鬼神と死の支配者172

 ヘルヘイム地下に広がるナザリックの前哨基地。
 前哨基地と言っても既にかなりの設備や兵力が充実しており、小国程度ならばこの戦力だけで滅ぼせるだけのものが揃っている。
 その気になればもっと充実させることもできるのだが、これらはあくまで防衛手段として置いているだけなので、これ以上兵士を補充するつもりはなかった。

 そして、今回のビーストマンとの戦いでも兵士を動員するつもりは無い。
 いくら無尽蔵に生み出せるスケルトン軍団とはいえ、一日に召喚できる数には限りがある。
 兵隊を動かしても余計な損害を被るだけであり、それを消費するのは賢いとは言えないだろう。

 獣狩りをするくらいであれば、この場に集まった少数だけで十分だった。
 ナザリックから新たに呼び寄せた階層守護者でもあるマーレ・ベラ・フィオーレ、そして前回の戦闘にも参戦したハムスケが今回の主な援軍である。

「よく来てくれたな、マーレ。急に呼びつけて悪かった。大丈夫だったか?」

 マーレはともかく、ハムスケに関しては完全にオマケ扱いであったが。

「もちろんです! オロチ様が必要と仰ってくれるなら、ボクはいつだって駆けつけます!」

 両手を胸の前でグッと握り締め、ふんす、と鼻息を荒くするその姿は非常に愛らしい。
 男だと頭では理解していてもついイケナイ扉を開いてしまいそうになる。
 マーレの製作者である『ぶくぶく茶釜』になぜ彼を男にしたのかと、小一時間ほど問い詰めたい気分になるのはもはやお決まりであった。

「ははっ、それは頼もしい。お前が来てくれて助かったよ。ありがとう」

「そ、そんな勿体ないお言葉です! ボクで良ければいつでもどこへでも加勢しに行きますから!」

 そんないじらしい事をマーレが言うものだから、オロチの右手が自然に金色のサラサラな髪をそっと撫でていた。

「あ……えへへ」

「頼りにしている。ただ、無理はするなよ。マーレに大怪我をさせたとなれば、俺は皆んなに合わせる顔がないからな」

「き、気を付けます!」

 すると、マーレの後ろに控えていた巨体がのしっと動いた。

「大殿、お久しぶりでござる。ナザリックで怖い先輩に揉まれに揉まれ、某は更なる成長を遂げたでござるよ。きっとお役に立ってみせるでござる」

 そう言って胸を張るハムスケは、相変わらず円らな黒い瞳をパチクリさせているが、心なしか鋭い眼光を放っている気がする。
 ナザリックの配下たちとの戦闘によってハムスケもまた成長している者の一人だ。
 少なくとも、前回よりは間違いなく強くなっていることだろうし、もしかすると単騎で街ひとつを落とせるくらいには成長しているかもしれない。

「アウラからずいぶん強くなっていると聞いているぞ。前回と同様、死なないように頑張れ。生き残ったら好きなだけ褒美をやるからな」

「かしこまったでござる」

「きゅいきゅい」

「殿も数日ぶりでござるな。おや、毛並みがいつもより艶を放っているでござるか?」

「きゅいっ!」

「なんと、大殿にお手入れをしてもらったのでござるか……それはなんとも羨ましい」

 ハムスケはオロチに熱烈な視線を向けた。

「わかったわかった。なら、この仕事が終わったらしてやるよ」

「本当でござるか!? それは楽しみでござる!」

 熱意に負けて思わず約束してしまった。
 若干フラグな気もしたが、死んだところで蘇生させれば良いだけなので気にしないでおく。
 単独行動をさせなければ死体の回収くらいは出来るだろう。

「ねーねーご主人様ぁ、 どうしてここに青髪剣士がいるの? 弱すぎて敵に食べられちゃうんじゃない?」

 今度はクレマンティーヌがブレインに絡みに行ったようだ。
 そういえばこの二人の仲は悪かったなと、今更ながら思い出す。

「フンッ、俺は強くなった。今なら貴様とも十分戦える。試してみるか?」

「あぁ? 私がテメェごときに負けるわけねぇだろうが」

 ブレインは木刀の柄に手をかけ、クレマンティーヌは忍ばせている暗器をいつでも取り出せるような体勢を取った。
 彼女に関しては腕を切り飛ばすくらいは平気で実行しそうな雰囲気だ。
 以前までの実力差であれば一方的にブレインがやられていただろうが、経験値をブーストさせるアイテムを使用しているおかげでそう簡単にはいかなくなっている。

「それ以上騒ぐな」

 あわや殺し合いが始まる、そう思ったタイミングで音もなく接近してきたナーベラルにより、両者とも頭をわし掴みにされて問答無用で黙らされた。
 言葉こそ静かに紡がれていたが、そこに込められた怒気は計り知れない。
 ナーベラルに頭を掴まれた二人は純粋な恐怖により小刻みに体を震わせていた。

「あ、はは。冗談だって」

「俺も、です」

「どうなされますかオロチ様。ご命令とあらば、即座に塵にいたしますが」

 ここでオロチが首を縦に振れば、彼女は一切の迷いなく魔法を行使するだろう。
 主の前で無意味に騒ぎ立てるなど重罪である。
 死んで当然、そう思っているのだから。

「ご苦労。だが離してやれ」

「かしこまりました」

 これでは中々話が進まないと感じたオロチは、強引に先へ進めることにした。
 パンッと手を叩き、全員の注目を集める。

「さて、そろそろ今回の作戦について話そうか。まずはこれを見てくれ」

「これは……ヘルヘイム以北の地図ですね?」

「その通り」

 オロチがテーブルに広げた物は、このヘルヘイムから北へと進んだ先に広がる山岳地帯の地図だった。
 それもかなり正確な代物で標高までが事細かに記されている。
 そんな地図を始めて見たブレインは目を白黒させていたが、周りがさも当然という感じで驚いてもいなかったので何とかスルーした。

「知っている者もいるだろうが、標的のビーストマンはここにある坑道を根城にしている。忍び込ませた配下からの報告では、あと数日中に人間の街に攻め込んでくる可能性が高いそうだ。そして、奴らが攻めるとすれば――多分ここだな」

 オロチが指差したのは竜王国の都市のひとつ。
 肥沃な土地が広がる穀倉地帯であり、各都市への食料供給を担っている竜王国の食料庫だった。
 位置的にも山岳地帯からそう離れている訳でもないので、雑食のビーストマンならばまずここを狙うだろうと推測される。

 これを予測したのはナザリックのブレイン担当であるデミウルゴスなので、恐らくは間違ってはいない筈だ。
 もし仮に間違っていても、多少迎撃地点が変更されるだけなので何の問題もないのだが。

「竜王国は既に俺の所有物。獣風情に好き勝手させるなど我慢ならん。この国から搾取して良いのは俺だけだ。害獣共は即刻、駆除するぞ」

 

   

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