「へぇー、ユグドラシルでは見たことがない植物ばかりだな」
(どちらかと言えば地球の植物に似ている。……いや、正確には過去の地球か)
現在の地球は環境破壊が深刻な状態に陥っており、もはや回復は不可能とまで言われている。
見せかけだけの植物はあちこちで見かけるが、本物の植物というのは滅多にお目にかかれないのだ。
それこそ一生のうちに一度も見ないまま死ぬというのも珍しいことではない。
それに比べて、この世界は緑に溢れ空気が非常に澄んでいた。
汚染された空気が普通だったオロチにとって、この場所はかなり特別だと言える。
この森の中にいるだけでリラックスできるような気がするほどだ。
現実では見たことがないほど巨大な大木に手を触れながら、オロチはそんなことを考えていた。
そしてアウラはオロチの腕に抱きつきながら、鼻歌交じりで楽しそうにしている。
「この森の植物はいくつかナザリックに持ち帰って、それにどういう性質があるかをアインズ様が調べているそうです。……あ、あそこになっている果物は甘くて美味しいですよ!」
アウラが突然オロチの腕から飛び出し、果物が成っているに向かって走って行く。
そして華麗にジャンプしてその木になっていた果物を千切った。
その果物はリンゴのような形だが、色がオレンジ色なのでオロチがよく知るリンゴではないのだろう。
アウラはその果物を笑顔で『どうぞ!』とオロチに差し出した。
「お、サンキュ。ちょうど小腹が空いていたから有り難く頂くよ」
持った感触はモモに近い。見た目はリンゴ、色はオレンジ、感触はモモ。
明らかにオロチが知っている果物の中には存在しないものだ。
そんな未知の果物を前にして好奇心が溢れ出してくる。薄皮を器用に剥き、そのまま噛り付いた。
「……美味いな。ほどよい酸味もあって高級フルーツと言われても信じるくらいだ」
「オロチ様に喜んでもらえて良かったです。その果物はこの森の中でも一番のお気に入りで、どうにかナザリックでも栽培できないかと思っているんですよね」
「確かにこれが大量に生産できればかなり嬉しい。ほら、コンスケも食べてみろよ」
アイテムストレージから短刀を取り出し、一口サイズに切ってコンスケに差し出した。
「きゅい? きゅいきゅい!」
コンスケはそれをスンスンと匂いを嗅ぎ、ペロリとひと舐めする。
そしてそれが美味しかったの一気に出された果物を食べ尽くしてしまった。
「きゅい!」
『もっと!』とコンスケがねだるので、もう一度一口サイズに切ってコンスケの前に持っていくと、それをすごい勢いで食べていった。
「もっとゆっくり食べないと喉に詰まらせるぞ? ……ほら、アウラも口開けろ」
「わ、私もですか? あ、あーん」
オロチはコンスケだけでなくアウラにも切り分け、それを餌付けするかのように食べさせる。
オロチからすれば妹に食べさせてやった感覚だったのだが、当のアウラは薄っすら頬を染め、どこか夢見心地気分になった。
(そういえば、昔は俺もこうやって親戚の子供の面倒をよく見ていたな。最近ではすっかり疎遠になっていたけど)
美味しそうに食べるコンスケと、何故か幸せそうに食べるアウラを見て自身の過去について思い出す。
自分がまだ子供だった時は現実世界もそれほど悪くないと思っていた。
しかし、いつからだろうか。ゲームの中にしか自分の居場所が無くなっていたのは。
その唯一場所だったアインズ・ウール・ゴウンさえ、残っているのはアインズだけだ。
もっとも――
「今はコイツらがいるからちっとも寂しくないけどね」
「ん? 何かおっしゃいましたか?」
突然のオロチの呟きは、幸いなことにアウラの耳には届かなかったようだ。もし聞かれていれば間違いなく彼女はオロチを心配していただろう。
だから気取られないように話を逸らす。
「いや、やっぱりアウラは可愛いなと思ってさ。今から将来が楽しみなくらいだ」
