「あそこが例の盗賊団の拠点か。いかにも盗賊が寝床にしてそうな洞窟だな」
オロチの視線の先にあるのは岩山に囲まれた場所に存在する洞窟への入り口だ。
ずいぶんと人目につき難いところにあるので、今まで発見されることがなかったのだろう。
そしてこの場所が盗賊の拠点だと決定づけるのが、洞窟の両脇に立っている2人の見張りだ。
その2人が装備している剣や防具はお世辞にも良い装備とは言えず、さらに清潔感の無い体がより一層盗賊らしさを出していた。
もし彼らのような人物が街に現れれば、数分も経たずに兵士がすっ飛んで来そうなほどの見た目だ。
「タマ、お前は左側を頼む。ナーベラルは他にも盗賊が居ないか周囲の警戒だ」
「はーい、任せてよ」
「かしこまりました」
オロチの指示にそれぞれ返事を返す。
なお、仮面を被っているときは周りに人が居なくとも、クレマンティーヌはタマと呼ばれることになった。
そうでもしないと、うっかり本名であるクレマンティーヌと呼んでしまいかねないからだ。
オロチはそのことを少しだけ可哀想に思ったが、当の本人であるクレマンティーヌが『はぁ……はぁ……ご主人様にタマと呼ばれると身体が熱くなる……!』と見事な変態ぶりを曝したのでそんな気持ちは既に吹き飛んでいる。
「じゃあ行くぞ? ――今だ」
その掛け声でオロチとタマが一斉に飛び出し、文字通り人外の速度で見張りの男たちに向かっていく。
見張りの男が武器を構える前にオロチは刀で身体を真っ二つに両断し、そしてタマはレイピアで喉を一突き。
その2人は悲鳴すら上げることが出来ず、見張りとしての役割を微塵も果たすことなく絶命した。
「ご主人様が貸してくれたこのレイピアって、すごく凶悪なんだね。これほど私好みな武器は初めてだよー」
タマがレイピアを眺めながらうっとりとした表情でそんなことを言う。
現在彼女が装備している物は、贈られた仮面以外は全てオロチから貸し出されたものだ。
ユグドラシルではゴミ扱いされていた装備品でも、こちらの世界では強力な武器防具になる。
タマが使っているレイピアもオロチが所持している武器の中では価値が低い。
これは別にオロチが貸し渋ったのではなく、彼女が装備できる武器がこのレイピアしかなかったのだ。
タマの職業的に装備できる武器は短剣やレイピアなどの軽い武器なのだが、オロチが所持している武器の多くは重量のある物ばかり。
更にはレベル的にも装備制限がかかるなど、色々な要因が重なった結果がタマが今装備しているレイピアとなったのだ。
もっとも、彼女からすれば破格の能力を持っている武器が使えるので文句は無かった。
今も頬ずりするほどレイピアを気に入っているのだから。
流石に武器に頬ずりするのは色々な意味で危ないと思うオロチだが、恍惚な表情を浮かべトリップしているタマには何を言っても無駄だろうと諦めている。
「ここからは出来る限り静かに行くぞ。理想は誰にも気付かれることなく、盗賊を根絶やしにすることだ。とはいえ、マジックキャスターであるナーベラルは洞窟の中の戦闘には向いていない。だからお前は周囲を警戒しつつ、逃げ出す奴を確実に仕留めてくれ。ここ以外にも出入り口が無いとも限らないしな」
「……はっ、かしこまりました」
一瞬だけオロチと別行動になることを本能的に拒絶しようとしたが、マジックキャスターが本職である自分が洞窟での戦闘に向かないことは紛れも無い事実。
ある程度近接戦闘もこなせるだろうが、今回は隠密行動が求められている。それは流石にオロチが求めるレベルでこなせる自信がナーベラルには無かった。
しかし、オロチと行動できるタマは嬉しさのあまり、ナーベラルの神経を逆なでするような言葉を発してしまう。
「わーい、ご主人様とふたりでデートだぁ」
「――殺すぞ、家畜が」
「ひゃんっ!」
絶妙にナーベラルを苛立たせたる言葉を吐いたタマは、彼女に濃厚な殺気を叩きつけられその身を震わせる。
