三体のドラゴンが咆哮を上げながらオロチへと襲い掛かる。
今の状況を誰かが見れば、間違いなくオロチは死んだと思うだろう。
しかし、決してそんな未来は訪れない。
オロチの見た目は少年と言っても差し支えない姿なのだが、その実力は見た目通りのものではなく、むしろ桁違いの実力を秘めているのだから。
「最近は居合ばかり使っていたから、偶には普通に切り刻むのも良いな」
オロチは『童子切安綱』を鞘から引き抜く。そして構えを取ることなく自然体でスケリトル・ドラゴンに相対する。
そんな悠然と迎えるオロチに対し、三体のドラゴンは躊躇なく攻撃を加えた。
だがその攻撃は連携も全くなっておらず、数の利を活かせていない。
その上カジットの魔法による援護が行われていないため、まさに烏合の衆といった様子だった。
そしてその程度の攻撃がオロチに当たるはずもなく、その全てが掠りもしない。
「何をやっておるのだ、このウスノロどもめ! さっさとあの小僧を始末せい!」
極め付けに本来ならば援護しなければならない筈のカジットは、声を荒げて怒りを振りまくだけ。
それならばいっそのこと、オロチの気を紛らわせるために囮となり突っ込んで行った方が役に立つだろう。
しかし、幸か不幸かスケリトル・ドラゴンはアンデットモンスターなので感情を有していない。
だからカジットに叱咤し、援護を要請することは無いのだ。
「主人が無能だとコイツらが可哀想になるな。ま、だからと言って見逃すこともないけど」
ついにオロチが攻撃を仕掛ける。
上空から飛び込んできたスケリトル・ドラゴンを躱し、その首をすれ違いざまに撥ね飛ばす。
すると瞳に宿っていた赤い光が消え失せ、声さえ上げることなく沈黙した。
他の二体のドラゴンは仲間意識があったのか、より一層迫力のある咆哮を上げオロチに立ち向かう。
その姿はまるで強大な敵に挑む勇者のようだった。
しかし現実は非情だ。
そもそもスケリトル・ドラゴンの攻撃力ではオロチを殺しきることが出来ない。
何故なら鬼としての自然回復量が、スケリトル・ドラゴン三体分のダメージを上回ってしまうからだ。
なので例え攻撃をくらい続けたとしても問題ない。
今となってはスケリトル・ドラゴンが一体倒されたので、尚のこと不可能になっていた。
それでもオロチがしっかりと攻撃を回避しているのは、ユグドラシルで培った膨大な戦闘経験によるものだ。
上位プレイヤーの中には一撃で戦況をひっくり返してしまうような者もいる。
だからこそオロチは、意識せずとも攻撃を反射的に回避するようになっているのだ。
「冥土の土産に良いものを見せてやるよ。――『羅刹・飛翔斬』」
オロチは気まぐれでとあるスキルを発動させた。
このスキルは複数の対象に斬撃を飛ばすスキルであり、牽制などによく使用される技だ。
「そんな馬鹿な!?」
だが、それはあくまでユグドラシルの上位プレイヤーに対しての牽制であって、スケリトル・ドラゴン程度のモンスターには致命的な一撃だった。
オロチが放ったその斬撃は二つに分かれ、そのまま二体のドラゴンを切り裂いていく。
「ギュウルルゥ……」
スケリトル・ドラゴンがそんな弱々しい声を上げて倒れていく。
「あ、ありえん……。スケリトル・ドラゴンをこうも容易く屠るなど、たとえアダマンタイト級冒険者でも不可能だ!」
「ま、こんなもんだな。――クレマンティーヌ、コイツを死なない程度に痛めつけて拘束しておいてくれ。俺は後処理の準備をしてくる」
「は~い、わかりましたっ」
ニコニコと可愛らしい笑顔をオロチに向けながらビシッと敬礼するクレマンティーヌ。
しかし、オロチが背を向けて立ち去るとその表情が一変した。
「クレマンティーヌ……今なら奴から逃げられるかもしれん。ここはワシともう一度協力して――」
