「なるほど、それでそのジャイアントハムスターを飼うことにしたんですね」
ナザリックの執務室。アウラと別れたオロチは、そこでアインズに事の顛末を説明していた。
この場にいるのはアインズ、オロチ、コンスケ、そしてジャイアントハムスターことハムスケだ。
アインズの視線はまっすぐハムスケに向けられており、それはまるで珍獣を見るような奇異な視線だった。
ハムスターがそのまま大きくなったと言っても過言ではないのだから、アインズがそういう目で見てしまうのも無理はない。
だが当のハムスケにしてみれば、いきなり連れてこられた魑魅魍魎が跋扈する魔境で、アインズという死の象徴というような人物にその紅く光る瞳を向けられているというのはあまり居心地の良いものではない。
むしろ直ぐにでも逃げ出したいと思っているのだが、コンスケがオロチではなく自身の肩に乗っているという安心感からギリギリのところで踏ん張っていた。
もちろんコンスケがハムスケの側にいるのは、ナザリックに入るなりビクビクと怯えていたハムスケを守る為だ。
自分の手下――というよりも友達と思っているハムスケを助けようとするのは、心優しいコンスケにとって当然のことだった。
「ええ、見ての通りコンスケもこのハムスター――ハムスケに懐いていますしね。こんな見た目でもこの世界ではそこそこ強いので、拾った他の奴らと一緒に鍛えてみようかなと」
「そうですか。オロチさんが面倒を見るというのであれば私からは何も言うことはありません。コンスケも喜んでいるようですし。……フフ、久しいなコンスケ」
「きゅい!」
コンスケはひと鳴きするとハムスケの上から飛び降り、そのままアインズの元に駆けて行った。
そして久しぶりのアインズとの再会にその9本の尻尾をブンブンと振っている。
アインズもそんなコンスケを好ましく思い、自分の膝の上に乗せて優しく撫でた。
「やはりコンスケはナザリックの癒しですね。こうしているだけで日頃のストレスが溶けていくようです」
「……ちゃんと休んでいますか? 一番迷惑をかけている俺が言うのもあれですけど、アンデッドだからと言って休まずに働いては駄目ですよ?」
「ははっ、大丈夫ですよ。その辺のことはしっかりアルベドに管理されていますから」
アインズは心配無いというが、それでもオロチの表情は晴れなかった。
しかし何かを思いついたようなハッとした顔を浮かべ、ニンマリと笑みをアインズに向ける。
「あ、俺すごく良いこと思いついちゃった」
「……オロチさんがそう言った時は、どれもロクでもない記憶しかないので不安しかありませんが」
「まぁまぁ、そう言わずに。楽しみにしておいてください」
「……猛烈に不安だ」
何を思いついたのかとオロチに尋ねてみるが、曖昧に返されて分からない。そのことにアインズは言い様のない不安を感じる。
そして過去に同じことをオロチが言った時のことを思い出し、自身の特性である強制的な精神安定が発動するほどに動揺した。
この強制的な精神安定は本来であれば並大抵のことでは発動せず、激しい怒りや興奮でしか発動しない。
つまりそれらに準ずる程度には、過去のオロチの行為が凄まじいものだったという事だ。
「もしかしてあの時のことを思い出しているんですか? 流石にあれは俺もちょっとやり過ぎたと思ってますよ。……でも、楽しかったでしょ?」
アインズは『はぁ~~~』と、大きなため息を吐いた。
たしかにオロチの言う通り誰もがあの瞬間を楽しんでいた。それこそ、かつてのギルドメンバー41人全員が間違いなく楽しんでいのだ。
それに異を唱えるつもりはない。
だが、その結果によって対アインズ・ウール・ゴウンの大規模連合が結成されたとあれば話は別だ。
アインズ・ウール・ゴウン全盛期であった為負ける気は微塵もしなかったが、それでも上位ギルドがそれに参加していれば勝てたかどうか分からない。
その引き金になった出来事が――