「え、い、いや……私なんてアルベドに比べたらまだまだですし、それに私よりも可愛い配下だってたくさんいますよ。……胸だって全然ないし」
アウラは自分のことを本当にそう思っているのか、胸の辺りを気にする素振りをしながらボソッと呟く。
「そう自分を卑下するな。お前は将来、アルベドにだって負けないスタイルを手に入れられるさ。何てったってぶくぶく茶釜さんは、そういう風にアウラを作成したんだからな」
オロチはぶくぶく茶釜がアウラを作成する際、ギルドメンバーにアウラの裏設定を楽しそうに話していたのを覚えていた。
そしてその設定の中で、ダークエルフとして外見が大人になるであろう数百年後には、女であれば誰もが羨むようなスタイルになるといっていたのだ。
それこそ同じく胸の大きさを気にしているシャルティアが、嫉妬でアウラに八つ当たりするであろうほどに。
だからこそオロチは、アルベドにも決して負けない魅力的な女性になると確信を持っているのだ。
「私にそんな設定が……。ぶくぶく茶釜様がそうお作りくださったのなら安心ですね。ふふ、では将来はオロチ様に相応しい女性になれそうです! 大人になるまで待っていてくださいね!」
アウラは嬉しそうに、本当に嬉しそうにオロチの腕に掴まり笑みを浮かべる。
実はアウラは自分の身体がしっかりと女らしく成長するか不安だったのだ。
創造主であるぶくぶく茶釜の趣向により、女でありながら男用の装備品を装着させられている彼女は、もしかすると男のような身体にしかならないのではないかと不安を抱えていた。
もちろん自らの創造主であるぶくぶく茶釜の趣味趣向を否定するつもりはない。
弟であるマーレ・ベロ・フィオーレは自分とは逆で女装しているが、アウラの目から見ても悔しいほど似合っているのだから。
しかし、だ。それでも自分は女。
恥ずかしくて誰にも言ったことはないが、マーレが着ているような短いスカートや、シャルティアが着ているフリフリのドレスを着てみたいと思っている。
今は似合わないだろうが、いつか自身が成長すれば着てみたい。そして何よりその姿をオロチに見てもらいたいのだ。
そういう未来があると希望が見え、アウラは少しだけ自分の容姿に自信が持てたのだった。
◆
再び森の奥へと歩を進めているオロチ一行は、この辺りでは一際強そうな魔獣の気配がする洞窟の前にいた。
と言ってもそれはオロチやアウラ、そしてコンスケにとってはまさにどんぐりの背比べであり、蚊とハエ程度の違いくらいにしか感じない。
「この程度の魔獣でも、おそらくこの世界ではかなりの脅威なはずだ。そこそこ知能が高ければナザリックで鍛えてやっても面白いかもしれないな」
「そうですね。強そうな子なら私の配下に加えたいと思うところですが、この気配からしてあまり強くはなさそうですし」
「きゅいきゅい!」
そんなアウラの言葉にコンスケが同意の声を上げた。同じ魔獣として既にコンスケの中では格付けが終わったようだ。
その反応から取るに足らない相手だと判断したようだが。
「まぁそう言うなって。俺もこの世界の人間を二人ばかり育てることにしたけど、中々見込みがありそうだったからな。この魔獣だってもしかしたら掘り出し物かもしれない」
そう言ってオロチは洞窟の中に向かって微量の殺気を放つ。
すると一瞬の静寂の後、『ドドドド……!』と何かがもの凄い勢いで近づいてくる音が聞こえてきた。
「アウラとコンスケ、念のために警戒は怠るなよ?」
「はいっ!」
「きゅい!」
それぞれが返事を返したのを確認し、オロチは洞窟の魔獣へと意識を向ける。
そしてついに洞窟の中にいた魔獣が飛び出してきた。
そして――
「い、命だけは勘弁して欲しいでござるよ~!」
洞窟から飛び出してきたのは巨大なハムスター。
しかしそのハムスターは早々にオロチに向かって命乞いをしたのだった。