アインズにコンスケの一件を報告した後、オロチはナザリックでとある配下を探していた。
ちなみに、今オロチの肩にはコンスケは居ない。
ならば何処へ行ったのかというと、ハムスケを引き連れて湖のほとりに遊びに行ったのだ。
コンスケはできればオロチにも来て欲しかったようだが、あいにく他に用事があったので別行動となった。
(意外とコンスケって面倒見が良いんだな。……いや、面倒見が良いというよりも友達思いと言った方がしっくりくるか)
コンスケがハムスケを連れて歩く姿を想像して頬を緩ませる。
コンスケはもちろん、ハムスケに関しても大きさに目を瞑れば非常に愛らしい姿をしているのだ。
だからその2匹が戯れる姿はさぞ絵になるだろう。
「オロチ様? このようなところで如何されましたか?」
すると前方から自身の名を呼ぶ声が聞こえ、そちらの方に視線を向ける。
「あぁ、アルベドか。ちょうどお前を探していたんだ」
声の主はアルベドだった。守護者統括という地位に就き、デミウルゴスと双璧を成すナザリックの頭脳。
正に大人の女を具現化したような容姿をしている。
彼女のおかげで今のナザリックが回っていると言っても過言ではない。
そして、彼女こそオロチが探していた相手だ。
「それはお手数おかけしまして申し訳ありません。それで私にどのようなご用件でしょうか?」
「コンスケを探してくれていたんだろ? それの礼と日頃の感謝を込めて、今アルベドが一番欲しいであろう物をプレゼントしようと思ってな」
「私が一番欲しい物……? それは非常に気になりますが、私はアインズ様とオロチ様の忠実なる僕。そのお気持ちだけで報われる思いです」
「まぁそう言うな。これはお前だけじゃなく、アインズさんの為にもなる」
「アインズ様の……?」
アインズの名前を出すとアルベドの様子が変化した。
やはり自身が愛する者の為になると言われれば、どんな事であれ気になってしまうのだろう。
そんな彼女の様子に満足したオロチは笑みを浮かべて話を続ける。
「アルベドに受け取ってもらいたい物は……これだ」
「これはいったい何でしょうか?」
オロチが差し出したのは小さな小瓶。
中には透明な液体が入っており、光を反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。
アルベドはその小瓶を恭しく受け取ると、色々な角度から眺めている。
「そのアイテムの名前は『月の涙』。その中身を全て飲み干せば、満月の夜だけ人間の姿になる。効果はおそらく永続だ。少なくともユグドラシルでは期限切れというのは無かった」
小瓶の説明をされたアルベドは、何故これが一番自分が欲しているのかと疑問を抱いたが、すぐにオロチの言っている意味を理解した。
「ま、まさかこれをアインズ様に……という事ですか?」
「そうだ。今のアインズさんは眠ることができず、食事も取る必要がない。しかしこのアイテムを使えば、あくまで一時的ではあるが肉体を得ることができる。それは確実に精神的な癒しになるだろう」
アンデッドから別の種族に転生させるには、ワールドアイテムである『世界樹の種』が必要になる。
しかし、いくらオロチでもそんな物を持ち合わせているはずがなく、それの代替品として『月の涙』を思いついたのだ。
ユグドラシルではこのアイテムを使用しても、特にステータスが変化するわけではなかったので、課金アイテムでありながらネタアイテムとして扱われていた。
オロチがそんなアイテムをずっと所持し続けていたのは、偏に買い取ってくれる相手がいなかったからである。
とはいえ課金して手に入れた物を捨てるのは流石に勿体ない。
だからいずれ買い取ってくれる相手が現れることを願って、アイテムストレージに仕舞い込んでいたのだ。
……そんな相手は終ぞ現れる事はなかったが。
「こ、これを使えばアインズ様と……! アインズ様と……! ムフーーー!!」
アルベドは普段の涼しい顔を投げ捨て、子供には少し見せられないような表情を浮かべて興奮している。
そんなアルベドの狂気を孕んだ様子に少しだけ、本当に少しだけ後ずさりながらも、オロチは慈愛を含んだ優しげな顔を向けた。
「アルベド、俺はお前を娘のように思っている。これはそんな娘に送るエールだ。創造主であるタブラさんに変わって、俺がアルベドの征く先を見守ろう」
「お、オロチ様……! 何という慈悲深きお言葉……! このアルベド、必ずやそのお言葉に報いてみせます!」
大切そうに『月の涙』が入った小瓶を胸に抱き、オロチに感謝に気持ちを表した。
「ははっ、じゃあそんな可愛い娘にひとつだけアドバイスだ。――アインズさんは押しに弱い。攻めれば確実に落ちる」
オロチがそう言うと、アルベドは自身の種族であるサキュバスらしい妖艶な笑みを浮かべて微笑んだのだった。
因みに今夜は満月らしい。
◆◆◆
「あ、あのアインズさん。その顔でアイアンクローされると流石に怖いんですけど?」
「言い遺す言葉はそれだけですか?」
翌朝。オロチが起床すると目の前に骸骨が立っていた。
……それも絶望のオーラを発生させながら。
いきなり起こった出来事に取り乱しそうになったが、目の前にいる人物がアインズであると判りホッとした瞬間、アインズはなんとアイアンクローを放ってきたのだ。
アインズは生粋の魔法職であるため、身体能力はレベル30くらいの戦士程度しかないはずなのだが、オロチの頭を締め付けている握力の強さは明らかにそれ以上だった。
それこそオロチの頭がミシミシと音を立て、そのまま握り潰されると思うほどの力を感じている。
このままでは本当に潰され兼ねないと思ったオロチは慌てて言い訳を口にした。
「ちょ、ちょっと本当に潰れちゃいますって! もしかして昨日のアルベドの件ですか!?」
「ええ、その通りです。私は……私はタブラさんが作ったアルベドを汚してしまった……。それも本来の設定を歪ませた行いによって、です。今のアルベドの感情は私が作り出した幻想だ……」
アインズはそう言うとオロチの頭を離し、崩れ落ちるように膝をつく。
どうやらアインズとアルベドの2人はオロチの狙い通りに結ばれたようだが、思いのほかアインズは罪悪感を感じているようで、力なくうなだれている。
そんな死の支配者の姿に『少しだけやり過ぎたか?』と思うオロチだったが、このくらい強引にことを運ばなければ永遠に2人の中は進展しないだろうとも思う。
そしてそうなれば辛いのはアルベドだ。
アインズへの好意は確かに設定によって生まれた感情だが、それでも今のアルベドが偽物だとは思えない。
おそらく彼女はジッとその想いを胸に秘めたまま日々を過ごしていくだろう。
それは彼女の主人の一人として、そして親として看過できることではない。
アインズにきつい言い方をすれば、そもそも設定を書き換えたのだから責任は取るべきだという思いがオロチにはある。
もちろん設定を変更したことが悪いのではなく、その後の対応がまずいのだ。
「アインズさんはアルベドの好意が偽物だと思っているんですか?」
「……しかし、あれは私が無理矢理書き換えたものです。そんな私がアルベドと共に生きる資格は――」
「そんな事はありません!!!」
バンッ!と勢いよく開かれた扉にはアルベドが居た。
その瞳には薄っすらと涙の跡が残っていることから、オロチとアインズの会話を聞いていた事が伺える。
「私が愛しているのは世界でただ一人、アインズ様だけなのですから!」