「正直期待外れもいいとこだ。そこの刺突武器を使っている女はまあまあ強いんだろうが、マジックキャスターの方はまるで駄目。この程度ではお遊びにもならんよ」
「クックック……そんな戯言を言っていられるのも今のうちだ。この死の宝珠の力を見るがいい!」
カジットは手に持っていた不気味な球を天に掲げると、それが鈍く光り始める。
そして、上空から体が人骨で構成されたドラゴン――スケリトル・ドラゴンが咆哮をあげながらオロチに襲い掛かってきた。
「グルルアアアァァ!!!」
なんとなく奇襲が来ることを予想していたオロチは、慌てる事なく後ろに飛び退き、スケリトル・ドラゴンの体当たりを回避した。
このドラゴンの姿はまさにアンデッドと呼ぶに相応しい姿であり、種族的にもドラゴンではなくアンデッドなので負のエネルギーを吸収して自身の力に変えることができる。
さらに第六位階までの魔法に対する完全体制を持っているので、相性によってはユグドラシルの中級プレイヤーでも手こずる者は多い。
しかし、物理攻撃や第七位階以上の魔法の攻撃であれば普通に通るため、一定のラインを越えた者にとってはただのデカイ的になる。
ドラゴンと言いつつもブレス攻撃を持たず、近接でしか攻撃してこないというのも致命的だろう。
唯一厄介なのが飛行能力なのだが、それを活かすには周囲のマジックキャスターたちの力量がまるで足りない。
(スケリトル・ドラゴンを使役しているのなら、コイツに乗って俺に魔法を撃ち続ければいいのにな。そこそこの機動力があるから、俺からすればそれが一番嫌な戦法だった)
オロチが考えていた戦法はユグドラシルでは割と一般的なスケリトル・ドラゴンの運用方法だ。
攻撃手段が自身の体のみという欠点を補うため、その背中に遠距離攻撃ができる者を乗せて奇襲をかける。
スケリトル・ドラゴン自体は非常にタフなので、相手が高レベルプレイヤーたちではない限りかなり有効的な戦法だった。
もっとも、オロチはその高レベルプレイヤーの中でもトップクラスの実力者なので、そういった戦法を取られても十分以上に対処が可能だ。
馬鹿正直に正面から突っ込んできたスケリトル・ドラゴンを腕力のみで吹き飛ばす。
自身よりも遥かに大きい巨体を、軽く殴っただけでダウンさせたオロチ。
当然そんなものを見せられたカジットたちは顔が青ざめ、冷たい汗が額を流れる。
「これが切り札か? スケリトル・ドラゴンくらいでは足止めにもならんぞ?」
オロチが殴ったスケリトル・ドラゴンの顔からボロボロと骨がこぼれ落ち、既に頭部の原形を留めていない。
それでも完全に動きを止めていないのは、流石アンデッドといったところか。
そこでようやくカジットがスケリトル・ドラゴンの援護に動く。
味方がやられてから援護に動くなど二流、いや三流以下のド素人だ。
いくら強力な魔法やアイテムを使おうとも、これではまったくの無駄になってしまうだろう。
「クッ、生意気な小童だ! 蘇れ我がしもべよ! レイ・オブ・ネガティブエナジー」
カジットが呪文を唱えると手に持っていた死の宝珠が再び光り始めた。
そしてその不気味な光がスケリトル・ドラゴンに注がれ、ボロボロだった顔面が逆再生されるように元に戻っていく。
しかし、ドラゴンの眼にも力が戻るが最初ほどの勢いは無かった。おそらく自身の顔面を半壊させたオロチに恐怖を覚えているのだろう。
いくらアンデッドモンスターとはいえ、オロチほどの圧倒的な力を見せつけられてしまえば、眠っていた恐怖という感情が呼び覚まされても不思議ではない。
「フハハハ! まぐれで倒したようだが今度はそうはいかぬぞ。――リーンフォース・アーマー、レッサー・ストレングス、シールドウォール、アンデッド・フレイム」
そんな様子にまったく気がついていないカジットは、複数の魔法をスケリトル・ドラゴンにかける。
カジットが唱えた魔法は対象のステータスを一時的に上昇させたり、または有利な状態にするものだった。
だが、そこまで高い効果はない下位の補助魔法なため、そうして魔法で強化されたスケリトル・ドラゴンもそれほど脅威ではない。
「やっとマジックキャスターらしい援護をしたな。ところで……もう準備は良いのか、お嬢さん?」
反射的にビクッと体が動いてしまうクレマンティーヌ。
彼女は自分の仲間に攻撃を支持した後、少しでもオロチとの差を埋めるために武技を使い自分を強化していた。
あれだけの攻撃ならばオロチを倒せないまでも、自分から注意を逸らす事くらいはできると思っていた。
しかし、実際はただ見逃されていただけ。
その事実はクレマンティーヌの戦士としてのプライドをひどく刺激した。
「……ふ、ふざけんなああぁ! テメェは絶対に私が殺す!」
そう叫んだクレマンティーヌが獣のようなスピードでオロチに突進する。
強化しただけあってその速度はかなり上がっていた。
だが、それでもオロチには届かない。
むしろ激昂して動きが直線的になっている分、対処が容易だった。
「うーん、惜しいな。そのキレやすい性格を直せば良い戦士になれるだろうに」
オロチが言ったその言葉は紛れもなく本心だ。
たしかに今のクレマンティーヌの実力では、オロチを倒すどころか攻撃を当てることさえ難しい。
だが戦闘経験もセンスも十分以上にあるので、レベリングを施し、軽く揉んで性格を矯正してやれば一流の戦士になると考えたのだ。
「一度離れろクレマンティーヌ! この小僧を倒さなければ我らの目的は達成できん! こうなれば最終手段だ。――死の宝珠よ!」
再びカジットが宝珠を天に掲げる。
その一辺倒な行動に流石のオロチも飽き飽きしていたのだが、なんと死の宝珠が光りだすと同時にカジットの仲間であるはずのマジックキャスター達から魔力を吸い取り始めた。
「う、うわぁ! カジット様、なぜ――」
マジックキャスターのひとりがそう叫ぶのだが、数秒でミイラのように干からびて死んでしまう。
味方を犠牲にして魔力を回復するような行為を目にしたオロチは、不愉快そうに眉を顰めた。
それは彼らを殺したことに対する嫌悪感ではなく、味方であるはずの彼らを騙し討ちで殺したカジットに対する嫌悪感だ。
目的のために手段を選ばないのは自分も同じだが、だからといって仲間を犠牲にしたことはない。
だからこそ、カジットが行った行為はオロチには到底理解できない行いだった。
「……自分が弱いからって、仲間を生け贄にするのは違うと思うぜ。カジット君?」
「ええい、やかましい! 彼奴らもワシのために死ねるのであれば本望であろう。それに……これで貴様もお終いだ!」
先ほどマジックキャスターから吸い取った魔力を使い、死の宝珠がより一層輝きだす。
地響きがして地中から何かが這い出てくる気配を感じたオロチは、すぐさまその場から離れた。
地面が大きく裂け、そこから出てきたのは二体のスケリトル・ドラゴン。
初めに召喚されたのと合わせて合計三体のドラゴンがこの場に呼び出されている。
それを見たオロチは、落胆の気持ちを隠さずに深いため息を吐いた。
「あーあ。あれだけ余裕ぶっていたから何かあるんじゃないかと期待したのに、出てきたのは出来損ないのドラゴンが二匹って……。不愉快なものを見せられたし時間の無駄だったな。だから――さっさと死ね」
その瞬間、オロチから放たれた殺気がその場を支配した。