を収拾することは難しい。
最悪の場合、街がアンデットの巣になる可能性もあった。
そうなれば当然オロチたちがこのまま冒険者活動を続けることはできなくなってしまう。
そこまで考えてオロチは、『仕方ないか……』と呟き立ち上がる。
「多少面倒だが、さっさと対処しなければもっと酷いことになりそうだ。パパッと行って片付けてくるよ。ナーベラルはどうする?」
「もちろんお供致します」
オロチの問いかけに対して即答するナーベラル。
そのことを若干嬉しく思いながらも、数だけは多いアンデットの群れを退治しなければならないのはやはり面倒だと感じている。
一方でナーベラルは、オロチと共にアンデット狩りができることを幸運に思っていた。
ユグドラシル時代にオロチが行なっていた配下たちのレベリングは、ナーベラルだけでなく全ての配下にとって夢のような時間だ。
モンスターの質は断然ユグドラシルの方が上だが、たとえ相手がアンデットであっても、それを幸運に感じることはナーベラルにとって至極当然のことだろう。
オロチと共に過ごすという事実は変わらないのだから。
(せっかく今日は休みにしたんだが、これじゃあ色々と台無しだな)
オロチにとってこの程度のことであれば、それこそ片手間で終わらせることができるだろう。
だがタイミングが悪かった。
今日はナーベラルといつもとは一味違う、ある意味特別な日を過ごしたのだ。
それを邪魔された気がして、オロチはこの騒動の犯人に苛立ちを感じている。
「じゃあ行くとしよう。アンデッドたちが発生している場所まで案内を頼めるか?」
「かしこまりました」
こうして彼らはアンデットが発生している場所へと向かった。
軽い気持ちでこの騒動に加わることにしたオロチだったが、この選択で多くの人間の命を救うことになる。
これはオロチの英雄譚の序章に過ぎない。
今後も彼は多くの功績を打ち立て、多くの人々に英雄と称えられるだろう。
しかし、決してその力が人類――いや、世界のために振るわれることはない。
彼の全てはナザリックにあるのだから。
◆◆◆
エ・ランテル近郊のとある墓地。
この墓地は普段から夜になるとアンデットが発生しやすい場所であり、そのアンデットに対応するため兵士が常駐している。
この場所を不気味に感じている兵士は少なくない。
たとえベテランの兵士であっても、あまり居座りたくないと思ってしまうほど不気味な場所だった。
そして今日に限ってはほとんどの兵士が寒気を感じていた。
なのに普段はアンデットが数体現れるこの墓地は、今のところネズミ一匹出ていない。
この異様な雰囲気を紛らわせようと、兵士たちはたわいもない話を繰り返していた。
そんな時間が過ぎていき、最初にその異変に気がついたのはまだ若い兵士だった。
「お、おい……なんだよ、あれ」
若い兵士は震えた声で墓地の方を指差す。
そこにはアンデットの群れ――否、アンデットの大群がゆっくりと進軍してきていた。
「アンデッドだと!? これほどの大群が一斉に発生するなど、今までなかったではないか!」
ベテランの兵士が思わず叫んでしまうほど、今この場所で起こっている現象はありえないことだった。
アンデッドというのは、死体が周囲の魔力を取り込んでモンスターへと変化するのだ。
たしかに墓地ならば多くの死体があるだろう。
現に今までも頻繁にアンデッドが発生していたのだから。
しかし、だからといってこの量のアンデッドが発生する理由にはならない。
そう不思議に思いながらも、ベテラン兵士は他の兵士へ指示を飛ばす。
「このことを今すぐ衛兵駐屯地に伝えろ! 我々ではどうすることもできん。援軍が到着するまで、何としても持ち堪えるのだ!」
そう言って目の前に広がる異様な光景をもう一度見渡す。心のどこかで間違いであって欲しいと願いながら。
だが現実は非常だ。
何度目も擦ろうとも、アンデッドたちの数は一向に減りはしない。
そして、そんなことをしている間にも奴らはゆっくりと歩みを進めていた。
目に見えているアンデッドはおそらく全て低級のスケルトンだろう。
しかしこの数は脅威だ。
兵士たちでも一体だけなら楽に倒せるが、目の前に広がるスケルトンは優に千体を超えている。
この場にいる全ての兵士が必死に戦う。
しかし、彼らでは数分の時間稼ぎすらも出来なかった。
「クソッ! いくら何でも数が多すぎる! 退却だー!! 引けー!!」
ついにベテラン兵士が退却の命令を出した。
既に何人かに兵士がスケルトンに殺されており、このままでは無駄に命を散らすだけだと判断した末の苦渋の決断だ。
その命令を受けた兵士は我先にと逃げ出し、そしてその先には――二人組の冒険者の姿があった。
「思ったよりも数が多そうでかったるいな。ほとんどが低級のスケルトンだから歯ごたえも無いだろうし」
「お、お前らすぐに引き返すんだ! この先には――」
「アンデッドの群れが居るのだろう? 心配するな。俺がなんとかしてやる」
その冒険者は、この場に相応しくない気の抜けた声でそんなことを言うのだった。