「すいませんでしたぁぁああ!!」
そう叫びながらアインズに向かって綺麗な土下座をする少年。
もちろんオロチである。
彼が土下座をしている場所は玉座の間。
当然ここには階層守護者たちが勢ぞろいし、土下座してひたすら謝罪を繰り返すオロチと慌てふためくアインズを固唾を飲んで見守っている。
オロチは自らの鬼の力が暴走してしまい、この世界の中ではかなりの実力を持った集団と戦闘に突入したのだが、最後にリーダー格の男に逃げられるという失態を犯した。
他の者たちの死体は既に回収しているので、彼らから情報はある程度得ることはできるだろうが、逃した男からオロチの情報が流れてしまうのは止められない。
アインズにしてもある意味ナザリックのジョーカー的な存在であるオロチの情報は、できるだけ外には出したくないというのが本音だろう。
それでも冒険者活動を許可しているのはオロチを信頼しているからだ。
人間形態のままでも他者を圧倒する戦闘力、柔軟な対応力、そして人々を惹きつけるカリスマ。
それこそユグドラシル時代から、ギルド長はオロチが務めていた方が良いのではないかと何度も思った。
それほどまでにアインズはオロチを信頼しているのだ。
そしてオロチは、そんなアインズの信頼を裏切ってしまった事を自覚している。
だからこそこうしてアインズに向かって土下座を披露しているのだから。
「ちょ、ちょっと、早く頭を上げてください!」
アインズが慌ててオロチの頭を上げさせようとするが、オロチは頑なに額を地面につけたままだった。
オロチにとってこれはケジメだ。
誰よりもギルドを愛しているアインズは、どんな失態を犯そうともきっと最後にはオロチを赦す。
オロチにはそれが分かっている。
だが、その優しさに甘えていてはアインズの負担がどんどん増えていくだろう。
かつての『アインズ・ウール・ゴウン』でも、この優しき死の支配者はひとりで多くの事を抱え込んでいた。
これ以上、アインズに甘えてばかりはいられないのだ。
そしてそんなオロチの姿に、ナーベラルは居ても立っても居られなくなった。
不敬であると理解しながらも、オロチと同じように頭を地につけながらアインズへと懇願する。
「畏れ多くもアインズ様! この度の一件は全て私の実力不足によるもの。私程度の命では釣り合いが取れるはずもありませんが、何卒このナーベラル・ガンマの命を以って償いとさせていただけませんでしょうか!」
「お、おいナーベラル。お前まで何をやっているんだ……。オロチさんもそろそろ本当に頭を上げてください。ほらナーベラル、お前もだ」
オロチは一瞬だけ迷ったが、自分と同じように隣で頭を下げているナーベラルを見てようやく頭を地面から離した。
しかしその表情は険しいままであり、それを確認したアインズは無いはずの胃をさすり始める。
「アインズさん、俺は失態を犯した。このままじゃナザリックの全ての配下たちに顔向けできない。だから俺に罰を下さい、お願いします」
「オロチ様……」
ナーベラルがそんな感極まった声を溢す。
彼女だけではなく、この場にいる全ての配下たちがオロチの言葉に感激していた。
オロチはアインズの信頼を裏切ってしまったと同時に、配下の期待まで裏切ったと自分を責めている。
だがナザリックの配下たちにとって、至高の存在であるオロチやアインズに失望する事などあり得ないのだ。
創造主のひとりであるオロチからそんな言葉を聞き、彼ら元NPCたちは胸が熱くなった。
「はぁ……。今回の騒動の発端は、たしかにオロチさんの暴走によって引き起こされたもの。ですがそれは誰にも予想することができない上、結果から言えば一人逃しただけです。この世界の上位者を複数人相手取り、ワールドアイテムを確保し、ナザリックの脅威を未然に排除した。これだけの成果を挙げた者に罰を与えてしまえば、ナザリックでは今後誰にも褒美を出すことができなくなるでしょう」
アインズからすれば、何故オロチがここまで自身を責めているのか理解できない。
今回の一件は下手をすれば配下の誰かを失ってしまいかねない出来事だった。
