「いやぁー、すまんすまん。長距離の転移魔法なんて本や英雄譚の中だけだと思っていたから、年甲斐もなく興奮してしまった」
照れたように話すプルトンに、オロチはなんとも言えない表情を浮かべる。
オロチからすれば威厳があった組合長がまるで子供のように喜んでいたのだ。
しかもこちらからすれば、急に首根っこを掴んで転移するなど失礼極まりないと思っていた行為を受けて、だ。
それを怒るどころか感謝するなど、いくら何でもオロチの理解できる範囲を超えている。
「……喜んでくれたのなら良いさ。ただ、そろそろ続きを話しても良いか?」
「おっと、そうだったな。続きを話してくれ」
このままでは話が大きく脱線してしまうと思ったオロチは、無理やり軌道修正して話を戻す。
「こちらは手札のひとつである移動手段を明かしたんだ。これで街から離れても問題が無いということを理解してもらえたか?」
「ああ、もちろんだ。転移の魔法が証明された今、この水晶の効果まで疑うほど私は愚かではない」
そう言ってプルトンは手元にある3つの水晶を不思議そうに眺めた。
同じような効果を持つ魔道具があることは知っているが、それらは非常に高価なため実際に目にしたことは無い。
しかし、この水晶にはそれらと同じくらいの価値があるのだ。この3つを売り払うだけでもそれなりの財産になるだろう。
流石にそんな真似をしようとはプルトンは思っていないが、そんな高価なものをポンと渡したオロチの身分に多少興味が出てきた。
もちろん、詮索して結果オロチの気分を害してしまっては最悪なのでそんな事はしない。
ただ気になることは紛れもない事実だった。
プルトンの中の予想では大貴族の落胤、もしくは王族さえもあり得ると思っている。
考えれば考えるほどオロチの身分についての妄想が膨らんでいくが、そんな思考を遮るかのようにオロチの声が聞こえてきた。
「じゃあ次だ。俺たちは宿屋に泊まっているんだが、長くこの街で活動するなら宿屋よりも家を持った方が良いだろう? だからこのエ・ランテルの街に屋敷を用意してくれ。豪華なやつをな」
「ふむ……いいだろう。丁度よく貴族が売りに出している屋敷があるんだ。今回の件の報酬と、この水晶の買取りということでその屋敷を贈呈しよう。他には?」
「この仮面を付けている女の冒険者登録を頼む」
オロチが自分の背後に控えていた仮面の女――クレマンティーヌを指差してそう言った。
しかし、顔を仮面で隠しているという明らかに怪しい人物の冒険者登録を行うほど、プルトンは馬鹿ではない。
プルトンの顔が険しくなるのも当然のことだろう。
「……なぜ彼女は顔を隠している? 正直、怪しんでくれと言っているようなものだと思うのだが」
「コイツは顔に呪いを受けていて、それを隠すために仮面を付けているんだ。決してやましい過去がある訳じゃない。それとも俺が信用できないか?」
部屋の中に沈黙が漂う。
確かに顔に呪いを受けているのなら、それを仮面で隠すのは何もおかしくはない。それが女性ならば尚のこと人の目には入れたくないだろう。
プルトンは冒険者として活動していた頃、実際に呪いを受けた者を見たことがあった。
その人物は男性だったが、醜く爛れている肌は男でも辛いものがある。
そんなことを思い出したプルトンはオロチの言葉を信じることにした。
ここでオロチが犯罪者を冒険者にする意味がないと思ったし、そもそも冒険者の中にも後ろ暗い過去を持つ者はいる。
それに、彼女の場合はいざとなればオロチ自身が対処するだろうという判断だ。
実際には呪い云々の話は真っ赤な嘘で、さらに仮面の女は過去に冒険者狩りを行なっていた犯罪者なのだが、それにプルトンが気が付くことは今後も無いだろう。
「わかった、君を信用しよう。では彼女の名前は?」
「タマだ」
「…………は?」
人の名前とは到底思えない単語がオロチの口から飛び出してきたので、プルトンは思わず聞き返してしまう。
そして、どうか自分の聞き間違いであってくれと願う。
「だからコイツの名前はタマだ」
しかし二度目もオロチから聞かされた名前は同じ。
