鬼神と死の支配者32

「きゅいきゅい、きゅい!」

「ふむふむ……なるほど。うーん、そういうことだったのね」

 小狐と少女が会話している不思議な光景。それをオロチは固唾を飲んで見守っていた。
 しかし、それほど心配はしていない。
 アウラのビーストテイマーとしての技量はナザリックで頭一つ飛び抜けており、そんな彼女が大丈夫だと言ったのだ。

 これで信じられなければ主人失格だろう。

 そしてしばらくオロチには理解できない会話がアウラとコンスケの間で交わされていたが、ようやくアウラが立ち上がった。

「オロチ様、お待たせしました! コンスケが石化から解けた理由、バッチリわかりましたよ」

「そうか! 良くやってくれた!」

「へへへ……」

 オロチが褒めるとアウラ照れたように鼻をこする。

「それでコンスケはなんだって?」

「どうやらコンスケが石の状態になっていたのは――単純に眠っていただけのようです」

「…………え?」

 眠っていただけ、そう聞いて言葉を失ったオロチ。
 石になっていたコンスケをあれだけ心配して、そしてそれが解除されたと思えばただ眠っていただけだというのだから当然だ。

 もしかすると自分が知らない重大な裏設定があったのかと肝を冷やしていたが、まさかの結果に全身の力が抜けていった。

「…………まじ?」

「はいっ。どうやらコンスケは妖力が無くなると、勝手に休眠状態になるみたいです。それがあの石の状態ってことですね」

「あー、確かコンスケは自力で妖力が回復できないんだっけか。そういやコンスケに妖力を渡したのは結構前な気がするわ……」

 アウラから聞かされた理由に納得といった表情を浮かべた。

 妖怪と他の種族の一番の違いは、妖力という魔力と似て非なるものを持っているかどうかだ。
 妖力というのは種族が妖怪のキャラにしかなく、ユグドラシルでは妖力が尽きれば極端に弱化してしまう。

 だからこそオロチは妖怪にとっては生命線と言える妖力を重視し、自然回復できるキャラビルドを目指していた。
 その分戦闘以外の技量は壊滅的であり、さらに魔法も全く使えない。
 もっとも、それを補う以上の強さがオロチにはあるのだが。

 しかし一方で、コンスケのビルドはオロチと目指している方個性が違う。
 オロチを単独で敵を圧倒する戦闘特化のキャラとすれば、コンスケはそんなオロチのサポートをする為に作成されたキャラなのだ。

 いわばオロチ専用のサポートキャラ。
 オロチから妖力を受け取らなければ、妖力を回復させることができずに弱体化してしまう。
 コンスケはそういうキャラビルドなのだ。

 ユグドラシルでは妖怪のキャラは弱体化するだけで石にはなったりしない為、流石にそれが原因で石になっていたとは夢にも思わなかったが。

「コンスケが休眠から目覚めたのはある程度妖力を回復できたからだそうです。だからこれからは、定期的にコンスケに妖力を分けてあげて欲しいんですが……」

「ああもちろんだ。俺の妖力なんて腐るほどあるし、俺は戦闘でほとんど妖術は使わないからな」

「きゅうぅぅい!」

 妖力を分けてくれると聞いて嬉しかったのだろう。
 気に入ったのか半ば定位置と化しているオロチの左肩に乗り、そのまま体をこすりつけてオロチに甘えている。

 そしてアウラはそう言ってもらいホッと安堵していた。
 断られるとは思っていなかったが、それでも妖怪にとって妖力というのは非常に大切なもの。
 いくらオロチの妖力が膨大だとはいえ、それでも有限なのだ。
 決して即答できることではない。

 だがそれを一切の迷いも見せずに決断したオロチに、アウラは流石は我が主人であると誇らしい気持ちになった。

「つーか妖力の受け渡しってどうやるんだ? ……こうか?」

 そう言って自身の肩に乗るコンスケに向かって意識を集中させる。
 思い浮かべるイメージは水。
 自分の体を流れる水をコンスケの中へと流すイメージだ。

 とはいえ膨大と言っても良いほどの妖力を一度に流せば、コンスケの身に何が起こるかわからない。
 だからゆっくりと、初めはチョロチョロと流れる湧き水程度の量を流していく。

