「オ待タセ致シマシタ。コレヨリ作業ヲ開始シマス」
「ああ、頼んだ」
オロチと話しているのはナザリックから派遣された配下のエルダーリッチだ。
首謀者であるカジットとクレマンティーヌの身柄を、エ・ランテルの警備兵に突き出すわけにはいかないので、オロチはふたりの死体を偽装するためにエルダーリッチをナザリックから呼び寄せた。
まだこの世界では確認していないが、死者蘇生に関する魔法やアイテムが無いとも言い切れない。
もしものときの為にも死体を作成した後は、その死体を復活できないレベルまで破壊するつもりだった。
そうすればそれらが偽物だとは思われないだろうから。
しかし流石に高レベルのエルダーリッチと言えど、疑われないほど精巧な死体を作成するのには時間が掛かる。
なので時間ができたオロチは、ナーベラルと共にクレマンティーヌの様子を見に行くことにした。
「いいかナーベラル、アイツを側に置いておくのは実験という意味合いが強い。現地の人間がどこまで強くなるのかっていうな。これはナザリックにとって非常に重要なことだ。だから、絶対に殺すなよ?」
「は、はいっ。もちろんですオロチ様。……先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げるナーベラル。
オロチに人間のペットができたと聞き少しの間正気を失っていたナーベラルだったが、オロチが彼女をなだめると次第に落ち着きを取り戻していった。
だが、オロチの手を煩わせてしまったのを反省しているようで落ち込んでいる。
そんなふたりがクレマンティーヌの元へと到着すると、彼女はニコニコとした表情でオロチに話し掛けてきた。
「ご主人様ー、ご命令通りカジッちゃんを痛めつけておきました!」
まるで飼い犬が主人に褒めてもらいたくて尻尾を振るかのように、クレマンティーヌはオロチに媚びてくる。
そして、それをあまり良く思わない人物がいた。
「……おい、家畜。あまりオロチ様に馴れ馴れしくするな」
「うん? ご主人様の名前ってオロチ様って言うんだ〜。じゃあこれからよろしくっ、オロチ様」
そんなナーベラルの言葉をまったく意に介さず、クレマンティーヌはオロチに過剰なボディタッチを繰り返す。
オロチはそんな彼女を犬や猫が戯れ付いてくる程度にしか感じていないのだが、ナーベラルはメイドとしても、ひとりの女としてもそれを中々許容することが出来なかった。
「フッ、いいだろう。駄猫にはどうやら躾が必要なようだ。……オロチ様、よろしいですか?」
「ああ、死なない程度なら構わないぞ」
「ええー!? 私のご主人様はオロチ様だけなのに……。ま、いっか。それじゃあ、怖ーいお姉さん、お手柔らかにね」
その言葉はナーベラルの神経を逆撫でしたが、オロチの手前なんとか気持ちを抑え込み笑顔を浮かべる。
バチバチと視線が火花を散らしているふたり。
しかも、お互いに満面の笑顔というのがより一層怖さを際立たせていた。もちろんその目はまったく笑ってはいない。
こんな態度を取っているクレマンティーヌだが、彼女はナーベラルの強さをしっかりと理解している。
迂闊なことを口走れば命取りになるだろう、と。
しかし、いくら命の危険があるからと言って遠慮していては、自分は今のポジションから変化することはない。
それは恋する乙女であるクレマンティーヌには耐えられなかった。
「あ、そうだ。あの霊廟の中には街から攫ってきた薬師がいるんだー。どんなアイテムでも使用可能なタレント持ちでね、今回の計画のために連れてきちゃった」
「……そうか、わかった。ちなみにお前はどんなタレントを持っているんだ?」
「タレントは産まれながらの能力だから私は持ってないよ」
オロチは『そうか』と言って攫ってきた薬師がいるという霊廟に向かう。
(タレントってのは、どうやらこの世界特有のモノらしいな。あとでアインズさんに報告しないと)
転移してきたオロチたちはタレントという存在を把握していなかった。
しかし、クレマンティーヌの言葉からある程度は予測が立てられる。
彼女が『絶対支配の首輪』を着けているとはいえ、今はまだ全てを話すつもりは無い。
だが、欲しい情報をすぐに出してくれた彼女の評価を、オロチは一段階上げた。
もっとも、当のクレマンティーヌは特に何も考えずに口に出しただけだったのだが。
霊廟の中には地下へと続く道が隠されてあり、その道を進むと地下にしてはひらけた場所に出た。
そして、その中央にはまだ10代と思われる少年がひとりで佇んでいる。
「ほぅ、コイツが例のどんなアイテムでも使えるっていう奴か……ん? 生きてはいるみたいだけど、生気をまったく感じないな。俺の手には負えないから、とりあえずコイツもナザリックに送るか」
少年が頭に着けているサークレットのような物は、オロチの目から見ても明らかに一級品のアイテムだ。
おまけに、クレマンティーヌの話では少年自体にも有用な能力が備わっていると言う。
ここで確保しないという選択肢は無かった。
「あー、アインズさん。聞こえますか?」
『ええ、聞こえていますよ。どうかされましたか?」
「実は――」
オロチはアインズにタレントのことや、目の前にいる少年のことを話した。
そして自分では対処できないから引き取って欲しいと伝え、この場所にアインズの魔法でゲートを開いてもらう。
「忙しいところ態々すみません。本当に助かりますよアインズさん」
「いえいえ、大した手間でもありませんから気にしないで下さい。……それで、例の少年というのは彼ですか?」
「はい、そうです。なんでも、どんなアイテムでも使えるという能力を持っているとか。もしそれが本当なら、もしかしたらギルド武器なんかも使えるかもしれませんね」
アインズは深く考え込む。ユグドラシルには無かったタレントという能力。
もし他にも強力なタレントを持っている者がいるなら、それは自分たちの脅威となるのではないか、と。
ここは既にゲームではない。
ユグドラシルであればゲームバランスを考慮され、強すぎるアイテムやスキルは修正されるが、この世界ではそんなことは行われないだろう。
もしかすると、相手を問答無用で即死させるようなアイテムもあるかもしれないのだ。
いくらオロチでもそのような相手に勝てる保証はない。
そう考え、アインズはこの世界に対する警戒を強めた。
「まだまだこの世界は私たちにとって未知な世界です。絶対に油断はしないで下さいね?」
「了解です。ただ、アインズさんも少しは外の空気を吸った方がいいですよ? この前アルベドが心配してましたから」
オロチがそう指摘するとばつが悪そうに視線を逸らした。
「実は研究が思いの外楽しくて……。別に無理をしているわけじゃないんですけど、この身体になってから休息が不要で時間を忘れて没頭してしまうんですよね……」
「なるほど。ま、無理をしてないなら俺から言うことはありません。ゲームでも現実でも、楽しむことが一番ですからね」
その後、久しぶりの会話をしばらく楽しんだ二人は別れを告げ、少年を魔法で浮かしたアインズはナザリックへと帰還した。
そろそろ夜明けが近いかもしれないと思ったオロチは、急いで霊廟の外に出る。
外にはボロボロになった傷だらけのクレマンティーヌと、えらくスッキリした顔のナーベラルが待っていた。
しかもクレマンティーヌはナーベラルにひどく怯えており、彼女特有の気安さが微塵も感じられない。
「……いったい何をしたんだ?」
あまりの変貌ぶりに思わずオロチがそんな言葉を溢す。
しかし、ナーベラルから返って来たのは――
「オロチ様のペットに相応しいように調きょ……教育しました」
そんな言葉だった。