「ねぇ、カジッちゃん。私はやっと運命の相手を見つけたんだよー。あの方なら私の全てを受け止めてくれる、私の全てを認めてくれる、私個人を見てくれる。今ならあの方から感じた死への恐怖さえも愛おしい……。あぁ~、これが恋っていう感情なんだね」
クレマンティーヌは恍惚の表情を浮かべ、その瞳に狂気を宿しながらオロチへの愛を語った。
容姿が整っている為、その姿はまるで恋する乙女のようにも見えるのだが、実際に口にしている内容はとてもじゃないがそんな可愛らしいものではない。
この光景をオロチが見れば、間違いなく『ヤンデレ』という言葉を思い浮かべたことだろう。
そんなクレマンティーヌの様子に若干顔を引きつらせながらも、このままでは最悪の未来が待っているカジットはなんとか口を開く。
「……我らは誇りあるズーラーノーンの同士ではないか。ここでワシを見捨てれば、お主とてただでは済まないぞ?」
「フフフ、分かってないなー。たとえズーラーノーンが敵に回ったとしても、あの方の敵じゃないんだよ。それに――そんなこと私が許すと思ってんのか! あぁん!? そんな奴らは私が殺し尽くしてやるよ……!」
ズーラーノーンに狙われ続けるということは、自らの飼い主であるオロチにも迷惑が掛かってしまうということ。
クレマンティーヌにとってそれは決して認めることが出来なかった。
言葉を荒げて殺気を撒き散らすクレマンティーヌに、カジットは思わず息を飲む。
オロチという規格外の存在を除けば、クレマンティーヌも十分に強者に分類される一廉の人物だ。
そんな相手からの強烈な怒気を含んだ殺気に、学者肌のカジットが耐えられるはずがない。
「安心してよカジッちゃん。私って――人を痛めつけるの、だぁあいすきだからさ」
◆◆◆
「はい。エ・ランテルの街に何人か後処理のために配下を送って欲しいです。……ああ、それと今回の件の首謀者を捕えました。その内のひとりはそこそこ強かったので俺が飼ってみようかと……はい。それではよろしくお願いします、アインズさん」
オロチが連絡を取っていたのは、ナザリックで待機していたアインズだ。
オロチは今回の異変を察知して墓地に向かう前、念のためアインズに連絡を取り、いつでも増援を送れるように待機してもらっていた。
結果的には無用な心配だったが、安全マージンをしっかり取るのは間違っていない。
オロチが敗北するということはナザリックにとって大きな意味を持つ。
だから決してオロチが死ぬことなど許されないのだ。
「お疲れ様でした、オロチ様」
オロチがアインズとの通信を終えて一息ついていると、そこにナーベラルが現れた。
「ああ、そっちもお疲れさん。怪我はないか?」
「はい。低級のスケルトンに遅れを取るようでは、他のプレアデスたちに笑われてしまいますから」
「それは良かった。……ああ、そうだ。首謀者のひとりを俺が飼うことになった。この世界の人間がどの程度まで強くなるかという実験も含めて鍛える予定だから、ナーベラルも適当にシゴいてやってくれ」
――ピキッ
オロチの耳にそんな音が聞こえた気がした。
「それは、オロチ様のペットということですか……?」
「あ、ああ。そうなるな」
ナーベラルの口調に怒りのようなものが篭り、それに戸惑うオロチ。
実際にはその怒りはオロチに向けたものではなく、オロチのペットとなった人物――クレマンティーヌに向けられているのだが、オロチはナーベラルを怒らせてしまったのではないかと心配になった。
しかしナーベラルはオロチの想像の遥か斜め上をいく。
「……くっ、私としたことが! オロチ様のペット枠をどこの馬の骨とも分からん雌犬に奪われるとはっ! これではプレアデスたちに顔向けできません……」
「…………は?」
呆気にとられるオロチと、悔しさで泣き崩れるナーベラル。
いまいち状況が飲み込めないオロチは、とりあえずナーベラルを慰めるのに数分の時間を費やすのだった。