「きゅ、きゅい!?」

 しかしオロチにとっては湧き水であっても、長い間妖力が満ちていなかったというのもあり、コンスケにとってそれは激しい川のように感じた。

「おっと、すまん! もっと少しずつにするな」

 ユグドラシルのシステムを使わずに行う初めての妖力の受け渡しに、オロチは四苦八苦しながらもなんとかこなしていく。
 初めはいきなり流れてきた妖力に驚いてしまったコンスケも、慣れてくればある程度は受け止められる。

 コンスケは九尾の狐という、本来であれば潤沢な妖力を備えている筈の種族なのだからおかしい話ではない。
 むしろオロチが全力で流さない限りは大丈夫なくらいの下地はあるのだ。

 今も最初の妖力の比ではない量を流しこまれているが、コンスケはぐでーっと完全に身体をオロチに預けてリラックスしている。

 そうして妖力の受け渡しを続けていくと、心なしかコンスケの毛並みがさらに輝いているようにも感じた。

「……なんかコンスケ綺麗になりましたね。妖力にはそういう効果もあるんですか?」

「さぁ、どうなんだろ。でも妖怪じゃないアウラにはあまりオススメしない。やるとしても他で実験してからだな」

「きゅい?」

 こんなに心地良いよ?とでも言いたげに二人に向かって鳴くコンスケ。
 実際に妖怪であるコンスケにはとても安心するのだろうが、妖怪ではないアウラにもそうだとは限らない。

 それどころか毒になる可能性もあるのだ。
 自身の家族とも言っても差し支えない存在であるアウラに、そんな危険な真似ができるはずもない。

「そろそろ良さそうか?」

「きゅい!」

 コンスケは満足そうに頷いた。

「残りの妖力は3割ってところか。ま、想定内だな」

「きゅい? きゅぅ……」

 そんなにも受け取ってしまったと、コンスケが目に見えて落ち込んでしまった。
 それをオロチは気にするなと言って少し乱暴に撫でる。

 すると初めこそ落ち込んでされるがままだったコンスケが、次第に元気を取り戻していき、『きゅい! きゅい!』と鳴く元気いっぱいの小狐に戻った。

「でも本当に大丈夫ですか? いくらオロチ様でもそれだけの妖力を失えば辛いじゃ……」

「大丈夫だって。毎日こんだけの量を渡すわけじゃないし、秘策もある」

「秘策? それはいったい?」

 オロチの秘策という言葉に首を傾げるアウラ。
 これだけの妖力をカバーできる秘策というのが彼女には思いつかなかった。

「ただ、こればっかりは俺だけじゃ決められん。アインズさんに確認してみないことにはな。だから今のところは秘密だ」

 そう言いつつも、アインズであれば承諾してくれるだろうという確信がオロチにはあった。

 オロチが敵から確保したワールドアイテム『傾城傾国』。
 他にもこの世界にワールドアイテムや、それに近い能力を秘めたアイテムが無いとは言い切れない。
 それらに対抗するためにとある計画が進められているのだ。

 そういう意味ではタイミングが良かったとも言える。

 一方アウラはその秘策とやらが気になって仕方がない。
 しかしオロチから無理に聞き出すつもりは全くなく、モヤモヤとした気持ちがくすぶっていた。

「ははっ、そんな顔しなくてもすぐにわかるさ。……じゃあ時間もできたことだし、アウラの警戒任務とやらに俺も付き合わせてくれ」

「っ! ほ、本当ですか!? オロチ様と一緒に森を回れるなんて夢のようです!!」

「大袈裟だな、そんなに引っ張らなくても逃げやしないよ」

 アウラはオロチの腕をがっしりと捕まえ、年相応の純粋な笑顔を浮かべている。
 そんなニコニコと楽しそうにしている彼女を眺めながら、オロチは森の中に入って行くのだった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました