鬼神と死の支配者29

 ナザリックにあるオロチの自室、そこでナーベラルが本日の冒険者としての活動内容を報告していた。

「冒険者組合長であるプルトンには、オロチ様は数日間街を離れる事になったと話しました。理由を詳しく話さなかったので多少疑問に思っていましたが、その間は私とタマが依頼をこなすと説明すれば納得したようです」

「そうか……助かるよナーベラル。少しの間だけ俺抜きでタマと一緒に頑張ってくれ」

 そう言うオロチの表情は若干の申し訳なさを滲ませていた。
 自分はアインズから実質的な休暇を与えられたが、その間にもナーベラルは働いている。そのことに罪悪感を感じていたのだ。

「私たち配下にとって、オロチ様やアインズ様の為に働くことは何より勝る幸せです。ですのでどうかお気になさらず」

 表情からある程度オロチが抱いている気持ちを察したのか、ナーベラルがすぐさまフォローする。

 普段は遺憾なくそのポンコツぶりでオロチをほっこりさせているナーベラルだったが、基本的にプレアデスたちは有能であり、そんなメイド部隊の一員である彼女も当然並みの人間よりもはるかに有能だ。

 それがオロチの側では忠誠心が暴走してしまいあのようになっているだけであって、普段のナーベラルは外見通りにできる女だった。

 オロチはあまり見たことがなかった彼女のそんな一面を目の当たりにし、これほど頼もしいのなら任せても大丈夫だと安心する。

「ところでタマ――クレマンティーヌとは仲良くやれているか?」

 ピキンッ、とオロチの耳にそんな音が聞こえてきた気がした。
 微笑みを浮かべていたナーベラルの顔が凍りつき、いっそこの場に寒気すら感じる。

 それほどまでの雰囲気にいったい何があったのかと思ったが、ナーベラルが次に放った言葉に唖然とした。

「あ、あの女はオロチ様使用していたベッドを我が物顏で使っていたんです! オロチ様が使ったベッドといえばナザリックでは文化財に認定され兼ねない貴重なもの。それを家畜であるあの女が使用するなどあり得ません! しっかりと躾けておきました」

 なんだそれは。それがオロチが初めに浮かんだ感情だ。

「……色々とツッコミたいところがあるんだが、とりあえず俺のベッドを文化財に指定するのは止めろ。絶対に」

 変なところでこだわりを見せるナーベラルに、オロチは先ほどまで感じていたできる女のイメージが綺麗に崩れ去る。
 そしてそれと同時に少しだけいつものポンコツなナーベラルだと、心の中で安心する気持ちもあるのだった。

 しかし自分の経験上、この手の話を続ければガリガリと精神が削られることは分かっているので、無理やり話題を変えようと口を開く。

「あ、そういえばブレインはどうなった? あの時は有耶無耶になったが、盗賊団の財宝を集めるように言ったっきり会ってない。すっかり忘れていた」

「あの男、ブレイン・アングラウスはどうやら冒険者になったようです。プルトンに冒険者となれば、オロチ様の手伝いができるかもしれないと言われたのが決め手でした」

「ふーん、じゃあ俺たちのチームに入ったのか?」

「いいえ。彼はクレマンティーヌにすら劣る力量でしたので弾いておきました。そもそもオロチ様が不在の時に加入を認めるわけにはいきませんでしたし。……何かまずかったでしょうか?」

 自分はオロチの意にそぐわない事をしてしまったのではないか、そう考えてナーベラルは不安げな表情を浮かべた。

「いや、それで正解だ。一応ブレインは俺の弟子になったが、見ての通り今の時点ではそこまで実力は高くない。それこそお前が言ったように同じ戦士であるクレマンティーヌよりも劣るだろう。だがこの世界ではあれでもかなりの実力者になるらしいからな。たまに稽古をつけてやる代わりに、適当にエ・ランテル街の警護に就かせようと思っていたんだ」

 そうすれば俺たちは自由に動けるしな、と続けるオロチにナーベラルはホッと息を吐いて安堵する。

 しかしブレインがオロチの弟子になったというのは初耳だったらしく、彼にそれほど才能があるとは思えなかったので、何故オロチはブレインを弟子にしたのかと不思議に思った。