精神に作用するワールドアイテムなど、それこそアンデッドであっても問答無用で支配されてしまっていただろう。
そんなアイテムを所持している集団に打ち勝っただけでなく、オロチはワールドアイテムの回収まで成功しているのだ。
これで失態を責める理由がどこにあるのかと、アインズは本気で分からなかった。
「デミウルゴスよ、オロチさんの処遇についてお前の純粋な意見を聞かせよ」
「はっ、もし我々の誰かがオロチ様と同程度の成果を挙げれば、その者は称賛こそされ罰を受ける事はないでしょう。よってオロチ様には何の罰も必要ないかと愚考します。これは至高の存在であるオロチ様だからというわけではなく、ナザリックで暮らす者としての判断です」
「ふむ、そうだな。私も罰など必要無いと思っている。……しかし、それではオロチさんが納得することはないだろう。よって貴方には――ナザリックに数日間滞在し、配下との交流を深める期間を設けよう」
アインズの言葉に一瞬この場に緊張感が走ったが、その続きの言葉でそんな空気が一気に霧散した。
そしてオロチが納得いかないような表情を浮かべる。
「……アインズさん、それは罰ではないですよ?」
「私はこのナザリックの支配者だ。だがそれはオロチさんも同じこと。オロチさんは私の配下ではなく友であり、同士であり、仲間である。そんな者に罰を与えることなど私にはできない」
「モモンガさん……」
オロチが思わずかつてのアインズの名前を呟く。
未だにオロチの心の中には後悔や罪悪感はあるのだが、それ以上に自身を友や仲間と言ってくれたことが嬉しかった。
「では私の判断に異議のある者は申し出ろ。――どうやら意義のある者は居ないようですよ? オロチさん」
アインズにそこまで言われたオロチは、ようやく笑みを見せたのだった。
◆◆◆
スレイン法国のとある一室。
そこで神官服姿の老人たちが集まり話し合っていた。だがその部屋に包まれる空気は重い。
誰一人として和かな表情を浮かべる者はいなかった。
「そんな馬鹿な!? あれだけの戦力を投入しておいて生存者は一人、さらに真なる神器を失っただと? いったい相手はどんなバケモノなのだ!」
「相手は不明だ。しかし、漆黒聖典の第一席次である彼奴があそこまで追い詰められたのだ。並大抵のモンスターではあるまい。それこそ……ぷれいやーである可能性もあると考えている」
そこで数人がハッとした表情で目を見開いた。
彼らはそろそろ次の来訪者が訪れてもおかしくはない時期だと気がついたのだ。
かつてこのスレイン法国を建国した6人も外の世界から来た来訪者だった。
今から六百年前にその6人は多種族の侵攻から人類を守護し、人類に安寧を齎した存在だ。故に法国の人々は彼ら6人を六大神として崇めている。
しかし、その後百年周期で六大神と同じプレイヤーと呼ばれる存在が転移してくるようになり、その中には世界を混乱に陥れるような者もいた。
そして今年がちょうどその百年目の年だ。
新たなプレイヤーが転移してきたとしても不思議ではない。
「もし本当にぷれいやーだった場合、今度の転移者は人類の敵となる存在ということか……最悪だな」
「そう判断するのは早計だろう。まずはできるだけ穏便に済ます方法を考えるべきだ。どうにかして話し合いの場を設けなければならん」
と、ここで会議に参加していた神官のひとりが口を開いた。
「そういえば本来の目的であった、陽光聖典をたった二人で全滅させたという者たちとは接触できたのか?」
「いや、どうやら村にたどり着く前に例のバケモノに襲われたらしい。だから噂すら聞いていないようだ」
「ふむ、できればその者たちとも協力関係となっておきたいな。いざという時の戦力は多いに越したことがない」
こうしてカルネ村で陽光聖典を全滅させた少年たち、そして漆黒聖典を壊滅させた鬼の捜索が再び開始された。
その2つが行き着く先に待っているのは、リ・エスティーゼ王国三番目のアダマンタイト級冒険者オロチ。
果たしてスレイン法国は穏便にオロチと接触することができるのか、それは誰にもわからない。