「経済支配って案外簡単でしたね。色々と恨まれるから、それ以降は一度もやらなかったですけど」
「確かユグドラシルを裏から支配してやろうでしたか? そういうのが大好きなウルベルトさんが妙に張り切ってましたね……」
アインズが呆れるように、はたまた思い出を懐かしむように苦笑した。
かつてアインズ・ウール・ゴウンがとある鉱山を占領した時、オロチはふと思ったのだ。
『他の主な鉱山も占領してしまえば、ユグドラシルの経済を支配できるんじゃないか?』と。
実際は言葉で言うほど簡単なことではないのだが、当時のギルドメンバーには尖った能力を持っていた人材が多く、綿密な計画を立てたおかげなのかあっさりと経済支配を達成してしまった。
もっともそれはあくまで一時的にであり、その状態を維持するのには絶対的に人手が足らず、結局一月も経たずにアインズ・ウール・ゴウンの天下は終わりを告げる。
それでも間違いなくユグドラシルの歴史にはその事が刻み込まれただろう。
――過去最悪のギルドとして。
「ま、今回はそんな大それたことじゃないので安心してください。それよりも、階層守護者たちにワールドアイテムを持たせる計画はどこまで決まりましたか?」
「もう既に決めてありますよ。もちろんオロチさんの分も」
先日オロチが確保したアイテムは、強力な精神支配を行使するワールドアイテムだった。
そんなワールドアイテムに対抗するには同じくワールドアイテムを所持するか、もしくはワールド系の職業を取得するしかない。
今のナザリックでワールド系の職業を取得しているのはオロチのみ。
つまり、もしアインズや配下たちが精神支配を受けてしまえば、最悪の結末を迎えてしまうことを意味する。
だから主要なメンバーには、あらかじめアインズ・ウール・ゴウンが保有するワールドアイテムを装備させておこうという話がアインズとオロチの間で交わされていたのだ。
「じゃあ俺に回されるワールドアイテムって……」
「もちろん“アレ”です。元々あのアイテムは半ばオロチさん専用みたいなものですし。それに、今のオロチさんには絶対に必要でしょう?」
「ははっ、実はそれを回してもらえるようにお願いしようとしていたんですけど、どうやらその必要は無かったみたいですね」
オロチが安心したように笑う。
今のオロチが抱えている問題は2つ。
1つ目は先日に戦闘の時に起こった暴走だ。未だに何がトリガーになったのかは判明していないが、おそらく高揚状態に陥った事、そして敵がワールドアイテムを所持していた事が原因だと思っている。
そして2つ目は妖力。
今までは自前の自然回復量で賄えていたが、これからはコンスケにも妖力を分けなければならない。
戦闘を行わなければ全く問題がないとはいえ、戦闘特化であるオロチはそうも言っていられないのだ。
それらの問題を一気に解決してくれるのが、オロチの望むワールドアイテムだった。
「今の装備に加えてワールドアイテムまで装備すれば、いよいよ本当にチート状態ですよ? 味方としては頼もしい限りですが。……オロチさん、今からでも貴方がナザリックを率いてみては――」
「嫌です」
どうですか? そうアインズが尋ねる前に、オロチはにべもなく拒絶する。
アインズとしては本心から強さもカリスマもあるオロチが長になるべきだと思っており、それを一考すらせずに断るオロチに呆気に取られた。
「前にも言った気がしますが、俺はアインズさんに従います。このギルドの長に相応しいのは貴方だけだ。だからアインズさんを押し退けて玉座に座るつもりはありません」
「……気が変わったらいつでも言ってください。私もオロチさんと同じように、ナザリックの玉座に相応しいのは貴方だと思っているんですから」
オロチの強い口調に流石のアインズも諦めた。
アインズが落胆する一方で、オロチは反対に笑みを深める。
「アインズさんなら大丈夫ですよ。貴方は自分が思っている以上に凄い人ですからね」
オロチは外見通りの少年のように純真な笑顔をアインズに向けた。