「だーかーらー! 俺は弟子とかそういうのは取るつもりはねぇの! その木刀をやったのは、余所で強くなって来いってことだ。分かったらさっさと離れろ、気色悪い」
「いやだ! 俺はアンタ……いや、貴方に剣術を教わりたいんです! 俺は貴方の剣に剣士としての頂を見ました。俺では一生そこへはたどり着けないかもしれない……でも! それでも挑戦するのが剣士なんだ! だからお願いします師匠!!」
オロチの足にしがみ付きながら叫ぶブレイン。
年齢がひと回りもふた回りも違うように見えるオロチへ、一切の迷い無く無様を晒している。
その恥も外聞もかなぐり捨てた行動には、流石のオロチも突き放すことができない。
結構な時間が流れたのだが、それでもなおブレインは弟子となることを諦めなかった。
ただ剣を極めるためのその必死な姿に、遂にオロチが折れた。
「……あー、分かった。分かったからいい加減離れろ。話くらいは聞いてやる」
「っ! あ、有難うございます!」
話を聞くとオロチが言うと、ブレインはようやく足から手を離した。
それでもあくまで正座したままの体制なので、自然とオロチが見下す形になっている。
「やっと離れたか……。で、俺の弟子になりたいんだっけ?」
「はい! そのためなら雑用でも何でも喜んでやります。だからどうか!」
今度は勢いよく土下座をしてオロチに懇願する。
はぁ、と大きく息を吐いてオロチはどうしたもんかと思案していた。
ブレインには確かに剣士としての才能がある。それはオロチから見ても間違いない事実だ。
しかし、だからと言って自分の弟子にしようとは微塵も思っていない。
経験値にブーストが掛かる木刀をくれてやったのも実験という側面が強く、そもそもあの木刀は最初に装備した者以外には何の効果も無いという性質がある為、無関係なブレインにも渡してみようと考えたのだから。
生きている限りは強くなれる。死ねばそれまで。
そして生きていれば、どの程度の期間でどれほど強くなれるかの目安にはなるだろう。
オロチにとってはその程度の認識だった。
「お前の気持ちは十分に分かった。その熱意も伝わってくる。ただ――お前は弱すぎる」
「……っ!」
「そもそも剣術を教える以前の問題なんだよ。残酷なことを言うが、俺とお前では下地が違いすぎて話にならん。それでも俺に剣を教えろと言うか?」
「……ぅぁ」
オロチは周囲の空間が軋むほどの殺気を向け、ブレインに問う。
ブレインからすればオロチの殺気はまるで心臓を握り潰されそうな圧力があった。
全身から汗が吹き出し、口の中が急激に乾いていく。
全身の震えを止めようにも身体が壊れたように言うことをきかない。
今すぐこの場から逃げ出したい、と身体が叫ぶ。
だがそれをブレインは精神で――否、魂で押さえつける。
絶対的な強者を前に逃げ出すのは当然。むしろそうすべきことだろう。
ただ、ここで逃げ出せば剣士としての自分は完全に死を迎える。
何故か分かるのだ。
今逃げれば自分は二度と剣すら握ることが出来なくなると。
だからこそブレインは歯を食いしばる。
そして強い意志の炎をその眼に宿し、オロチの目をしっかり見て口を開いた。
「それでも俺は、アンタの剣を諦めきれねぇ……!!」
顔中が涙や鼻水でぐちゃぐちゃになり、言ってしまえば見苦しい顔だった。
だが、この顔をオロチは美しいと感じたのだ。
剣術を極める為にもがき続けることは誰にもできることじゃない。
同じ刀を扱う剣士としてブレインの姿は非常に好ましかった。
「そうか……そこまで言うなら良いぞ。弟子にしてやるよ」
「分かってる。だからそこをなんと――え……?」
「だからお前に剣を教えてやるって言ってんだよ。ただし、俺もそこまで暇じゃない。たまに稽古をつけてやるくらいしかできないからな?」
オロチの言葉が信じられないのか呆気にとられるブレイン。
混乱する頭の中をなんとか整理し、オロチの言葉を理解するまでに数秒かかった。
「じ、十分です! 有難うございます師匠!!」
無事に弟子となる事を許されたブレインはより一層涙で顔を汚す。
