巨大な体躯を持つ獣が一陣の風が如く疾走していた。
「殿っ、振り落とされないようにしっかりと掴まっていてくだされ!」
「きゅい!」
四つの手足、そして蛇のような尻尾を器用に使って木々の間を縫うように移動しているのは、ジャンガリアンハムスターことハムスケである。
その背中にはぬいぐるみサイズのコンスケが引っ付いており、アクロバティックな動きをしても落ちないようにしがみついていて、それがまるでストラップのようにも見える。
「そろそろ他のチームも敵と接敵している頃でござるな。某たちも負けぬように張り切っていくでござる」
そんなことを言っている間にビーストマンの気配が強くなってきたので、一度木の上に登って周囲の確認をしておくことにした。
ただ、どうやら一足遅かったようだ。
他のチームが既に戦闘を開始しているようで、木の上から目を凝らしてみるとクレマンティーヌとシズの二人がビーストマンを虐殺しているのが見える。
「むむ、どうやら向こうにクレマンティーヌ殿のチームが既にいるみたいでござるな」
そして、聞こえてくる戦闘音や彼らの悲鳴の中には聞き覚えのある笑い声が混じっていた。
「キャハハハ! 死ねっ、死ねっ! 鬱陶しいんだよ、負け犬どもが!」
「……目標残存数、24」
淡々と効率良く敵を仕留めていっているシズに対し、クレマンティーヌはその性格から戦闘を楽しむようにこなしている。
簡単には終わらせようとしない。
レイピアで何度か身体を貫き、視界を潰し、ジワジワと恐怖を駆り立ててようやくトドメを刺すのだ。
たとえ相手が侵略者であるビーストマンだと考慮しても、こういった戦い方は常人であれば愉快な気持ちにはならないだろう。
もっとも、この戦場にいる者に関して言えば、どのような戦い方であれヘマさえしなければ何とも思わないのだが。
「あれは完全に血の匂いに酔っているでござるな。近付けば邪魔するなと攻撃してきそうでござる……。殿、これは別の場所に行った方が良さそうではござらんか?」
「きゅい」
「そうと決まれば早速移動するとするでござるよ。しっかり掴まってくだされ」
「きゅいっ」
触らぬ神に祟りなし。
十分に戦えている彼女達であればわざわざ共闘する必要性もなく、むしろ自分へ攻撃されてはかなわないとばかりに別の獲物を探すことにしたのだった。
「きゅいきゅい」
「ふむ、あちらから多くの気配がするのですかな?」
「きゅいっ」
「了解したでござる!」
見た目からは想像がつかないほど身軽にくるりと巨体を方向転換し、ほぼ直角に曲がって進路を変えた。
ハムスケであれば同じ魔獣として言葉を完璧に理解できるので、当てもなく森の中を彷徨うよりはコンスケの索敵能力を信じて動いた方が遥かに良い。
それに加えて、明日には剥製にでもされているのではないかと毎日ビクビクしながらナザリックで過ごしていたハムスケにとって、コンスケは自分を守ってくれる有り難い存在なのだ。
強さだけではなく、その優しさにハムスケは心から慕っていた。
故にその言葉を疑う気持ちは微塵も無い。
「某の成長した姿、是非とも殿に見てもらいたいでござる。クレマンティーヌ殿から武技をいくつか習ったゆえ、以前とは一味違った某をお見せできる筈でござる」
「きゅい? きゅい!」
オロチが考えていた修行方針としては、魔獣であるハムスケがこの世界の『武技』と呼ばれる技を習得できるのか、それを実験するつもりだった。
無事にいくつかの武技を会得し、戦闘力自体も大幅に底上げされている。
ここまで真剣に修行に打ち込んだ経験は無かったのだが、やらねば死ぬと必死に食らい付いていったおかげでレベルも技術も急成長を遂げたのであった。
「おやや、話している内に敵を発見したでござる。その上、先の魔法で混乱しているご様子。ここは奇襲一択でござるな」
木によじ登ってみると、ここから少し行った先にビーストマンの集団を発見した。
それも未だ混乱している者たちだ。
今ならば簡単に先制攻撃を加えて優位に立てるだろう。
出来る限り気配を消し、且つ素早く敵の元へと接近していった。
「では某から行かせてもらうでござる――武技《斬撃》!」
ハムスケが長い爪を振るうと、そこからそれが鋭い斬撃となって敵へと襲い掛かる。
この《斬撃》という武技は本来、剣などを用いて使用する技だったが、日々の鍛錬の結果それを持ち前の肉体で発動出来るようになっていた。
岩程度であれば破壊できる威力を誇り、人間よりも優れていると言われるビーストマンの鋼の肉体も易々と斬り裂ける。
「ヒクナ! カズデ、オセ!」
「まだまだ行くでござるよ! ――武技《能力向上》」
そして今度は動きのスピードが一段と上がり、包囲されつつあった場所から一瞬で離脱した。
身体能力を一時的に上昇させる武技を発動したことにより、元々魔獣として高い身体能力を持っていたハムスケは更なる高みへと押し上げられている。
これではビーストマンは動きを目で追うのがやっとであろう。
「クッ。チイサイホウ、ネラエ!」
「きゅい?」
戦闘が本格的に始まる前にコンスケはハムスケの身体から離れていたのだが、ビーストマン達はハムスケには敵わないと見るや標的をコンスケへと変える。
確かに見た目で言えばどちらが強そうなのかは一目瞭然だ。
倒せそうな敵から倒そうとするのは決して悪いことではない。
しかし、彼らのその行動は悪手以外の何物でもなく、自ら生存率を下げているようなものである。
「殿、某が相手をするでござるか?」
「きゅいきゅい」
「わかったでござる。では、そちらは殿にお任せするでござるよ」
どうやら今まで傍観に徹していたコンスケも戦闘に加わるようで、てくてくと効果音が付きそうなほど気軽に近寄っていく。
「サッサト、コロセ!」
「きゅい」
そして、コンスケは妖怪種だけが使える妖術を発動した――。