「あの者はオロチ様の弟子となるほど、才能がある戦士には見えませんでしたが……」

「んー、たしかに弟子にしたのは勢いもあったな。でもあの男に少しだけ興味がでてきたというのも事実。ま、死んだらそれまで。気長に成長を見守るさ」

 ナーベラルは武に関してオロチの右に出る者はいない、そう言い切れるほど信頼している。
 だから曲がりなりにも、そのオロチに可能性を見出されたブレインの認識を密かに改めるのだった。

 実際、ブレインはこの世界において間違いなく強者の部類に入る。剣の技術だけならばナザリックでもそこそこ上位に入るかもしれない。
 しかし、レベルという絶対的な壁の前では剣術は意味を成さないのだ。

 ブレインがどれだけ剣の腕を磨いてもオロチに傷ひとつ付けられないように、そこには努力では超えられない大きな壁がある。
 それを理解しているからこそ、オロチはブレインに経験値をブーストさせる木刀を渡したのだから。

 そしてオロチへ一通りの報告を終えたナーベラルは、もう少しこのままオロチと一緒に居たいという想いを殺しつつ、いつまでも自分が部屋に居ては休まらないだろうと部屋を出ていくことを口にする。

「では私はこの辺りで失礼します。何かあればいつでもご連絡ください」

 オロチに一礼し、そのまま静かに扉へと向かう。
 と、そこで背後にいるオロチから呼び止める声が聞こえてきた。

「……あー、ちょっと待ってくれ。ほら、昨日は一緒に頭を下げてくれただろ? まだちゃんとその時のお礼を言ってなかったと思ってな。ありがとう、ナーベラル。すげぇ嬉しかったよ」

「っ! い、いえ! むしろ私は余計なことをしてしまったみたいで……迷惑ではなかったですか?」

「ナーベラルが良かれと思ってしてくれた事を、俺が迷惑だなんて思うはずがないだろ?」

 そんなことを恥じる様子もないままサラッと告げられ配下として、そして一人の女としての感情が内から込み上げてきた。
 心臓がドクドクと活発に暴れまわり、顔に血が集まっていくのを感じる。

「け、敬愛しゅるオロチ様にそう言って頂き嬉しく思いましゅ!」

「ははっ、それは大げさ過ぎるだろう。でもまぁ、俺もナーベラルのことを愛してるぜ」

 ただでさえショート寸前まで追い込まれてナーベラルだったが、そんなオロチの言葉で完全にとどめを刺された。

「はわわわわわわ!」

 そんな奇声を上げながら面白いように動揺するナーベラル。
 そして彼女の処理能力が限界を超えたのか、もはや恒例となったような慣れた手つきで気絶したナーベラルを優しく受け止めた。

 自身のベッドに運ぼうとするが、そこでようやくオロチはこの場面を誰かに見られればまずい状況なのでは?と自覚する。

 気絶するナーベラルとそれを自分のベッドに運ぶオロチ。誰がどう見ても襲っているようにしか見えないだろう。
 そして一番の問題は配下の誰かをそういう意味で襲ったとしても、おそらくは喜ばれるであろうことだ。

 特にデミウルゴス辺りはナザリックの後継者問題が解決すると大喜びするだろう。
 そうなればナザリック全体で祝福モードになりかねない。

『ついにオロチ様が配下の〇〇を襲ったぞー!』『次は〇〇を狙っているようだ!』

 なんてことを嬉々として、本当に嬉々として騒ぎ回る配下たちを想像してゾッとする。
 そんな事をされて喜ぶのは特殊な性癖を持った者だけ。少なくともオロチは確実に喜ばない。

 だが冷静に考えると自分の部屋にノック無しで入ってくる者はいない。
 だから大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 ナーベラル曰く、文化財であるオロチのベッドに包まれ幸せそうにナーベラルは眠っている。
 優しく髪を撫でてやると、ニヘラとだらしなく表情を崩す彼女を愛おしそうに眺めるオロチ。

 オロチは自分が思っているよりも、ずっとナーベラルのことを――

『オロチさん! 大変です!』

「そぉおおい!!」

 突然の通信が入り、オロチはナーベラル以上に謎の奇声をあげた。

『だ、大丈夫ですか?』

「え、えぇ。もちろん大丈夫ですよ! 俺は何もやってませんから!」

『そうですか……? いや、それどころじゃ無いんです。ついに――コンスケが目覚めました!』

 

   

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