鬼神と死の支配者22

 対峙する両者。奇しくもお互いの得物は刀だった。だが、その価値はまったく別次元。

 ブレインが持つ刀は確かに業物であり、刀という括りの中でもかなりの切れ味を持っている。
 そのため下手な魔法が込められた武器よりも切れ味は上だろう。

 しかし、だ。オロチから見ればその刀はなまくら刀と大差ないように感じてしまう。

 なんせ自分の腰にはユグドラシルでも最上位クラスの武器である『夜叉丸童子』と、それには及ばないまでも自身が全幅の信頼を寄せている『童子切安綱』を携えているのだから。

 それらと比較してしまえば、ブレインの持つ刀をなまくらと評しても仕方がない。

「……お前さん、いったい何者だ? これほど強いのに今まで噂すら聞いたことがない」

「俺は最近売り出し中の、ちょっとだけ戦うことが得意な冒険者だよ。アンタみたいに大層な肩書きなんて付いてない」

「はは、面白い冗談だ。お前さんがちょっとだけ程度で収まる器かよ。まったく、おっかないガキだぜ……って、それはアダマンタイト級冒険者の証じゃねぇか!」

 ブレインがオロチの首元で鈍く光る黒色の首飾りを見て、目を見開きながらそう叫んだ。

 アダマンタイト級冒険者というのは特別な存在であり、英雄と呼ばれるに相応しい実力を兼ね備えた一部の者しかなることは出来ない。
 才能がある程度では決してたどり着けないその先、それこそがアダマンタイト級冒険者なのだ。

 しかし、その証であるプレートを持っている人物がまだ若い……いや、幼いと言って良いほどの年齢であるオロチ。
 これで驚くなと言う方が無理だった。

「ああ、これか? 最近昇格したんだ。つっても、冒険者登録してからまだ数日だけどな」

 特に誇る様子もなくオロチが答えると、ブレインは呆れたように息を吐く。

「……これが天才ってやつか? 俺もそこそこ才能はある方だと思っちゃいたが、どうやらそれは間違いだったらしい」

「天才だから、才能があるから……そう言って逃げる者ほどつまらない奴はいない。そしてそういう者たちは総じて――弱い」

「っ! ……へぇ、どうやらお前さんは俺に勝てるつもりでいるのか?」

「ああ、当たり前だろう。むしろお前程度に負ける要素がまるで無い」

 自分と面と向かって勝てる、そう言われたのはいつ以来だろうか。
 ブレインはかつてガゼフ・ストロノーフに敗れてからがむしゃらに武の道を極め、気づけば自分と互角に渡り合える者もごく僅かになっていた。

 今まで歩んできた道に誇りを持っているし、今ならガゼフと戦っても充分に勝てると思っている。
 それがまだ経験の浅い子供に面と向かって勝てると言われたのだ。
 腹が立たないはずが無かった。

「クハハ! これは面白い。アダマンタイト級冒険者になるくらいだ、お前さんは強いんだろうな。だが、戦いは強ければ勝つわけじゃないんだぜ?」

 ブレインは刀に手を当てて構える。
 これよりブレインが繰り出す技はガゼフ・ストロノーフを打ち破るために編み出した奥義。

 数年前に御前試合で負けた後、ブレインは日々研鑽を繰り返した。
 それは全てガゼフを越えるため。井の中の蛙だったかつての自分を越えるため。

 自分の人生の全てをこの刀に捧げてきたのだ。
 こんな子供に負けるはずがない。

「お子様に教えてやるよ。世界はお前が思っているよりも広いんだってな」

 ブレインの周りに円を描くようにして光の領域が出現する。

 彼が発動したのはユグドラシルにあったスキルではなく、この世界で独自に発展した武技という技だ。
 当然これを初めて見たオロチはこの現象に非常に興味が湧く。

「ほぅ、中々の殺気だな。大方その領域に入れば切り掛かってくるんだろう? 良いぜ、正面から受けてやるよ」

「……ふん、あの世で後悔することだ」

 薄ら笑いをその顔に浮かべながら、オロチはまったく躊躇せずに近づいていく。
 そんなオロチの様子に薄気味悪いものを感じながらも、自分の技に絶対の自信を持つブレインは勝利を信じて疑わない。

 そしてついにオロチが自分の領域内へと足を踏み入れた。

 狙うは頸部。人体の急所であり最も弱い部位。そこへ自信が磨きあげてきた最高の技を叩き込む。
 そうすればたちまち首と胴体が分かれ、血が噴水のように噴き出すことだろう。

