鬼神と死の支配者30

 『ついに――コンスケが目覚めました!』

 アインズから告げられたその言葉の意味を理解するのに、オロチは数秒の時間を要した。
 そしてゆっくりと口を開く。

「……本当、ですか? 冗談ってわけじゃないですよね?」

『本当です。今は第六階層にある湖のほとりを彷徨っています。アルベドが捜索してくれていますが、オロチさんも早く行ってあげてください』

 笑みが溢れるのを止められない。
 やっとだ。やっとコンスケと会える。

 コンスケというのは正真正銘オロチが作成したNPCだ。
 その力は階層守護者にも匹敵するほどの能力を備えており、純粋な強さでは守護者たちに一歩劣るが、サポートに関してはコンスケの右に出る者はいないほど。

 ではそれほどの力を持っていながら、何故今まで転移後にオロチの前に現れなかったのか。
 それはコンスケの種族に問題がある。

 オロチはこの世界に転移したと判明した時、まず初めに向かった場所は自身が作成したNPC、コンスケのところだった。
 しかし、コンスケの待機場所である第六階層に行っても、見慣れているはずの姿はない。

 その代わりに湖のほとりにポツンと佇む石碑。
 その石碑を見た瞬間、オロチは直感した。

 ――これがコンスケである、と。

 何故?どうして?
 そんな感情が心の内で暴れ回り、そして1つの答えにたどり着く。

 コンスケの種族である九尾の狐。その公式設定に。

 ユグドラシルの種族には、それぞれ運営が設定した種族説明のテキストが用意されていた。
 例えばオロチの『鬼神』という種族の説明はこうだ。

[荒れ狂う妖怪たちの王。かつて圧倒的な力と妖力で世界の全てを従え、その全てを支配した。戦場での敗北は一度もなく、生涯無敗を誇る最強の鬼]

 もちろんオロチであっても、ユグドラシルのトッププレイヤーには勝つ事もあれば負けることもあった。
 なのでこのテキストは所謂フレーバーテキストと呼ばれるものであり、実際はゲームの背景を記しただけで何の効果も持っていないものだ。

 そして、肝心のコンスケが取得している『九尾の狐』のフレーバーテキストは――

[九つの尾を持つ伝説の狐。強力無比な妖術を操り、主人の敵を葬り去る。運命の刻まで殺生石となりて眠りにつかん]

 それは只の説明文のはずだった。運営が適当に付けただけのテキスト。
 しかし今はその説明文こそが事実となり、その説明文通りにコンスケは石となってしまったのだ。

 そんなコンスケであるが、アインズからの連絡によれば石化が解け、第六階層の森林エリアを彷徨っているという。
 まるで誰かを探すように……。

 それを聞いたオロチはもはやジッとなどしていられない。
 自室を飛び出し、風のような速度で通路を駆け抜ける。

 途中ですれ違ったナザリックの一般メイドの悲鳴が聞こえてくるが、今のオロチに気にする余裕は無い。
 最短距離を自身が出せる最高速度で第六階層へと向かっていく。

 いくら身体能力が高いオロチであっても、『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』の効果で瞬間移動した方が早いのだが、そんな単純な事さえ思い付かないほど冷静ではいられなかった。

 そしてようやくオロチは第六階層の森林エリアに到着する。
 視線の先には見渡す限りの大森林が広がっており、北にはコンスケが石と化していた湖が見えた。
 オロチはすぐさまそこへ移動し、大声を張り上げるためにスーッと息を吸う。

「コンスケェェ!! 俺はここだ、ここにいるぞぉ!!」

 大地が揺れるほどの声。
 もしかすると、ナザリック地下大墳墓で最大面積を誇るこのエリアであっても、端から端まで届いているのではないかと感じさせるほどの声量だった。