オロチは放っておけばナーベラルがタマに魔法を打ち込みかねないと思い、彼女を宥めるために口を開いた。
「ほら、遊びはそこまでにしておけ。俺はナーベラルを信頼しているからその役割を任せるんだ。だからしっかり頼んだぞ、ナーベラル」
「は、はい! お任せくださいオロチ様!」
今にも飛びかからんとする気配が霧散し、オロチに信頼されているという喜びが心に広がっていく。
その時には既にタマへの嫉妬心は少しも残っていなかった。
「もちろんタマにも期待している。前はスティレットを使っていたからレイピアは使い難いかもしれないが、さっきの見張りへの一撃は中々良かった」
「っ! ありがとうご主人様! ……フフフ、頑張って盗賊たちを殺すね」
ナーベラルに怯えていたタマだったが、オロチから褒められると幸せそうに微笑んだ。
しかし、年相応の笑顔を浮かべながらもそれに似合わない物騒なことを呟くタマ。
ただ、この場にいるのはその程度の言葉に忌避感を覚えるような者はいない。当然オロチもそれを聞いたところで頼もしいと思うくらいの気持ちしか湧かなかった。
「じゃあそろそろ突入する。くれぐれも気取られるんじゃないぞ?」
「はい、お気をつけて」
「隠密行動は得意だから任せてよー」
こうしてナーベラルと別れて盗賊たちのアジトに潜入したオロチとタマ。ふたりは競うように盗賊たちを抹殺していく。
本来はこういった暗殺スタイルには刀は向かないのだが、それを器用に使いこなすオロチの技量は流石だろう。
しかし、最初こそスニーキングミッションを楽しんでいたオロチだが、もはや作業と化した戦闘に早くも飽き始めていた。
(うーん、ステルスゲームみたいで楽しかったんだけど、素人に毛が生えた程度の盗賊が相手じゃ面白くないな)
所詮盗賊というのは、農民や冒険者が食うに困った者が最後に行き着く掃き溜めのような場所だ。
中には好きで盗賊をやっている強者がいるのかもしれないが、少なくとも今まで現れた盗賊はそうではなかった。
戦場以外でも常に気を張り続けろとは言わない。
だが、自分たちの寝床が襲われているのにも気がつかないのでは論外だろう。
そんなことを考えていると、ふたりは分かれ道に差し掛かった。
「クレマンティーヌ……じゃなかった。タマ、二手に別れるぞ。ブレイン・アングラウスを発見したら俺に報告してくれ。一応そいつの力量を確かめたいからまだ殺すな」
「はーい、じゃあまた後でねー」
そう言い残し、タマは軽い足取りで『ばいばーい』と手を振りながら左の通路に消えていった。
「さて、俺も行くか」
オロチが右側の通路をしばらく進むと、正面から誰かが歩いてくる気配を感じた。
数はふたり。その足捌きからその二人の技量が高くないことが推し量れる。
そのことに若干の落胆を覚えつつも、薄暗い洞窟の中を疾走してその盗賊たちへと迫るオロチ。
そして一閃。
斜めに切り上げるように放たれたその一振りは、盗賊二人の体を簡単に切り裂いた。
何が起こったのかも分からず、間抜けな顔を晒しながら胴体がずれ落ちていく盗賊たち。
しかし、既に彼らへの興味を失っているオロチは特に気にした様子もなく、刀に付着していた血を振り払ってから鞘に収める。
するとパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。
「素晴らしいな。今の一撃は俺と同じ……いや、下手すりゃ俺以上の剣筋だった」
そう言って現れた男は、ボサボサの青い髪に鋼のように鍛え抜かれた肉体、そして腰に一振りの刀を携えていた。
今まで倒してきた盗賊とは比較にならないような覇気。おそらくクレマンティーヌ程度の強さを持っているだろう。
「ああ? 青い髪に腰の刀。お前がブレイン・アングラウスか?」
「いかにも、俺はブレイン・アングラウスだ」
どうやら当たりを引いたようだと、オロチは内心ほくそ笑んだ。