「――秘剣・虎落笛!」

 ついにブレインがオロチへと切り掛かった。そしてそれと同時にオロチも動く。
 ブレインが動き出したのを確認し、それに合わせるかのように腰に差している童子切安綱を引き抜き、ブレインの刀を迎え撃つ。

 交錯する両者。

 表情が先に崩れたのは――ブレインの方だった。

 ブレイン自身には傷ひとつない。しかし、振るった刀にこれほど手応えがないのは初めての経験だ。
 不思議に思い刀の先を見てみると、そこには根元からポキリと折れた愛刀の姿があった。

「ば、馬鹿な! 俺の虎落笛が破れるどころか、刀が真っ二つになるなんて……!」

 ブレインは驚嘆する。
 自分が放った一撃は間違いなく最高、最速の一撃だったはず。
 それを躱すどころかその刀をへし折るなど、果たして人の身で成すことが可能なのか。

 ブレインが自分の敗北を中々認めることが出来ずにいる中、オロチは残酷な言葉を口にする。

「うーん、まぁまぁだったかな? でも俺を捉えるには速度がまったく足りない。少なくともこれくらいはやってもらわない――っと」

 そう言って無拍子で放たれた一撃。
 それはブレインの首を刎ねる寸前で止まっており、少しでも動けば刀の刃が首に食い込むだろう。

 ブレインはオロチが放ったその一撃を躱すどころか視認することさえ出来なかった。
 相手は自分の技を完璧に見切った上で、武器を破壊するという神業を事も無げにやり遂げているというのに。

 ブレインは自身が積み上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に陥っていた。

(ブレイン・アングラウスはこの程度だったか。刀を使うって聞いていたから結構期待してたんだけどな……)

 ブレインへの興味を失ったオロチは刀をしまい、ブレインの処遇について考える。
 ここで殺すか、もしくは実験体としてナザリックに連れ帰るか。
 そのどちらにも共通しているのが碌な未来が待っていないという事だ。

 実験体としての価値を示し続ければ或いはそれなりの待遇を受けられるかもしれないが、基本的にナザリックの住人たちは人間を下等種族として見下している。
 なのでブレインにとっては非常に生き難い環境と言えるだろう。

 だからこそオロチは迷う。
 ここでブレイン・アングラウスという男の可能性を潰して良いのだろうか、と。

 オロチにそう思わせる程度には、剣士としての可能性を確かに持っていたのだ

 しかし、オロチの攻撃にまったく反応できなかったブレインはすっかり戦意を喪失してしまい、その場にへたり込んでしまっている。

「……俺がやってきたものは、全て無駄だったのか……?」

 そう自問するブレイン。
 その姿は抜け殻のように覇気がなく、まるで魂が抜けてしまったような状態だった。

「無駄かどうか決めるのは自分だ。お前が本当にそう思うなら無駄だったんだろうな。だが、お前がまだ剣士でいると言うなら――これをやろう」

「これは……?」

 オロチが差し出したのは木製の刀、いわゆる木刀だった。
 しかし、ただの木刀ではない。
 この武器を使っている間は、得られる経験値が大幅に上昇するという効果を持った成長アイテムなのだ。

 もちろん見た目通りの木刀程度の威力しかなく、武器としての価値は全くない。
 それに経験値のブーストが掛かるのも精々50レベルまでで、レベルという概念が存在しないこの世界の住人にどれほど効果があるか不明だ。

 だからこれは実験という側面もあった。
 現地の人間に成長アイテムでドーピングした場合、どれほどの効果があるのか確かめるための。

 そしてブレインは葛藤していた。
 目の前に差し出されたこの木刀を受け取るか否か。

 剣士としてのプライドも自信も、愛刀と共にポキリと折れてしまった。だが、僅かに残っている剣士の魂が叫ぶのだ。
 その刀を受け取れ、と。

「……わかった。有り難く受け取ろう」

 ブレインはまるで王から剣を受け取る騎士のように恭しく木刀を受け取った。
 そしてオロチに向かって自分の決意を口にする。

「俺をアンタの弟子にしてくれ! アンタの弟子になれば、俺は剣士として更なる高みを目指せる!!」

「え? 面倒だからやだよ」

 オロチはそう言ってにべもなく断るのだった。

 

   

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