鬼神と死の支配者34

「……お前にはこう、野生のプライドとかそういうのは無いのか?」

 オロチは目の前に頭を地に伏せている巨大なハムスターにそう尋ねる。
 人間よりも大きなその巨体を器用に折り曲げて必死に命乞いする姿に、もはや呆れの言葉しか出てこなかった。

 敵わないと見るなり恥も外聞も捨てて降参した姿勢は好ましいのだが、それでも一度も相手の力量を見ないまま命乞いするのはどうなのかと思う。
 それにオロチとしては活きが良い方が好みなので、野生としてのプライドもある程度は持っていて欲しい所だった。

(ハムスターにプライドを求める方が間違いという気がしないでもないけどさ)

「どうしますか? 私としては皮を剥いで剥製にでもした方が良いんじゃないかと思いますけど」

「なんでもするので命ばかりは助けて欲しいでござる……」

 巨大なハムスターは同情を誘うような声をあげた。
 オロチは敵であれば容赦なく切り刻めるが、降伏した相手に対してはナザリックの中でもかなり寛容な部類に入る。

 更に大きさに目を瞑れば、目の前にいるのは間違いなくハムスターなのだ。
 そのような可愛らしい外見の、しかも無抵抗の魔獣を倒すのは憚られた。

 アウラやコンスケの教育に悪いんじゃないかと危惧したのもある。

「魔獣にしてはかなりの知能があるみたいだし、そこら辺にいる馬鹿な魔獣やらモンスターよりは使いものになるだろ……そうだ、お前はコンスケの――この子狐の言葉を翻訳できるか?」

「きゅい?」

 急に自分の名前が出てきたことで、どうしたの?と首を傾げるコンスケ。

「俺はコンスケが言いたいことはある程度理解できるが、それでも全てじゃないんだ。言葉でしか理解できないことは分からん。アウラに頼りっぱなしになるのも悪いしな」

 アウラとしては『そんなことない!』と声を上げて否定したいところだが、アインズに任されている任務があるため、四六時中オロチと行動を共にするわけにはいかないのだ。
 その全てを投げ出してしまえるほど、アウラは無責任ではなかった。

 もっとも、いくら彼女たちに優しいオロチとて、任された仕事を適当な理由もなく投げ出せばきっちりと叱るだろう。
 ……裏を返せば、何か理由があるのならオロチはなんだかんだで許してしまうという事だが。

「某、そのコンスケ殿?の言葉ならしっかりとわかるでござるよ!」

 自分の命がかかっているため、ハムスターはここぞとばかりに声を張り上げた。
 もしここで自身の価値を示さなければ、きっと碌な未来が待っていないと半ば本能的に理解しているのかもしれない。

 実際には、ここでコンスケの言葉がわからないと答えたとしても、オロチには既にこのハムスターをどうこうしようという気持ちはない。
 せいぜい現地の使える駒としてこき使う程度だ。

「じゃあコンスケ、何かこのハムスターに向かって適当に話してくれ。できればコイツが知らないようなことが良いな」

「きゅい!」

 わかった!と一鳴きし、オロチの肩から飛び降りてハムスターに話しかける。

 人間よりも大きなハムスターと、子犬程度のコンスケが会話しているのはえらくシュールな絵だ。
 明らかに強そうなハムスターの方がペコペコしているのもそれに拍車をかけている。

 もしもこの2匹が戦うようなことになれば、この巨大なハムスターは文字通りコンスケに瞬殺されてしまうだろう。
 もはや比べる事さえ馬鹿らしくなるくらいの差が両者にはあった。

 それにお互いが魔獣だからか、殺気を放ったオロチよりもコンスケの方に怯えているようにも見える。
 魔獣同士で通じているものがあるのかもしれない。

 そうして少しの間2匹の会話が続き、それが終わると再びコンスケがオロチの肩に飛び乗ってきた。

「終わったのか?」

「きゅい!」

「バッチリ終わったでござるよ!」

 どうやら本当にコンスケの通訳ができるようで、ハムスターが自信を漲らせてそう言った。

「で、コンスケはお前に何て言ったんだ?」

「終始オロチなる人物を褒め称えていたようでござる。将来はそのオロチ殿という方の子供を、自分が世話をするんだと張り切っていたでござるよ」

「きゅいきゅい!」

 ハムスターの言葉に首を縦に振るコンスケ。
 しかし、知らないうちに自分の自慢話をされていたオロチは複雑だった。
 コンスケの気持ちは非常に嬉しいものだし、直接言われれば感動もしただろう。

 だが、それを見ず知らずの他人――見ず知らずのハムスターに張り切って伝えていたと考えると妙な気分になる。
 オロチ自身は自分のことを、配下たちが思っているほど素晴らしい人物だとは思っていないのだから。

(それでも良く思ってくれていることは間違いないから怒れないよなぁ……)

 嬉しそうに9本の尻尾をぶんぶんと振り回すコンスケを見てそんなことを思っていた。

「まぁ色々と思うことはあるけど、どうやら本当に通訳できるのは確かみたいだな」

 オロチがそう言うとハムスターはようやく安堵の表情を浮かべる。
 今まではいつ殺されてもおかしくないとさえ思っていたので、自分の有用性を伝えることができて安心したのだ。

「それで、拙者はいったいどうなるのでござろうか?」

「今日からお前はコンスケの手下な。名前は……ハムスケで」

 巨大なハムスター――ハムスケは手下になれと言われても微塵の不満を顔に出すことなく、むしろ歓喜の表情でその話を受けた。

「わかったでござるよ。今日からは殿、そして大殿に誠心誠意お仕えすることを、頂いたこのハムスケの名において誓うでござる!」

 ハムスケの言う殿がコンスケであり、大殿がオロチのことなのだろう。
 まるで日本に伝わる武士のような口調でそう誓った。
 コンスケは新しい友達ができたと『きゅいきゅい!』と騒ぎ、ハムスケを歓迎している。

「うーん、このハムスターからは良い皮が取れそうだったんだけどなぁ」

「そろそろ某の皮を剥ごうとするのはやめて欲しいでござるよ……」

 残念といったアウラの様子に、命の危険を感じたハムスケがビクビクと体を震わせてオロチの後ろに隠れる。
 もちろん、その巨体をオロチの体で隠すことなどできるはずもなく、全身どころか頭さえまったく隠せていない。

 しかしアウラにとってはオロチを盾にするのは効果的だったらしく、すぐに刈り取る者の眼から無垢な少女の眼へと変化した。

「ま、コンスケの手下なら私が手を出すことはないから安心しなよ」

「きゅい!」

「おお~! 感謝するでござるよ、殿! 某は殿に一生付いていくでござる」

 コンスケが具体的に何を言ったのかオロチには分からなかったが、おそらく『守ってあげるね!』とでも言ったのだろうと検討を付ける。

 そんな楽しそうに言葉を交わしている2匹を眺めながら、コンスケに新たな友ができたことを喜ぶオロチであった。

 なお出会い頭に命乞いをかましたハムスケが、実は『森の賢王』と呼ばれ恐れられていることをオロチが知るのはもう少し後のことだ。

 

   

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