森の中を駆けながら、オロチはビーストマン達を相手に暴れていた。
ある者は喉を裂き、ある者は首を刎ね、ある者は身体を両断する。
それらをほんの一瞬すれ違うタイミングで行なっており、ただでさえマーレの魔法によって大幅に減っていた彼らは反撃すら出来ずに再び数を減らしていっている。
そこに高度な駆け引きは存在しない。
あるのは一方的な蹂躙のみ。
大地がビーストマン血で赤く染まっていき、しかしオロチ自身は返り血を一滴も浴びることなく死体の山を築いていった。
「うん、まぁ始まってみると楽しいもんだな。雑魚とはいえ中々に斬り応えがあるし」
剣技とは実戦でこそ磨かれる。
そして実戦から離れていれば剣筋はどんどん鈍くなってしまうだろう。
ステータスやスキルが低下する事はないだろうが、間違いなく致命的な何か――戦闘感と呼ぶべきものは失われてしまう。
そういう意味はこうして格下を相手取るのも悪くない。
「カコメ! カコンデ、タタク!」
拙い片言の言葉で支持を飛ばしているのは、他の個体よりも一回り身体が大きいビーストマン。
おそらくレベルも比較的高いのだろう。
だから味方を指揮するだけの知能を有しており、無意味に命を散らすのではなく敵を倒す為の指示を出せるのだ。
とはいえ、だからと言って彼我の実力差はそう簡単に埋まるものではないのだが。
「ただ、スキルを使うまでもないというのは少々退屈だ。刀を振り回していれば勝てるなんて、お前らにもう少し頑張って欲しいところだが……まぁ無理か。ボスは張り合いのある相手だといいんだが」
「ギャッ――」
指示を飛ばす指揮官を最後まで倒さない理由は無いので、さっさと肉薄して首を飛ばした。
「ニ、ニゲロ!」
「コイツ、カテナイ。ツヨスギル!」
「エングン、ヨブ!」
すると、残っていた数十体のビーストマンは逃走を始めてしまった。
この中で一番強い者があっさり殺され、ようやくオロチの実力を認識したらしい。
(野生の獣やモンスターなら数体間引いてやれば逃げ始めるのに、コイツらは結構粘ったな。腹が減りすぎてまともな思考が出来ないのか? もしくは勇敢な戦士と言えなくもない。味方に欲しいとは全く思わないけど)
格上相手にも怯まず立ち向かうと言えば聞こえは良いが、要は無駄死にしているということである。
打開策の為に時間を稼いでいるのであれば問題ない。
しかし、何の意味もなく玉砕しに来ているのならただの阿呆だ。
「まぁ、どの道逃しはしない。大人しく死んでおけ」
ここは戦場。
背を向けたからと情けをかける理由はない。
それまで通り容赦なく太刀を振るい、殲滅を続けた。
そうして逃げ出した数十体のビーストマンを粗方仕留めたオロチは、次の集団を探すために行動を再開する。
周囲の気配を探り、仲間が集まっていない場所へと進路を決めた。
「ふむ、この調子でいけばすぐに終わりそうだな。俺が飽きる前に方が付きそうで何より。今回の褒美を考えておく必要がありそうだ」
あちこちから聞こえてくる悲鳴や派手な戦闘音は順調に進んでいる証拠。
マーレの魔法によってかなりのビーストマンを減らせたが、それでも元が多いので未だにかなりの数が残っている。
故に終盤は惰性で戦うことになってしまう為、そうなる前に終了するのは喜ばしいことだろう。
「テキ、コロセ!」
「クウ、クウ、クウ!」
すると、すぐに別の集団と接敵した。
しかも先ほどの戦闘場所からそう離れてはおらず、生き残っている者の数が明らかに多い。
そしてオロチを見るなり食いかかって来るくらいには凶暴性を孕んでいる。
「そのくらい活きがいい方が俺も楽しめる。だが――そう簡単に食わせてやるほど、この身体は安くはないぞ?」
「オレガ、サキィィ!!」
「マ、マテ!」
血気盛んな一体が鋭い爪を立てて突っ込んで来る。
その速度はとても普通の人間に出せるようなものではなく、確実に息の根を止めるべく繰り出された一撃だった。
「シネェ!」
「死なねぇよ」
振り下ろされた腕を身体を横にずらして避けた。
そして、自分の攻撃がいとも簡単かわされた事に驚いている間抜け面に蹴りを叩き込むと、『へぶッ!?』と奇怪な悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
仲間がやられ多少の動揺が広がるも、そこは単純な獣。
すぐに何かの間違いだと判断して他の者もオロチに遅い掛かる。
「オチツケ! コイツ、ツヨイ!」
「コロス! コロシテ、クウ!」
一体だけ冷静さを保っている個体がいたが、他はバーサーク状態に陥っているのか仲間の死すら恐れず、そんなことは関係ないとばかりに戦闘を継続した。
そんな統率の取れていない敵を見て、オロチはニヤリと笑う。
「無能な部下ほど面倒なものはないよな。皆が一斉に逃げれば、俺でも一体くらいなら討ち漏らしていたかもしれないに」
愚かな者たちへの嘲笑を浮かべ、しかし手は緩めることなく蹂躙を開始した。
一撃必殺。
太刀を縦に振るえば肉体が真っ二つに裂け、横に振るえば複数の命が散っていく。
相変わらずオロチの戦場は圧倒的なレベル差による殲滅戦が繰り広げられていた。
(血の匂いで感情の昂ぶりもあるが、ずいぶんコレにも慣れたもんだ。もう少し敵が強ければ、鬼としての本能が顔を覗いてくるかもしれん。……かと言って、ワールドエネミークラスを一人で相手にするのは御免だけど)
リ・エスティーゼ王国の王都で起こった出来事を思い出し、苦笑した。
いくら強い相手との戦闘に飢えているとはいえ、ワールドエネミーと一人で戦うのは無謀である。
それも自身の全力を封じた状態でだ。
そう考えると、適度な相手を用意してくれるユグドラシルのクエストは非常に最適だったと言えるだろう。
ビーストマンを率いていたボスに関しては多少の興味もあるのだが、遠目から見たところプレアデスの二人であれば十分に討ち取れるレベルでしかない。
コンスケであれば塵も残さず消滅させられる。
ただ、レベル以上の強さを彼の者が持っていれば、その時は――。
「あ、すまん。考えごとをしてたら終わってしまった」
ふと気付けば周囲には屍の山。
片手間で殲滅が終わってしまったようで、これにはオロチも若干の申し訳なさが浮かんでくる。
「バ、バケモノ……!」
「失礼な奴だな。見た目で言えばお前たちの方がよほど化け物らしいだろうに。もしお前に来世があれば、ちゃんと相手をしてやるから許してくれ」
そう言って嗤う姿に、辛うじて意識を保っていたビーストマンは確かに『鬼』を視た。