「……おい、それは一体何の真似だ?」
オロチは苛立ちを隠そうともせずに、眼下で這いつくばる男を睨みつけた。
男は後ろからナーベラル達が追い付いて来たのを見るなり、戦意がごっそりと無くなって一気に膝から崩れ落ちてしまったのだ。
その間にも配下である獣はオロチの手によって数を減らしていっているのだが、それを指揮しなければならない者が腑抜けてしまっている。
トップ同士の戦いはまだ始まったばかり。
いや、他のビーストマンを何体か屠っただけなので始まってすらいないと言える。
そんな中で一度も刃を交えずに戦意を失ってしまうなど、オロチからすれば不愉快以外の何ものでもなかった。
「安心しろ。俺とお前の戦いに後ろにいるあいつらは参加しない。誰にも邪魔される事なく、どちらかが死ぬまで死合えるぞ」
敵に増えたことで諦めたのだと思いそう言ってみるが、しかし男はオロチのその言葉を鼻で笑う。
「フッ、冗談だろう。ここまでの実力差のある相手と戦うなど割に合わない。それよりもどうか、我らの降伏を認めてくれないか?」
「あ?」
「これ以上戦う意思はこちらには、無い。もちろん、命を助けてくれるのなら我らビーストマンは貴方たちの支配下に入る。そちらとしても、兵力が増えると考えれば悪くないのではないか?」
跪いたまま、オロチに降伏すると告げてくるビーストマンの特殊個体。
オロチから受けた殺気がよほどこたえたらしく、騙し討ちをする気概さえ消え失せてしまっているようだ。
これが油断させる罠であればまた違ったのだが、そんな疑いを持つまでもなく表情を見ればもう諦めているのだとわかってしまう。
正直に言って興ざめであった。
これならば下手に知性があるよりも、本能で戦っている周りの獣共の方が数倍マシだ。
もはやこんな相手とまともに戦おうとすら思えない。
ため息を吐きながら血がべっとりと付いた刀を振り払い、鞘へと納刀する。
「……はぁ。そうか。戦う気が無いならもういい。その代わりいくつか質問に答えろ」
「か、感謝する!」
オロチは知らないことだが、彼は少し前にナーベラルにも同じことを告げている。
その時はにべもなく拒絶され、食い下がる暇もなく攻撃されていたので、大方今回も望み薄と半分諦めていたのだろう。
自分達が受け入れられたと思い、思わず身を乗り出すほどに驚いていた。
「まず最初に、どうしてお前たちはここまで数が膨れ上がったんだ? 聞けば数年前までは山の中でひっそりと暮らしていたそうじゃないか。それが急に竜王国へ侵略しなければならないほどの数となっている。一体何があった?」
「それは、私が生まれたからだ」
「お前が?」
「私はビーストマンの上位種……いや、変異体というべき存在だ。この世に誕生した時から既に他の個体よりも強い力を持っていた。そして私に影響されるように、周囲のビーストマン達の能力が上がっていったのだ。能力が上がれば当然狩りで死ぬ確率は下がっていく。それで気付けば食糧に困るほど同胞たち増えてしまった、という訳だ」
つまり、人口が増えてしまった所為で食う物が足りなくなり、頻繁に人間の街を襲うようになったと。
それまでは迷い込んだ旅人や小さな村を襲っていたらしいが、それで足りなくなってしまいリスクの大きな街に手を伸ばしていっただろう。
繁栄して数が増えた結果、滅ぶことになるとは何とも皮肉なものだ。
やはり、兵士として置いておくなら維持費がほとんどかからないスケルトン兵が最高であると、オロチは再確認した。
「ふーん、なるほどな。裏にそういうカラクリがあったのか。ならヘルヘイム……廃墟となっていた人間の街に住み着いていた奴らも、元はお前らと同じく洞穴の中に住んでいたのか?」
「恐らくそうだ。人口がパンクしそうだった時、食糧を求めて外へと向かった者達が多くいる。断言は出来ないが、十中八九我らの同胞だろう」
「そいつらを全滅させたのは俺たちなわけだが、それでも仇を討とうとは考えないのか?」
「自然界では弱肉強食が基本。それも致し方ない」
そう言い切ってみせる男。
反対にオロチのテンションはすっかり冷え込んでしまっており、もう一度大きくため息をこぼす。
ともかく、これで聞きたいことは全て聞けた。
もう彼らに用は無い。
「ナーベラル、コイツらの処理を頼めるか?」
「お任せください。処理、でよろしいのですね?」
「ああ。もう完全に興味は失せた。あとはお前とブレインに任せる。元々お前たちの獲物だったしな」
ナーベラルはかしこまりましたと言って、視線をビーストマンへと向けた。
その表情は冷たく、改めて見ると背筋が凍り付くような威圧感があり、今にも殺されそうな気配を漂わせている。
「……我らの降伏を認めてくれたのだろう?」
不安に思った男が恐る恐るオロチに確認した。
「そんな約束をした覚えはない。お前が勝手に勘違いしただけだ」
事実である。
オロチは刀を鞘に納めただけで、一度も降伏を認めるような発言はしていない。
彼らがそう思い込んでいただけ。
戦いを放棄した者に対して敬意を払う必要は無い。
そもそもビーストマンなどという種族を抱え込んでもあらゆる面でナザリックの足枷にしかならないので、最初から彼らを支配下に置くつもりはなかった。
当初の予定通り、根絶やしにする以外あり得ないのである。
「なっ!? き、貴様、話が違うぞ!」
「……おい蛆虫、口の利き方に気を付けろ。本来ならばこのお方は、お前のような下等生物ごときが言葉を交わせるようなお方ではない。最期に謁見できたことを感謝しながら、死ね」
わめき立つビーストマン達の前に、再び轟雷の悪夢が降臨する。
そうして聞こえてくる悲鳴を背中に受けながらも、オロチは一度も振り返ることなくこの場を後にしたのだった。