鬼神と死の支配者173

 ビーストマンの進軍が始まった。
 薄暗い洞窟の中からぞろぞろと地上に溢れ出し、生き物のようにひとつに固まってまっすぐ竜王国の街へと進軍している。
 これから戦争が始まるのだ。

 だが、その事実を知る者は驚くほど少ない。
 オロチ達を除けば竜王国のドラウディロンと宰相、それからバハルス帝国のジルクニフくらいだろう。

 国民達は誰一人としてビーストマンに攻められていることを知らないどころか、既に以前の戦いで根絶されたと思っている。
 もしもこれが国民達に漏れてしまえば、かなりの混乱が起こると予想できた。
 自分たちを苦しめていたあの地獄がまたやって来るかもしれない、と。
 だからこそ情報が広がらないよう伝える相手は最小限に絞り、今日まで隠し通して来たのだ。

 もっとも、知ったところで市民や並みの冒険者にはどうすることも出来ない上に、前回の戦いよりも数は多いのでオロチ達がなんとかしなければ竜王国の領土は荒らされ放題になってしまうのだが。

「うげぇ、あいつら腹が減り過ぎて途中に生えてる木に噛り付いてやがる。早いとこ始めないと、ここらの山がはげ山になっちまいそうだ」

 丘の上から見下ろしてみると、わらわらと群がっている獣の大群が一帯に広がっていた。
 それを視界に入れたオロチは眉を顰める。

 生理的な嫌悪。
 人間が害虫を見て気分を害すように、ビーストマンはオロチにとってゴキブリのような存在だ。
 以前の戦いでは殲滅戦を楽しんでいたのだが、終盤はもはや作業と化していた為、これから行う事が面倒だとしか思わなかった。

 少し期待が出来る個体がいるとの情報もあるにはある。
 ただ、今まで遭遇してきた現地生物の強さを考えれば、過度な期待は禁物だとあまり考えないようにしていた。

「では作戦を開始しますか?」

「そうだな。あまり旨みの無い土地とはいえ、踏み荒らされているのは気に入らん。そろそろ動き始めるか」

 徐々に迫って来ている獣の大群から視線を外し、後ろに控えていた仲間達へと体を向けた。

「それじゃあナーベラルはブレインを頼むぞ。俺が軽く見てやった限りではコイツもそれなりに戦えるとは思うが、お前が無理だと判断したら強制的に転移させて他と合流しろ。お前自身も危ないと思えば避難して構わん」

「かしこまりました」

 オロチ、コンスケ、マーレのレベルカンスト勢を除けば、この中で一番強いのはナーベラルだ。
 単純なレベルもそうだが、転移後の世界でオロチと訓練した時間が多いのも彼女である。
 故にシステム的な強さではない、いわゆるプレイヤースキルと呼ばれるものが格段に養われていた。
 そんな彼女だからこそ、戦闘力に不安が残るブレインの世話を任せられる。

 次に少女二人組の方を見る。

「シズはクレマンティーヌとだ。ここ最近一緒だったから、ある程度は協力し合えるだろ。存分にこき使ってやれ」

「……了解」

 この二人であれば心配は要らないと安心できる。
 人間相手とはいえ、竜王国で数々のミッションを成功させてきたコンビであり、両者共に戦闘力も申し分ない。
 遊撃として十分な戦果を挙げられるはずだ。
 チームとしてもこの二人は意外と相性が良かった。

「んで、コンスケはハムスケとペアだな。子分が危ない時はお前がしっかり守ってやれよ?」

「きゅい!」

 コンスケが前足の片方を上げて返事をするが、ある意味ここが一番心配なペアかもしれない。
 戦闘という意味での不安は全く無いが、コンスケの精神年齢は割と低いのだ。
 何か不測の事態が起こった時、対処しきれるかがわからない。
 そうして元気な返事とは裏腹に不安が沸々と湧いてきてしまう。

 そんなオロチの不安げな表情を察したのか、ハムスケはつぶらな瞳にやる気の炎を灯した。

「大殿、安心めされよ。某と殿であれば敵陣を縦横無尽に駆け抜け、軒並み薙ぎ払ってみせるでござる」

「きゅいきゅい」

「……もしもヤバい状況になったら、ナーベラルかクレマンティーヌに指示を受けるんだぞ」

 本当に大丈夫かよと思いながらも、妙に自信たっぷりな魔獣組にこれ以上言うのも野暮だと思い、そう言って残った最後のひとりに視線を向ける。

「マーレは俺と来い。お前には今回、一番重要な役割を果たしてもらうつもりだ。しっかり頼むぞ」

「が、頑張ります!」

 この作戦でマーレが担う役割はとても重要である。
 それこそ、オロチとマーレの二人が居れば何とかなりそうなほどである。

「よし、最後にクレマンティーヌ、ハムスケ、そしてブレインはそれぞれお守り役の言うことはちゃんと聞けよ。もし逆らえば――俺が挽き肉にしてくれる」

 戦場では上官の言うことは絶対である。
 それはゲームであっても同じことであり、上級者の言葉に従わないプレイヤーなど邪魔でしかないのだ。
 簡単な言い付けを守れない仲間や部下など不要。
 それはこの三人にも言えることで、もしも彼女達の誰かがそれを破ればオロチは本当に挽き肉にする……ことは無いだろうが、徹底的な再教育を施すことになるだろう。

「わかったか?」

「もちろんでーっす!」

「承知!」

「き、気を付けます!」

 若干の威圧を込めたオロチの視線に、クレマンティーヌは何故か頬を蒸気させ、ハムスケはフサフサの胸をポンと叩き、ブレインは緊張した面持ちで答えた。

「各自、油断はするな。……マーレ」

「はいっ」

 オッドアイのダークエルフが嬉しそうに歩み寄って来る。

「手筈通りに頼んだ」

「わかりました!」

 マーレが杖を掲げて呪文を唱えると、大きな揺れが音と共に発生し、ビーストマン達を囲い込むように地面から巨大な岩が突き出して来た。
 ひとつの山を丸ごと覆う反り立った壁だ。
 籠の中の鳥。
 突如として起こった天変地異に慌てふためく今のビーストマン達には、まさにその言葉が相応しかった。

 

   

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