鬼神と死の支配者23

 オロチと分かれ道で別行動を取ることになったクレマンティーヌことタマは、すでに盗賊たちを30人近く屠っていた。

 彼女を突き動かすのはたったひとつの純粋な気持ち――愛だ。

 オロチに褒められたい。オロチに撫でられたい。オロチに抱き締められたい。オロチに愛されたい。オロチに支配されたい。オロチに――殺されたい。

 元々クレマンティーヌの精神は壊れていた。
 それがオロチという絶対的な強者に出会い、それまで感じたことがなかったほどの恐怖と幸福感を同時に味わうことになる。

 すると、今まで自分を襲っていた殺害衝動がオロチに認められたいという承認欲求へと変化した。
 歪な彼女の精神に大きな変化が訪れたのだ。
 ……もっとも、それが良い変化なのか悪い変化なのかは分からない。

 確かなことは自分の全てはオロチのためにある、クレマンティーヌは本気でそう思っているということだ。

「そろそろ盗賊も少なくなってきたかなー。こんなつまらないことは早く終わらせて、ご主人様に褒めてもらいたいなぁ」

 仮面で表情は伺えないが、おそらく年相応の乙女のような顔をしていることだろう。
 かつてはこういった殺害を何よりも楽しんでいたクレマンティーヌだったが、今となっては面倒だとさえ思っている。

 自分の幸せはオロチと共に在ることであり、それが全て。
 どうやら主人は何かを隠しているようだが、そんなことは些細な問題だ。
 自分がもっとあの人に尽くせば、あの強く優しい主人はいずれ全てを話してくれるだろう。
 その時が本当の意味でクレマンティーヌを認めたということをなのだから。

 オロチのことを思い浮かべ、幸せな妄想の世界に入り込んでいたクレマンティーヌを男の声が邪魔をした。

「お、お前はいったいなんなんだ! 俺の仲間たちをこんなに殺しやがって!!」

「んー? まだいたんだ。せっかくご主人様のことを考えていたのになー。だから……このクレマンティーヌ様が惨たらしく殺してやるよゴミクズがぁ!」

 クレマンティーヌは幸せな時間を邪魔した男に激怒し、腰のレイピアを引き抜いて一直線に駆け出す。

 この男こそ盗賊団『死を撒く剣団』の頭領なのだが、所詮は盗賊。英雄の領域に片足を突っ込んでいるクレマンティーヌの相手ではなかった。

 少しずつ相手の体をレイピアで貫いていき、苦痛が全身に広がっていく。そうして男に長い苦痛を味あわせていった。
 クレマンティーヌは自らの至福の時間を妨害したこの男は楽に殺さない。

「や、もう止めてくれ……!」

 身体中が穴だらけになろうとも、レイピアの刺突攻撃では中々死ぬことはできなかった。
 それはクレマンティーヌが意図して急所への攻撃を徹底的に避け、作業のように男の身体を貫いているからだ。

 既に男の戦意は喪失し、逃げ出す気力さえ残っていない。

「あれー? もう終わっちゃったんだ。そろそろ私も疲れてきたから……じゃあね」

 レイピアで男の喉を貫く。
 その一撃では即死することはなかったが、間違いなく致命的な一撃だった。
 むしろ息を吸うことができずに苦しみ、全身を襲う痛みを長く味わうことになるぶんこちらの方が凶悪な攻撃だろう。

 そしてクレマンティーヌは貼り付けたような笑みを浮かべて歩き始める。
 そんな彼女が頭の中で考えることはやはりオロチのことだった。

「これだけいっぱい殺したんだから、きっとご主人様に褒められるよね」

 思い出すのは初めて自分に触れてくれたあの時のこと。
 暴力的なまでの殺気を受け、死を覚悟していた自分を包み込むような暖かい手だった。
 その瞬間から、彼女はオロチが全てとなったのだ。

 それはクレマンティーヌにとって幸福なことだったのだろう。
 オロチへの狂おしいほどの愛情によって、彼女は生まれ変わったのだから。

 

 ◆◆◆

 

 一方、洞窟の入り口で周囲の警戒をオロチに任されたナーベラルは、周辺を一望できる丘の上で辺りを警戒していた。
 彼女の首元にはオロチから贈られたネックレスが光り輝き、無意識のうちにそれを握りしめている。

 このネックレスを贈られてからというもの、ナーベラルは時折こうしてネックレスに触れてた。
 安心するのだ。
 このアイテムには精神安定の効果は無いはずなのに、まるでオロチが側で見守ってくれているように。

 その見守るというのはあながち間違ってはいない。
 伝説級のレアリティを誇るこのネックレス型のアイテムの名前は『精霊王の首飾り』。

 魔力を一定量貯めておく事ができ、それをいつでも自由に引き出せるというマジックキャスターにとっては非常に有用な効果を持っている。
 さらにこのネックレスには貯まっている魔力に応じて追加効果もあるのだ。

 そして今、ここに宿っているのはオロチの魔力。
 オロチが自分を見守ってくれている、とナーベラルが感じても不思議ではなかった。

「あら? この反応は……?」

 周囲の警戒を続けていたナーベラルが違和感を覚えた。
 周囲の生命を探知するディテクト・ライフや、敵を感知するセンス・エネミーを使用していたのだが、どうやらそれらに引っかかった反応がある。

 しかし集中していなければ見逃してしまいそうになるほど弱々しい反応であり、普段なら発見しても気にもしないだろう。
 だが、この時のナーベラルは何故かこの反応が気になってしまった。

「うーん、オロチ様に報告するべきかしら。でも、私の勘違いという可能性も……」

 ナーベラルは迷う。ここでオロチに報告してもし自分の勘違いだったら、と。
 この程度の弱い反応ならば自分の気の所為という可能性もある。
 むしろその可能性の方が高いかもしれない。

 しかし、だ。
 これが気の所為でなければ、自分の探知から隠蔽できる力量を持ったマジックキャスターが近くにいるということ。

 もしそうなら自分ひとりでは対処できない。オロチの力に頼らなければならないだろう。
 ナーベラルは数秒じっくりと考え抜き、もう一度自分のネックレスを握りしめる。

 すると不思議なことに思考が落ち着いていき、混乱していた頭が冷静になってくる。

 そしてナーベラルは決心した。

 オロチに報告することを。

「オロチ様、少しよろしいでしょうか?」

『ん? ナーベラルか、なんかあったのか?』

「それが……ディテクト・ライフとセンス・エネミーを使用したところ、周辺の森の中から反応がありました。しかし、その反応が微弱で私の勘違いという可能性も考えられます」

『そうか、じゃあ俺が見てくるよ。ナーベラルはタマと合流して捕まっていた女たちの対処を頼む。一応街に連れて行く予定だから丁重にな』

「はいっ、かしこまりました!」

 自分の直感を迷うことなく信じてくれたオロチに、ナーベラルは感激した様子だ。

 実際にはオロチは自分が暇だから見に行くよ、程度の気持ちしかないのだが、彼に対しては常にフィルターがかかっているナーベラルにはさぞ格好良く映っているのだろう。

 ただ、ナーベラルがオロチに報告したのは間違いなく正しい行いだ。
 ナーベラルがオロチに報告することなく、単身で様子を見に行けば最悪の結末が待っていただろう。
 この森の中には今、この世界での最高峰の実力を持つものたちが潜んでいるのだから。

 ナーベラルの首元で、月明かりに照らされた首飾りが綺麗に輝いていた。

 

   

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