コンスケは必死に身振り手振りでオロチに何かを伝えようとしているのだが、やはり言葉を話さずに細かな意思疎通は難しく、結局コンスケが何を伝えたかったのか読み取ることができなかった。
どうしたものか途方にくれていたオロチにコンスケが『きゅいきゅい!』と、励ますような鳴き声をあげる。
そんな愛らしいコンスケの姿にほっこりとしつつも、そこでひとつだけ打開策を思いついた。
「んー……あ! アウラならコンスケの言いたいことが分かるかも」
「きゅい? きゅきゅい!」
本当?と首を傾げるコンスケを撫でてやると、嬉しそうに目を細めて甘えてきた。
「アウラは今のナザリックで一番のビーストテイマーだから、きっとコンスケの言いたいことも分かってくれるさ」
コンスケが伝えたい事を理解できなかったオロチが考えたのは、優れたビーストテイマーである階層守護者の一人、アウラ・ベラ・フィオーレに頼る事だ。
オロチは以前、彼女が使役しているモンスターたちと仲良く会話している所を見かけた事がある。
コンスケの種族であれば魔獣と言えなくもないので、ビーストテイマーであれば何とか言葉を理解できるのではないかと思ったのだ。
もしかすると自身が使役していなければ意思の疎通はできないかもしれないが、それでも聞いてみるだけの価値はあるだろう。
「っと、その前にアインズさんに報告しておかないとな」
アウラに会いに行く前に、無事コンスケを見つけたという報告をするため通信を繋げる。
『あ、オロチさん! コンスケはどうなりましたか!?』
「おかげさまで無事に再開できましたよ。本当にありがとうございました。森の中を探してくれていたアルベドにも、あとでお礼を言いに行きます」
『それは良かった……! 後で私にもコンスケを撫でさせてくださいね』
「ええ、それはもちろん。それで――」
オロチはアインズに現状の報告を行った。
コンスケは無事に確保したが、言葉がわからず何故石化状態が解けたか不明なこと。
そしてビーストテイマーであるアウラに協力してもらおうと思っていること。
それを聞いたアインズは、たしかにアウラなら狐であるコンスケの言葉を理解できるかもしれないと思う。
アインズもオロチと同様に、アウラが配下の魔獣と言葉を交わしているのを知っているからだ。
なので快くオロチに協力する。
『アウラならおそらく、今日はカルネ村周辺の警戒任務に就いていると思います。彼女にはこちらから連絡しておくので、すぐに会いに行ってきてください』
アインズもコンスケのことを心配しており、自分にも何かできることはないかと自分のアイテムストレージを探ったり、ナザリックの宝物庫をひっくり返したりと尽力していたのだ。
今さら協力を惜しむつもりは全くない。
「ありがとうございます。話が早くてすごい助かりますよ」
『いえいえ、いつもオロチさんには頑張ってもらっていますから。……では執務室まで来てもらえますか? アウラの元に転移門を開きますので』
コンスケの石化が何故解けたのか分からない今、早急にその謎を解明する必要がある。
1、2時間でまた石に戻ることは無いだろうが、明日はどうか分からない。
だから唯一手がかりを持っているであろうコンスケから早急に聞き出す必要があった。
「きゅい?」
そんなオロチの焦りを理解しているのかいないのか、コンスケは変わらず愛らしい姿で首を傾げるのだった。
◆◆◆
「お待ちしてましたオロチ様!」
アインズに転移門を繋げてもらったところ、すぐにアウラがオロチを出迎えた。
褐色肌に長い耳、そして男装が特徴の活発なダークエルフの少女。それが彼女、アウラ・ベラ・フィオーレだ。
「ああ、急にすまないなアウラ。早速本題に入るが、先ほどコンスケの石化が解けた。それで詳しい話をコンスケ自身から聞きたいんだが、どうやらコンスケは魔獣扱いなのか翻訳機能が発動しないみたいなんだ。だからビーストテイマーであるアウラなら意思疎通ができるんじゃないかと思ったんだが……どうだ?」
「なるほど、でしたら私にお任せください! おそらく大丈夫だと思います」
アウラは自分の胸をポンと叩き、自信に溢れた表情をオロチに向けた。
そんな彼女の様子にオロチは心底安心し、ホッと安堵の息を吐く。
魔獣との細かい意思疎通などユグドラシルのシステムには無かったので、正直に言ってコンスケの言葉をアウラが理解できるかどうかは微妙だと思っていた。
それこそ良くても五分五分くらいだとオロチは予想していたのだ。
しかしその予想は良い意味で裏切られ、アウラが任せてくれと自信たっぷりに言い放った。
これでオロチが安心しないはずがない。
「助かったよ、ありがとうアウラ。ほら、コンスケも礼を言え」
「きゅうぅい!」
オロチの肩に乗っていたコンスケが、アウラに向かって鳴き声をあげた。
それはもちろん威嚇というような棘のあるものではなく、信頼している者に対する鳴き声だ。
言葉が分からないオロチだったが、それくらいの簡単な感情くらいは読み取れる。
「いえいえ! 私の技能がオロチ様のお役に立てるのなら、それほど嬉しいことはありません。お気になさらないでください。コンスケもね」
そう言ってアウラは少し照れくさそうにしながら、オロチの肩に乗っているコンスケを撫でた。
ナザリックの配下たちはオロチやアインズの役に立つ事が何よりの幸せ。
それはNPCとしては正しいことだろう。
だが彼女たちは既にNPCではないのだ。
色んなものを見て、聞いて、感じて……自分が本当に何をしたいのかを探しても良いのではないかとオロチは思っている。
だからいずれナザリックの地位が盤石なものになれば、配下たちには新しい道を選択させてやる機会を与えてやりたいと思っていた。
もちろん、その上で自分やアインズに仕えたいと言ってくれるのであれば大歓迎だ。
そんなことを考えていたオロチは、気がつけばアウラの頭をそっと撫でていた。
「お、オロチ様!? どうかされました?」
「いずれアウラも何処かに行ってしまうんだと思ったら寂しくなってな……。だから今のうちに撫でておこうと思って」
今でこそ幼い子供の姿だが、成長すれば間違いなくアウラは美人になる。
それこそナザリックの女性陣と真っ向から勝負できるようになるだろう。
そうなれば世の男たちはアウラを放っておかない。
できれば結婚相手はナザリックの中から選んでほしいが、アウラが好きになったのなら外の人間でも構わないとさえ思う。
娘が大きくなれば父親は嫌われる。なんとなくそんな話を聞いた事があるオロチは、その事が頭をよぎってしまったのだ。
そんなどことなく悲しそうな顔をしていたオロチを見て、アウラはとある決心する。
深く深呼吸をしてオロチの瞳を真っ直ぐに見つめた。
急に雰囲気が変わったアウラにオロチも多少たじろんだ。
「……私は絶対にオロチ様の元から離れません。だから――私が大きくなったら結婚してくれますか?」
褐色肌を赤く染め、潤んだ瞳の上目遣い。破壊力は計り知れないものだった。
おそらく、もう少し幼さが抜けていたらオロチは簡単に陥落していた事だろう。
「ははっ、アウラみたいなかわいい女の子ならこっちからお願いしたいくらいだよ」
オロチはアウラの気持ちを一時的なものだと思い軽く返したが――彼は知らなかった。
アインズ・ウール・ゴウンでたった3人の女性メンバーが開催していた女子会。
そこで話されていた過激な恋愛談を、アウラも聞いていたことを。
そしてアウラの胸ポケットには、音声を記憶するためのアイテムがしっかりと作動していたのだった……。