「……まぁ、仲良くしているようで何よりだ」
ボロ雑巾のようになっているクレマンティーヌを見ても、オロチはあまり深くは聞かないようにした。
その結果として出た言葉だったが、それを聞いたクレマンティーヌは首をブンブン横に振る。
しかし、ナーベラルが彼女の方に振り向くとガタガタと震え出し、その目尻には涙すら溜めていた。
「……仲良くしているようで何よりだ」
オロチの口からまったく同じ言葉が出てくる。
もちろん本当に仲良くしているとは思っていなかったのだが、どこか上機嫌なナーベラルを見ているとそれ以上聞くことは憚られた。
怯えるクレマンティーヌには多少の同情を覚えたオロチだが、ふたりの関係性はこれから先も変わることはないだろう。
だから早めに慣れた方が彼女の為だろうと、あえて何もしなかった。
決して面倒になったわけではない。
「オロチ様、死体作成ガ完了シマシタ」
そうこうしている間にエルダーリッチが死体を作り終えたようだ。
魔法で空中に浮かしているふたつの死体はかなり精巧に作られており、これが偽物とは思えないほどだった。
「ご苦労さん。じゃあ作ってもらって悪いんだけど、この死体を蘇生できない程度に破壊してくれ。ある程度原型を保たせてな。それが終わったら、そこに転がっている赤いローブの男をナザリックに連れ帰ってくれ」
「御意」
短く返事を返したエルダーリッチは再び作業に戻っていく。
彼が作成した死体にはクレマンティーヌやカジットの血が使われており、見た目だけではなく魔法的な鑑定でも偽物と判明する可能性が限りなく低い。
おそらく、アインズクラスのマジックキャスターでなければ見分けがつけられないだろう。
「さて、そろそろこの街の人間がここに集まってくる頃だ。だから事情を話して報酬をぶん取ってやろうと思っているんだが……」
オロチはそう言ってクレマンティーヌに視線を向けた。
彼女は今となってはオロチに従っているが、元々は街を潰そうとしていた犯罪者だ。
もしも、過去に大きな罪を犯していれば手配されていても不思議ではない。
それを知らずにクレマンティーヌと一緒に行動していれば、痛くもない腹を探られ、オロチの冒険者活動にも影響を及ぼすだろう。
しかし、オロチに視線を向けられた彼女は、首を傾げるだけでオロチが何を思っているか理解していない。
そんなクレマンティーヌに仕方ないといった様子で説明し始める。
「クレマンティーヌ、お前は表に出ても問題ないのか? 例えば犯罪者として手配されているのなら、俺たちと行動する為に少し対策をしないといけないだろ? 他にも誰かに狙われているとか」
「あー、なるほど。私は犯罪者ではないけど、裏の世界ではそこそこ有名なんだよねー。だから下手に顔を晒すような真似はしない方が無難だね――です」
軽い口調で話すクレマンティーヌだったが、ナーベラルがイラついた顔を向けると、途端に取って付けた敬語になった。
すっかりと恐怖が染み付いているらしい彼女は直接言い返すことなど出来ず、代わりにオロチに助けを求める視線を飛ばす。
その姿はまるで小動物のようにオロチの庇護欲を掻き立てる。
あまり追い詰めすぎても潰れかねないと思ったオロチは、仕方なくクレマンティーヌに助け舟を出すことにした。
「冒険者として活動しているときなら、どんな喋り方でも構わないさ。ナーベラルだってもっと砕けた口調でも良いぞ? それと……ほれ」
オロチはアイテムストレージから仮面を取り出し、それをクレマンティーヌに渡した。
「これは?」
「一応マジックアイテムで、装備者の声をある程度変えてくれる仮面だ。結構丈夫だから戦闘にも使えるだろう」
仮面を受け取ったクレマンティーヌは不思議そうにそれを眺めていたが、オロチが自分に贈ってくれた物だとわかると、それまでの怯えた表情が一変した。
「わーい! ありがとうオロチ様! 一生大切にするねっ」
そう言ったクレマンティーヌはおもちゃを貰った子供のように喜び、受け取った仮面を掲げるように飛び回っている。
その子供のような姿に流石のナーベラルも毒気を抜かれたらしく、呆れた顔でクレマンティーヌを見るだけだった。
そこでふと、オロチは思う。
クレマンティーヌに仮面を譲ってナーベラルに何も無しというのはあんまりだ、と。
前世での女性経験はそう多くは無かったが、それでもそれが良くないということは分かる。
人間だった頃のオロチの顔はイケメンとは言い難い容姿だったので、こういった細かな気遣いには気を配っていた。
今回はそんな習慣が身に染みついていたからこそ、咄嗟にオロチはクレマンティーヌだけではなくナーベラルにも何か贈ろうと思ったのだ。
(贈り物、か。ナーベラルはガラクタをプレゼントしたとしても、そのガラクタを家宝にするとか言い出しそうだから逆に困るんだよな……)
課金して最大まで強化されているオロチのストレージには、それこそ膨大な量のアイテムが眠っている。
そこからプレゼントするとなれば選択肢が多すぎて迷うことになるだろう。
なので、ナーベラルが普段身に付けてもおかしくないような実用的なものにする事にした。
自分のアイテムストレージに入っているいくつかのアイテムをピックアップしていき、そしてネックレス型のアイテムを思い浮かべる。
「ナーベラル、少し後ろを向いてくれ」
「……? はい、かしこまりました」
オロチが突然そんなことを言い出したので少し怪訝そうにしていたが、オロチの言うことなので躊躇いなく言う通りに後ろを向く。
そんなナーベラルに近づいていき、後ろからネックレスを首に着けるオロチ。
「っ!?!?」
ナーベラルは急に後ろから抱き締められたように感じ、声にならない悲鳴をあげる。
自分の背後にいるのは間違いなく自らが敬愛するオロチ。
それ以外の者にここまで接近されるのは不快なだけだが、オロチだけは別だった。
心臓がバクバクと音を立てて活発に暴れ回り、顔に血が集まり熱くなるのを感じる。
「どうだ? ……うん、似合っているな」
ナーベラルがどんな気持ちなのか知らないオロチは、そんな能天気とも言える声をあげた。
数秒間混乱に陥っていたが自分の首に見慣れないネックレスがあることに気がつき、オロチが自分に着けてくれたのだと理解するナーベラル。
「あ、ありがとうございましゅ……」
真っ赤な顔でなんとかお礼を口にするが、それを言い終わるとプシューという音を出して気を失った。
「……あれま。そういえば前にもこんなことがあった気がするな」
「はははー、こんな怖い人でも結構可愛らしいとこあるんだねー」
「ナーベラルは可愛いやつだよ。お前には厳しいみたいだけど、そのうち態度も柔らかくなっていくさ」
倒れる前にナーベラルを抱き抱えたオロチはそのまま彼女を背負いあげ、そして既に明るみ始めている空を見て『早く行くぞ』とクレマンティーヌに告げて歩き出した。
クレマンティーヌは慌てて貰ったばかりの仮面を付け、オロチの隣を歩いて行ったのだった。