まるでペットに付けるような名前に、プルトンはそのまま冒険者登録しても良いのかと迷う。
仮面の女性に視線を向けるが、当然彼女は仮面を付けているので表情が読み取れない。
「……できれば聞き間違いであってくれと思ったが、それは本当に本名なのか?」
「ああ、間違いなくそれが本名だ。タマは実の両親から虐待に近い扱いを受けていてな、本人はそのときの悔しさを忘れないために両親が付けた名前を名乗っているらしい」
それを聞いたプルトンは途端に仮面の女――タマに同情の視線を向けた。
子供にタマなんて名前を付ける親なんてまともではない。だから虐待に近い扱いを両親から受けていても不思議ではないだろう。
もしかしたら顔に受けた呪いというのも、その両親から受けたものかもしれない。
自分には妻はいるが、この歳になっても子供を授かることができなかった。
だからこそ子供にそのような非道な真似をする親を許せないとプルトンは憤る。
「本来は駄目だが、この際偽名で登録するも許可しよう。君たちのチームはこれから多くの名声を得ていくだろう。そのとき、タマという名前で辛い思いもするかもしれない」
「どうする? タマのことだ、自分で決めろ」
『……私はタマで良いよ。今後もこの名前を変えるつもりはない』
人の声とは思えないしゃがれた声。
実は彼女が付けている仮面で調整された声なのだが、そんなことを知らないプルトンはそれを呪いの影響だと思い、その顔に悲しさを滲ませた。
この辺りで少しだけ善人であるプルトンに罪悪感を覚えてきたオロチだったが、今更設定を変更することは出来ないのでさっさと話し合いを終わらせようと口を開く。
「では以上が俺たちの要望だ。屋敷の準備ができたら教えてくれ」
「ちょっと待ってくれ。実は君たちに依頼したいことがあるんだ」
席を立とうとしたオロチを引き止めるプルトン。
その眼には薄っすらと涙が浮かんでおり、オロチは罪悪感からやり難さを感じていた。
「オロチ君、君たちはブレイン・アングラウスという男を知っているかね?」
「ブレイン・アングラウス? ……ああ、確かこの国の王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフと互角に戦った剣士だったな。それが何だ?」
突然プルトンから質問を受けたオロチは、なんとか記憶からブレイン・アングラウスという男の情報を引っ張り出した。
オロチがブレイン・アングラウスのことを知っていたのはほとんど偶然だ。
アンデット騒動でアインズがエ・ランテルの墓地に訪れたとき、この国で強いとされている彼のことが少しだけ話題に上がった。
そのことが頭の片隅に記憶されていた為、咄嗟に答えることが出来たのだ。
王国ではガゼフには劣るが多くの人が知っている有名人なので、知らないと言えば不審がられたかもしれない。
情報交換の大切さを実感しつつも、オロチは自分を心配してこの情報をくれたアインズに感謝した。
「実はな、そのブレインが盗賊団に雇われているという情報が入った。それがもし本当なら並みの冒険者では対処できない。何しろ、かの王国戦士長と同程度の戦闘力を持っているのだからな」
「それで俺たちに討伐してこいってことか」
「話が早くて助かるよ。もちろん報酬も期待してくれて構わない。どうだ、受けてくれないか?」
オロチはしばらく考える。
実は一度、ナザリックに帰還しようと思っていたのだ。
オロチ自身もそろそろナザリックが恋しくなってきており、さらに新たに配下となったクレマンティーヌの紹介もしなければならない。
早めに紹介しておかなければうっかり殺されてしまいかねない。多くの配下の顔を浮かべ、そんな充分にあり得る未来を想像した。
と言っても、依頼された最初の仕事を受けないというのも印象が悪いだろう。
なのでオロチはこの盗賊討伐の依頼を受けることにした。
「まぁいいか。討伐の依頼を受けるよ」
しかし、オロチは知らない。
軽い気持ちで引き受けたこの依頼が、ただの討伐依頼ではなくもっと強大な戦いへと発展することを……。