鬼神と死の支配者15

「そろそろ終わりにしよう。これ以上待ったところで、お前たちからは何も得るものが無いと判断した」

死刑執行人のように一歩、また一歩とゆっくり歩いていくオロチ。
その身からは視認できるほどに濃密な魔力が放出されており、それを見たカジットとクレマンティーヌの顔は青ざめ、体は小刻みに震えている。

自分よりも強いことは分かっていた。
しかし、これほど強いとは微塵も考えていなかったのだろう。今では最初の威勢の良さをまったく感じることができない。

とはいえ、感情が無い筈のアンデッドモンスターであるスケリトル・ドラゴンでさえ、オロチの圧倒的な魔力に飲まれてしまっている。
だから所詮人間である彼らが恐怖に震えてしまっても、それは仕方のないことだろう。

「ま、待つのだ! まさかお主がこれほどの強者だとは知らなかった。ワシとお主が組めばこの世界すら思い通りになるだろう。だから――」

「安心してくれ、お前らは殺しはしない」

このままでは殺される。そう思ったカジットが口を開くが、オロチがそれを遮るように話し始めた。

「お前たち自身の強さに興味はないが、お前たちの持つ情報には非常に興味がある。だから殺しはしない。……ただ、情報を聞き出すための拷問で廃人になってしまう可能性はあるがな」

クックックと、オロチは邪悪な笑みでそんなことを言い放った。

オロチが思い浮かべるのはナザリックにいるひとりの配下の顔。
拷問官として作成されたその配下は、ブレイン・イーターという頭部がタコのような種族だ。

初見でその姿を見れば思わず悲鳴を上げてしまうほどの外見をしており、さらに強烈な性格をしているのでオロチやアインズでさえ若干苦手意識を持っている。

もちろんその拷問官――ニューロニスト・ペインキルはナザリックに忠誠を誓っており、中でもギルドマスターであるアインズには特別な感情を抱いているようだ。
そのことをプレアデスのひとりであるルプスレギナ・ベータに聞いたオロチは、安心と同時にアインズへの同情を多少だが覚えたという。

もっとも、ニューロニストも愛すべきナザリックの配下なので、オロチやアインズが無碍に扱うことはあり得ないだろう。

そしてオロチの言葉に絶望を感じたのはカジットだけではない。
クレマンティーヌもまた同様に……いや、オロチの実力がある程度測れるだけ、カジットよりも絶望は大きかった。

自分に待っているのは死よりも恐ろしいナニカ。
それを回避するためならば、自分が持つ何を犠牲にしても構わないと思ってしまう。

「ち、ちょっと待って! 私はカジッちゃんと違って裏の世界にある程度顔が聞くし、この王国で私よりも強い奴なんて数えるほどしかいない。あなたには負けちゃったけど私はきっと役に立てる。だから……!」

数分前まで激昂して殺すと言っていたクレマンティーヌも、早口で命乞いを口にする。
そこには戦士のプライドを持っていた彼女の面影はもはや無く、圧倒的な力の前に怯える可哀想な少女にしか見えなかった。

「ふむ。たしかに最近出会った奴らの中でも、お前は飛び抜けて強かったな。……まぁいいだろう。俺の忠実な飼い犬になるのであれば相応の待遇を用意してやる。承諾するならその証としてこれを首につけろ」

そう言ってオロチが差し出したのは首輪。
それもただの首輪などではなく、これは『絶対支配の首輪』というアイテムだ。

主人として設定された者に対して逆らうことができず、もし逆らえば激痛が走るという凶悪な効果を持っている。
ゲームであるユグドラシルでは、このアイテムは倫理的に問題があるためプレイヤーに対して使うことが制限されていた。

しかし、今はその制限が無くなったようで誰に対しても使うことができるのだ。
今のナザリックの状況で、捕虜に対するこれほど有用なアイテムも珍しいだろう。

そしてクレマンティーヌは、差し出された首輪を一切の躊躇なく自らの首に嵌めた。
彼女の心を支配しているのは生きたいという単純にして強い想い。それがクレマンティーヌを突き動かしている。