 一瞬の静寂。
 しかしオロチは確かな手応えを感じていた。
 まるで長い間、自身に欠けていたパーツがカチリとはまりそうな奇妙な感覚。

 そしてオロチの呼びかけに応えるように、森の中から返事が返ってくる。

『ウオオオオォォン!!』

 それは咆哮には、オロチの声に負けず劣らず歓喜の感情が込められていた。
 そして、森に中を凄まじい勢いで爆走してくる九本の尾を持つ巨大な狐。

 オロチはまっすぐ自分の元に駆け寄ってくるその姿に、感動せずにはいられなかった。
 しかし、目前まで迫っているにもかかわらず、コンスケはスピードを緩めるどころか更に加速する。

「お、おいコンスケ。いくら俺でもそのスピードの体当たりは受け止めれないぞ!?」

 オロチを刎ね飛ばさんと言わんばかりの速度に、感動していた気持ちよりも焦りが急激に上回っていく。
 だが、避けるのも可哀想だという気持ちがオロチにはあった。

 石となっていた期間に意識があったのかは分からないが、それでも寂しい想いをしていたのは間違いない。
 同じ妖怪として、ある程度気持ちが伝わってくるのだ。

 だからオロチは覚悟を決める。

「……良いだろう。さぁ来い! 全身が砕けようとも受け止めてやる!!」

 コンスケの身体はおよそ大型トラックと同程度だ。
 つまり大型トラックが猛スピードを出して自身に向かって来るようなもの。怖くないわけがない。

 オロチは転移して初めて恐怖という感情を味わった。

 コンスケは『ウォォン!』と、唸り声にも聞こえる鳴き声を上げ、全力で空に向かって跳躍する。
 そして――ぽふんっ!という気の抜ける音と共に空中にいるコンスケの身体が煙に包まれた。

 コンスケが空高く跳躍した辺りから顔を青くさせていたオロチだったが、そんな場違いとも言える音に一瞬唖然とし、すぐにコンスケのスキルだと理解する。

 そして空中で煙に包まれた巨大な狐は――子犬サイズのデフォルメされた可愛らしい子狐となり、そのままオロチの腕の中にスッポリと収まった。

「きゅい、きゅい!」

 オロチは先ほどまで別の意味でドキドキしていたが、こうして自分が作ったNPCが喋っている――ではなく鳴いているのを見ると、やはり色々な感情が込み上げてくる。

「コンスケ、やっと会えたな。もしかしたらずっと石のままなんじゃないかと心配してたんだぞ? ……本当に良かった」

 ユグドラシルではシステム上、こうしてコンスケを抱きかかえてやる事は出来なかった。
 絹のようにサラサラな金色の毛並みは非常に心地良く、いつまでも撫でていたいと思わせる。

 オロチの腕に収まっているコンスケも、今までの寂しさを紛らわせるかのようにオロチに甘えていた。

 しばらくの間、そうして主従のコミュニケーションを図っていた一人と一匹だったが、ようやく気持ちが落ち着いてきたオロチが口を開く。

「なぁコンスケ、どうやってあの石状態から抜け出したんだ? 俺も出来る限りのことはやったんだけど、どうやっても助けてやることが出来なかったんだ」

 オロチはコンスケを救うためにあらゆるアイテムを使用している。
 それこそ超貴重アイテムである『流れ星の指輪』を使用したほどだ。

 このアイテムは、願いを叶える魔法である『ウィッシュ・アポン・ア・スター』を経験値消費なしで使用できる。
 それ故にかなり貴重なアイテムであり、そう何度も使える物ではない。

 それほどのアイテムを使用したがコンスケは石のままだったので、これ以上はどうしようもないと後ろ髪引かれる思いを抱きながらも放置するしかなかったのだ。

 だからオロチはコンスケにどうやって抜け出したのだと訪ねたのだが……

「きゅい? きゅきゅう、きゅうううい!」

「……すまん、さっぱりわからん」

 いくらある程度気持ちが分かるとはいえ、流石に狐語を理解することは出来ないのであった。

 

   

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