マーレの魔法によってひとつの山を丸ごと石壁で覆い、ビーストマンが逃げられないようにした。
以前の戦いでは結界を生み出すアイテムを使用して逃亡防いでいたのだが、今回はそれを魔法で代用した事になる。
信仰系の魔法を極めていると言っても過言ではないマーレだからこそできる荒業だ。
オロチは眼前に広がる石壁の檻を見て満足げな笑みを浮かべ、マーレの肩にそっと手を置いた。
「第1段階は上手くいったな。流石はマーレだ」
「あ、ありがとうございます!」
壁で周囲を覆っているだけなので当然それを登れば逃げられてしまうのだが、前回の経験を踏まえてこれでも十分だとオロチは判断した。
結果は大成功。
目算でおよそ30メートルほどの高さがあればそう簡単には逃げられない。
膨大な数の備蓄があるとはいえ、補充の目処が全く立っていないアイテムを使わずに魔法で代用できるのならば、それに越したことはないだろう。
こんなことなら前回もマーレに協力してもらい、効率良く殲滅すれば良かったと後悔するほどだった。
この世界に来て初めての大規模戦闘ということで、無意識のうちに自分がより多くの敵を狩れるようにしていたのかもしれない。
ただ、マーレに与えられた仕事はまだ終わっていなかった。
「では次の魔法にかかります。――《コントロール・アース》」
再び魔法陣が展開され、詠唱に必要な時間を終わる少しの間ジッと待つ。
そして、それが終了すると悲鳴があちこちから聞こえてくるようになった。
山道の地面が底無し沼のように変化してビーストマン達を呑み込んでいっており、彼らは必死に叫び助けを求めているのだが、無情にもゆっくりと身体が沈んでいっている。
「イヤダ! タスケ、タスケテ――」
「アシ、ヌケナイ! カラダ、シズム!」
じわじわと、しかし確実に迫ってくる死の恐怖を前に絶望していた。
極度の空腹からくる一種のバーサーク状態だったビーストマン達だったが、今その表情には空腹よりも死への恐怖しか映っていない。
たったの数分で阿鼻叫喚の地獄が広がっていた。
「おぉー、結構すごいな。あれだけウジャウジャいた連中が一気に目減りしたぞ。山の養分にもなって一石二鳥ってやつだな」
「……ふぅ、成功して良かったです」
「ははっ、俺はお前なら成功すると信じていたぞ?」
「も、勿体ないお言葉です!」
マーレが発動した魔法、《コントロール・アース》。
これは地面の性質を一定時間操作できるようになるという第7位階の魔法で、いくつかの条件を事前に設定しておき、このように自在に操作できるというものだ。
恐らく他の動物やモンスターも巻き込んでいるだろうが、効果範囲は壁の内側だけなのでそこまで問題は無いだろう。
ちなみに、最初に発動したのは《クリエイト・プリズン・アース》という第6位階の魔法である。
こちらは敵を囲むように壁の牢獄を作り出す魔法だ。
それをスキルの効果で増幅し、範囲を広げることで山を丸ごとひとつ覆うような巨大な壁を生成することが出来ていた。
「経験値の方はどうだ? ちゃんと『強欲と無欲』の方にストックされているか?」
「はいっ、そちらも問題ありません。しっかり貯まっています!」
マーレは右手に装備していた白色のガントレットを掲げてそう言った。
彼が所持することを許されたワールドアイテムは、『強欲と無欲』と呼ばれる白黒一対のガントレット型のアイテムである。
ワールドアイテムは世界の名前を冠する強力無比な代物であり、例に漏れずどれもその名に恥じない力を秘めていた。
そして『強欲と無欲』の効果は、所有者が得られる経験値をストックし、さらにその分の経験値を誰かに譲渡できるというアイテムだ。
経験値がストックできるというのはかなりの利点になる。
もしも仲間の誰かが死んでしまい復活させる事になったとしても、そのストック分の経験値を使う事でデスペナルティを回避することも可能になるのだから。
他にも発動に経験値を必要とする魔法やスキルもあり、活用法を考えればそれこそいくらでも思い付く。
今回の戦いで集まった経験値はナザリックの発展のために使われることだろう。
「良くやった、マーレ。あとはゆっくり見学でもしていてくれ。この戦いのMVPは間違いなくお前だな」
「そ、そんな……ボクはオロチ様に言われた通りやっただけですし」
「言われたことをしっかりとこなしたから褒めてるんだ。誰が何と言おうと、マーレの活躍は素晴らしかった。ここまで上手くいったのもお前が頑張ってくれたからだろ。誇っても良いさ」
「オロチ様……!」
謙遜は美徳と言われているが、マーレの場合はもう少し自分の功績に胸を張っていてもバチは当たらないだろう。
そんな性格も愛おしくはあったが、同時に心配する気持ちも湧いてくる。
(まぁ、姉のアウラがいれば大丈夫だろうがな。彼女は俺なんかよりもずっと気遣いができる好い子だし、何より姉妹なんだからお互いずっと理解し合っている筈だ)
「ん? どうかしましたか、オロチ様?」
少し考えていると、マーレが心配そうに顔を覗き込んできた。
これでは立場が逆ではないかと苦笑しながらも、大丈夫だという意味を込めて頭を少し乱雑に撫でてやる。
「いや、なんでもないぞ。それじゃあ俺も戦闘に加わってくる。マーレはもう少しここで少し休んでいてくれ」
「わかりました。それじゃあ休憩させてもらいます」
「おう。パパッと終わらせてくるよ」
そうしてオロチは丘の上から飛び降り、戦場の中心地へと向かうのだった。