今まで自分より強い者に会ったことはあるが、恐怖で震えることしか出来ないなど初めての経験だ。
冷静な思考ができなくなり、よく考えもせずに行動してしまっても仕方ない。

「こ、これで私は助けてくれるんだよね……?」

「ああ、もちろんだクレマンティーヌ。お前が俺を裏切らない限り、お前を仲間として認めよう」

そう言ってオロチは優しくクレマンティーヌの顔に触れる。

すると今まで感じていた死の恐怖が収まっていき、むしろ安心するような心地良い感情が広がっていく。
緊張と緩和。オロチは無自覚にそれを使い、クレマンティーヌの心を支配したのだ。

「あぁぁ……ご主人様ぁ。このクレマンティーヌ、この命をかけて忠誠を誓いますぅ」

恍惚の表情を浮かべてオロチに跪くクレマンティーヌ。
実はそんなクレマンティーヌの様子を見たオロチは内心、この女チョロすぎないか?と思っていたりする。

そして、その様子を見て自分にもチャンスがあると思ったカジットは再び口を開いた。

「ではワシにもその首輪を嵌めても構わない。クレマンティーヌよりもワシの方が多くの情報を持っているぞ!」

「……カジットよ、俺は目的のために人間どもを虐殺するのは別に構わないと思っている。むしろ率先してやるべきだろう。だがな、仲間を殺すような者を信用することはありえないし、そんな奴を自分の仲間にするなど以ての外だ」

――故に、貴様のような愚物は視界に入れることさえ不快だ。

オロチのカジットに対する評価は既に最悪だった。
自分の仲間を犠牲にするなど考えられない。
そしてそれを平然と行ったカジットをオロチが受け入れることは未来永劫ありはしないのだ。

「では、これでお別れだ。次に貴様が目を覚ませば地獄が待っているぞ。楽しみにしておけ」

「ま、待つのだ! ……クレマンティーヌ、我らは仲間であろう? そのワシがピンチなのだ、助けるべきではないのか?」

カジットは活路を見つけたと言わんばかりに歪な笑みを浮かべる。
反対にクレマンティーヌは眉を顰め、痛い所を突かれたという表情だ。

オロチが仲間を大切にしているのは火を見るよりも明らか。
ならばここでカジットを見捨てればどうなるかと考え、クレマンティーヌは口を開く。

「私たちは仲間ではないでしょ? ただの協力者という話だった。だからね、私がカジッちゃんを助ける義理はないんだよ~」

オロチから感じていた恐怖が取り除かれ、普段の調子に戻ったクレマンティーヌは当然のようにそう答えた。
実際のところ、彼らは利害が一致したというだけの協力者だったので決して嘘ではない。
秘密結社ズーラーノーンという組織も、彼女にとっては身を潜めるのに便利だったから所属していたにすぎないのだ。

この場面で自分の命を犠牲にしてまで助ける理由は無い。
そう判断するのも当然のことだった。
そしてかつての仲間――否、協力者にも見捨てられたカジットは最悪の行動を取ってしまう。

「……ふざけるな!! なぜワシがこんな無様な目に合わねばならんのだ! もう良い、貴様らまとめて吹き飛ばしてくれる。 やれ、スケリトル・ドラゴン!」

カジットがそう命令すると三体のドラゴンが一斉に襲い掛かってくる。
クレマンティーヌがオロチの前に立ち、自らの武器であるスティレットを構えるが、オロチがそれを手で制してやめさせた。

「このドラゴンをアインズさんの土産にでもしようかと思っていたが……やめだ。これよりも、その死の宝珠とやらの方が喜びそうだからな」

そう言ってオロチは腰の刀に手を掛けた。

「せいぜい楽しませてくれよ?」

そんな言葉と共に。

 

   

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