「……大丈夫なのか? この先の墓地にいるスケルトンは千を超えているんだぞ?」
墓地の見張りをしていたベテランの兵士が、二人の冒険者――オロチとナーベラルに向かってそう問いかけた。
その兵士の不安は当然だろう。
ふたりが首から下げているのは金色のプレート。つまりゴールド級の冒険者ということだ。
たしかにそこらの兵士よりは腕が立つのだろうが、言ってしまえばその程度。
とてもじゃないが、この先で起こっている事態を解決できるとは思えなかった。
しかし、だ。
その男は長年兵士を続けてきた経験から、人を見る目はそれなりにあるつもりだった。
そしてそんな自分から見た冒険者の二人組は決して愚か者には見えない。
それどころかミスリルやオリハルコン、ひょっとするとアダマンタイト級の実力を持っているのではないかと期待してしまう雰囲気を感じたのだ。
だからこそ、オロチの無謀と言っても良い言葉を一蹴しなかった。
「おい貴様、オロチ様がスケルトンごときに遅れを取るとでも思っているのか? このお方は――」
「はい、そこまでな。話がややこしくなるからちょっと大人しくしてろ」
ナーベラルが何かを口走る前にオロチが軽くチョップして止める。
実際、止めていなかったらどんな事を言っていたか分からない。それこそナザリックの情報を喋っていた可能性もあった。
普段のナーベラルは冷静なのだが、こうして時折ポンコツを発揮することがあるのだ。
しかしいつか直さなければいけないと思いつつも、頭を抑えて軽く涙目になっている彼女を見てオロチは、『少しくらいポンコツの方がナーベラルらしいか』なんて思っていた。
そして、「連れが失礼したな」と断りを入れてから兵士との話を続ける。
「アンタの質問の答えだが……もしも不安ならアンタらは救援を呼びに行くと良い。その間に俺が片付けておいてやるから。ま、日の出までには終わらせるよ」
そう言ってオロチは、まるで近所に散歩にでも行くかのような軽い足取り墓地へと進む。
その後ろにしっかりとナーベラルも追随していくのだが、先ほどオロチに怒られたので、どこかしょんぼりとした様子だ。
……ただ、兵士とすれ違うタイミングで噛み殺さんばかりに睨みつけ、その兵士は思わず『ひぃっ』と情け無い声を上げてしまう。
その声を聞いたオロチが振り返るが、変わらず項垂れているナーベラルが居るだけで、そのことを不思議に思いはしてもナーベラルが兵士を睨んでいたとは気がつかなかった。
なお、睨みつけられたその兵士は後に『俺はアンデットの大軍よりもあの女の方が恐い……』と証言したらしい。
兵士たちから離れ、墓地へと進むオロチは想定よりもアンデットの数が多いことを面倒に思いながらも、これほどの規模の騒ぎを起こした首謀者に少しだけ興味が湧いていた。
(これほど大きな騒動を起こすような相手だ。もしかしたらこの世界の中でそこそこ強い奴が居るかもしれないな。……期待はしてないけど)
オロチはこの事件の首謀者を生け捕りにして、情報源としてナザリックに連れ帰るのが一番効率的かと考える。
それなりの力を有しているのなら、それなりに裏の情報も持っていると思ったからだ。
その上、ユグドラシルには無かった技術や魔法を習得しているかもしれない。
そういったものの情報は今のナザリックではとても重要だった。
下手に放置していれば、いずれ足元を掬われかねないのだから。
そんな事を考えながらオロチは固く閉じられている門を飛び越え、着地と同時に一体のスケルトンを踏み潰す。
そして腰に差してある『童子切安綱』を鞘から引き抜き、そのまま横に一閃。それだけの行動で10体以上のスケルトンが一瞬で倒された。
「しっかし多いな……。ナーベラル、ここは任せても大丈夫か?」
「はっ、お任せください」
「そうか、じゃあくれぐれも気をつけてくれ。ナーベラルなら心配いらないと思うが、いくらスケルトンが相手だとはいえ油断はするなよ」
オロチはそう言い残してスケルトンの大軍に向かっていった。
その方角にはあからさまに怪しい建物があり、そこに首謀者が居ると当たりをつけたのだろう。
そして残されたナーベラルは――震えていた。
当然、目の前に広がるスケルトンを恐れて……ではない。
