「――それで? 結局俺たちの報酬はどうなるんだ?」
オロチとナーベラル、そして新たに加わったクレマンティーヌは冒険者組合の会議室にいた。
当然クレマンティーヌは顔を仮面で隠し、さらに装備も全て一新させて足がつかないようにしている。
彼女の武器であった複数のスティレットはレイピアへと変更されており、防具も身軽で丈夫な革鎧の上からフード付きのローブを羽織るスタイルだ。
見た目だけなら戦士ではなくマジックキャスターに見えるだろう。
そしてこの場にいるのはオロチたち3人の他にもうひとり、エ・ランテルの街の冒険者組合長――プルトン・アインザックだ。
いかにも歴戦の猛者といった雰囲気を漂わせ、年齢は40代にもかかわらず身体の衰えはまったく感じさせない。
「今回の君たちの活躍によって、このエ・ランテルの街は救われた。だから出来る限りの報酬を支払いたいと思っている。まず、冒険者ランクをゴールドから一気にアダマンタイトまで昇格させる。そして、組合が支払える最高額の金銭を渡そう」
「ほう。俺としては嬉しいが、それほど簡単にアダマンタイトに上げても良いものなのか?」
「簡単ではないさ。墓地に残された三体のスケリトル・ドラゴンの残骸や、千は超えると思われるスケルトンの死体。そして首謀者たちの遺留品から秘密結社『ズーラーノーン』が関与していたことは確実だ。元々君たちはゴールド級冒険者だったということもあって、今回は私が使えるだけの権限を使って何とか昇格を取り付けたと言うわけだ」
「……ずいぶんと俺のことを買ってくれているようだな。だが、ただの善意というわけでもないのだろう?」
軽く威圧混じりにオロチが問い掛けると、組合長であるプルトンは苦笑いを浮かべ降参だ、とでも言いたげに両手を上げた。
「ああ、感謝の気持ちが無いわけではないが、それでも全てが善意ということは無い。多少の打算も当然ある。――私はオロチ君、君たちにこのエ・ランテルの街に居座ってもらいたいのだよ」
プルトンが冗談を言っているようには見えなかった。
しかし、相手の言葉をそのまま鵜呑みにしていては思わぬところでしっぺ返しが来る。
前世でそういった経験があるオロチは、慎重に相手の真意を探るため口を開く。
「何故だ? 俺の他にも冒険者なんていくらでも居るはずだ。それこそこの街に愛着を持っている冒険者も既にいるだろう」
「確かにこの街にも冒険者はそれなりの数がいる。しかし、それは最高でもミスリルの冒険者であり、オリハルコンやアダマンタイトといった英雄級の力を持つ者は居ないのだ。現に君たちがエ・ランテルにいなければ、今回の件は対処出来なかった」
今回起きたアンデット騒動をプルトンは重く受け止めているようで、自分たちでは対処出来ないとまで言い切った。
そして自分に言い聞かせるように続きを話し始める。
「私は……いや、この街に住む誰もがアンデットに襲撃されるなど考えもしなかった。それに対策を取ると言っても限度がある。もしそういった事態に陥ったとき、君のような優れた冒険者が居てくれたらそれほど心強いことは無い。この話を受けてくれるのなら、できる限りの便宜を図る。だから、頼む!」
そう言って勢いよくプルトンは頭を下げた。
冒険者組合長という立場の者が自分に頭を下げるということに軽く面食らったオロチだが、ここで安請け合いをするという安易な行動はせずに冷静に考える。
エ・ランテルにずっと居続けることは不可能だ。
冒険者になったのは情報収集や、世界中で名声を高め、オロチ自身が表立って動けるための立場を獲得するのが目的なのだから。
しかし、プルトンから提示された条件も捨てがたいと思うのも事実。
おそらくこの話を蹴ればミスリルやオリハルコンくらいには昇格できるかもしれないが、アダマンタイトは厳しいだろう。
それに、そこそこ権限があると思われるプルトンからのサポートが受けられないかもしれない。
それらを棄てるにはあまりにも魅力的な条件だった。
「そうだな……この話を受けてやっても良い」
「本当か!?」
「但しいくつか条件がある」
ガバッと頭を上げて嬉しそうな表情を浮かべたプルトンに間髪を入れずにそう告げた。
条件と聞き明らかに険しい表情になったが、オロチはそれを気にした様子もない。
すると根負けしたかのようにプルトンが口を開く。
「……その条件とやらを聞こう」
「まず、俺たちがずっとこの街に居続けることは無理だ。諦めろ。次に――」
「待て待て、それでは意味がない。君たちが街を離れている間に襲われることも考えられる。むしろ、よからぬ考えを持つ者たちはそのタイミングで仕掛けてくるだろう。そうなったときに君たちが居ないので意味がないではないか」
オロチの話を思わずと言った様子で遮るプルトン。
それも無理はない。オロチは受けると言いつつも、街を離れるという矛盾したことを当然のように言っているのだから。
しかし、もちろんオロチもそんなことは理解している。
「ああ、そんなことは分かっている。ちゃんとその為の策を用意しているさ」
「……続けてくれ」
「俺たちは即座に長距離を移動できる手段を持っている。それを使えば、一瞬で助けに来ることが出来るだろう。――これをアンタに渡しておく」
そう言ってオロチは懐から3つの水晶を取り出し、それをテーブルの上に置いた。
「この水晶はなんだ?」
「もしも街の危機に俺が不在だった場合はその水晶を砕け。そうすれば俺にそれが伝わるから、すぐにこの街に駆けつけよう」
プルトンは考え込むように水晶を眺める。
彼は今、オロチの言葉の真偽が掴めないでいた。
長距離を一瞬で移動できる手段とはなんだ? 真っ先に思い浮かぶのは魔法による転移だが……そんなことは可能か?
この水晶だって嘘の可能性もある。
しかし、これほどの強さを持つ者がこんな嘘をつく必要も無いはず。
色々な考えがプルトンの頭をぐるぐると回り、ひとつの結論に達する。
「その移動手段とやらを見せてくれないか? いくらなんでも自分の目で確認しなければ、エ・ランテルの冒険者組合長として信用できない」
「ああ、いいぞ。任せたナーベラル」
「はっ、仰せのままに」
ナーベラルは無表情でコツコツとプルトンに近づいていく。
なぜか近づいてくるナーベラルに妙に威圧感を感じていたプルトンだったが、オロチの意図をいまいち掴めていなかった。
そして、ついに自分の背後までやってきたナーベラル。プルトンは流石に警戒し始める。
そして次の瞬間、ナーベラルはプルトンの襟首を掴み上げた。
「なっ!?」
「テレポーテーション」
プルトンに叫ぶ暇も与えずにナーベラルは転移の呪文を呟き、ふたりは冒険者組合の会議室から姿を消した。
一方で残されたオロチとクレマンティーヌはそれぞれ対照的な反応をしていた。
オロチは協力者になる予定の相手に、あんな粗大ゴミのような扱いはなんなのだと頭を抱え、クレマンティーヌは仮面を押さえて笑いを堪えている。
これでプルトンにヘソを曲げられると面倒だとオロチは苦い顔をする。
転移した2人が戻って来るとナーベラルはいつも通りの無表情。
だが、ここで予想外のことが起こる。
いきなり転移させられた筈のプルトンは、まるで子供のように興奮した様子でナーベラルを褒め称えているではないか。
「……いったい何がどうなった?」
そんなオロチの呟きは、プルトンの声に掻き消されて消えていった。