先ほどまでの恐怖や悔しさで流した涙とは違い、今度は気持ちが抑えられずに溢れ出してしまう。
自分はやっと剣士としてのスタートラインに立つことができた。今までは格下相手で技を磨き、強くなったつもりでいたのだ。
多少は強くなっていたのかもしれないが、自身が目指す剣の頂には程遠い。
しかし、まさしく剣士の頂点に君臨するであろうオロチの元で修行できるのならば、その頂を目指すことができる。
オロチに圧倒された自分がどこまでやれるのかは分からない。
むしろこの先何年、何十年と修行を積んでもオロチの足元にも及ばない可能性が高い。
だが、だからと言って直ぐに諦めがつくほど素直な性格をしていないのだ。このブレイン・アングラウスという男は。
それは剣士として欠かかすことができないものであり、オロチがもっとも評価している部分。
オロチは彼がどこまで強くなるか少しだけ楽しみになった。
「とりあえず、その木刀以外の武器は使用禁止な。少なくともそれがぶっ壊れるまでは」
「はいっ! 分かりました師匠!」
師匠と呼ばれることにむず痒いものを感じながらも、それをどこか悪くないと感じているオロチ。
だからこそ、ブレイン自身が根を上げるまでは鍛えてやろうと思うのだ。
彼の剣に対してあまりにも真っ直ぐな気持ちに免じて。
と、ここでクレマンティーヌから通信が入った。
『ご主人様ー、どうやら盗賊団に捕まっていた女が何人かいるみたいなんだけど、コイツらどうすれば良い?』
「女? ……ああ、そういうことか。最低限出歩けるような格好にして街に連れて行く。もしかしたら追加報酬を貰えるかもしれないしな」
『りょーかーいっ』
盗賊討伐はこれが初めてだったオロチは、何故こんな場所に女が捕まっているのかと疑問に思ったが、その答えは直ぐに思い浮かんだ。
恐らくは性処理道具として何処からか攫ってきたのだろう。
盗賊団は全員男だった。士気を高めるためにも、女を抱くというのは有効な手段だ。
別にオロチはそれに対して何も思わない。
基本的に人間が死のうが、勝手に盛っていようが関心が無いのだから。
それこそ動物がはしゃいでいるくらいにしか感じなかった。
しかし、そんなオロチの声を聞いてブレインは顔を青くする。
自分は捕まっている女たちに手を出していなかったが、助けようともしていないのだ。
もしオロチがこういったことを許せないといった正義感の強い人物だったなら、弟子の話も無かったことになりかねない。
それだけはなんとしても避けなければ、と口を開いた。
「師匠、俺は捕まった女たちを助けようとはしませんでした。申し訳ありません!」
綺麗な土下座を再び披露しながら叫ぶように謝罪した。
いきなりどうしたのかと不思議に思っていたオロチだったが、なんとなくブレインの意図に気がつく。
「俺はそういうのあんまり気にしないんだ。それよりもブレイン、お前はこの盗賊団にいたんだろ? なら、貯め込んでいた金目の物を集めてきてくれ」
「は、はい! 直ちに集めて参ります!」
オロチの気にしないという言葉を信じたのか信じていないのか、ブレインは急いで財宝を集めに行った。
(そこそこデカイ盗賊団だったから、財宝の類いにも期待が持てるかな。所有権は討伐者に移るっていう話をプルトンがしていたし、結構な額になりそうだ)
この世界ではなんと、盗賊を討伐すれば貯め込んでいる財宝を自分の物にしても良いという決まりがある。
かなりガバガバな決まりなのだが、どうやらこれが一般的らしい。
そして盗賊団も壊滅し、やる事が無くなったオロチは手持ち無沙汰になってしまった。
「案外簡単だったな。……まさか弟子を取ることになるとは夢にも思わなかったけど」
ブレインの必死な顔を思い出し、思わず苦笑が漏れる。
初めは鍛えてやるつもりなど無かった。
クレマンティーヌほどの強さもなく、自分に攻撃を当てられたわけでもない。
それでも圧倒的なオロチを前にしても折れない心というのは素晴らしいと言える。
と、そんなことを考えていると今度はナーベラルから通信が入った。
『オロチ様、少しよろしいでしょうか?』