この場をオロチに任されたという喜びで、だ。
先ほど兵士に突っかかった件で失敗した自分にこの場を任せるなど、本来ならばあり得ないことだとナーベラルは考えていた。
しかし、オロチは自分に挽回の機会を与えてくれたのだ。
これほど気持ちが昂ぶる理由は無い。
その期待に応えなくては配下とした失格だと、自らの気持ちを奮い立たせる。
実際にはオロチはナーベラルが兵士に突っかかった件はそれほど気にしておらず、『コイツは少しポンコツなくらいがちょうどいい』という若干失礼なことを考えていた。
その上この場を彼女に任せたのは、単にオロチ自身が楽をしたかっただけだ。
ナーベラルが思っているほど深い意味は無い。
「フフフ、お前たちスケルトンに恨みは無いが、私の名誉のために――死ね!」
そうとは思っていない彼女はスケルトン相手に冷笑を浮かべ、そしてその両手に雷を迸らせる。
ナーベラルは雷撃系の魔法を得意としているマジックキャスターであり、本来のクラスレベルでは扱えないような第八位階の魔法も雷撃系ならば行使できるのだ。
それは間違いなくナーベラルの武器であり、強敵相手ならば切り札になり得ただろう。
しかし低級のスケルトンでは確実にオーバーキルだ。
いくら張り切っている彼女であっても、それくらいの判断を下せる冷静さは残していた。
「ツインマキシマイズマジック、エレクトロ・スフィア!」
ナーベラルの両手から放たれた雷撃の球は、それぞれ別方向にいるスケルトンに向かってまっすぐ飛んでいく。
そしてそれが着弾した瞬間、雷撃の球が一気に膨れ上がり広範囲のスケルトンを巻き込んだ。
雷撃の球が収まり、その攻撃があった場所を見てみると大きなクレーターができていた。
そのクレーターが彼女が発動した魔法の威力を物語っている。
本来であればナーベラルが放った『エレクトロ・スフィア』という魔法にここまでの威力は無い。
しかし、それの前に唱えられた『ツインマキシマイズマジック』。これにより魔法の二重使用、魔法の最強化が行われたのだ。
だからこそ、第3位階魔法にしてここまでの威力を発揮することができた。
だが、目の前に広がるスケルトンの数はあまり減ったようには見えない。
たしかにエレクトロ・スフィアによってスケルトンの数は大きく減ったのだが、それは精々100体倒した程度だろう。
スケルトン全体の数を見れば10分の1、もしくはそれにすら満たない可能性もある。
そこでナーベラルは考える。
これ以上長引かせれば非常にまずい、と。
なぜなら――
「これ以上長引かせればオロチ様の雄姿を見られなくなってしまう!」
他の者がこの場にいれば、思わず『は?』と聞き返していただろう。
心なしかスケルトンの顎が開いている気がする。
しかし当の本人は至って大真面目だった。
自身が敬愛するオロチの雄姿をこの目に焼き付ける事こそ、ナザリックの配下として正しい姿だと信じて疑わない。
だから早急にスケルトンを全滅させるべく、ナーベラルは自分が扱える魔法を頭の中でピックアップしていく。
第3位階魔法では殲滅力に欠ける。第4位階魔法でもそれは変わらないだろう。
ならば第5位階の広範囲魔法ならどうだろうか。
たしかにそれならば『ツインマキシマイズマジック』で強化すれば容易く屠ることもできる。
多少墓地の地形が変わってしまうかもしれないが、その程度であれば問題無いと判断した。
ナーベラルはエレクトロ・スフィアを発動した時のように雷を迸らせる。
ただし今回は腕全体にまで雷が広がっており、そこからは比較にならないほどの魔力を発していた。
「これで終わらせるわよ。――ツインマキシマイズマジック、ドラゴン・ライトニング!」
指先をスケルトンの方に向け、そう唱える。
するとその指先から龍を模した雷撃がスケルトンに放たれた。
放たれた雷撃は周囲に雷を撒き散らせながら凄まじい勢いで敵を殲滅していく。
この魔法は一度発動すれば、魔力が切れるか敵が全て死なない限り止まることはない。
荒れ狂うその姿は、まるで本物の龍のように恐ろしい力でスケルトンを蹂躙している。
そして発動から数分も経たずに全てのスケルトンが倒されるのだった。