鬼神と死の支配者37

「私が愛しているのは世界でただ一人、アインズ様だけなのですから!」

 突然部屋に入ってきたアルベドは叫ぶようにそう言い放った。
 目尻には涙を溜め、よく見れば薄っすらと跡が残っている。
 おそらく今までの会話を聞いており、アインズの言葉を聞いて思わず飛び出してきたのだろう。

 そして、アインズはいきなり入ってきた彼女に驚くが、すぐに平静を取り戻した。

「アルベド……だが、私はお前の設定を無理矢理書き換えてしまっているのだ。今の感情だって本来のお前ではないかもしれない」

「そんな事は関係ありません! 今の私が全てであり、私は間違いなくアインズ様を愛しております!!」

 それはアルベドの心の叫びだった。
 設定を変えたから今の自分があるのかもしれない。でも、そんな些細な事は彼女にとって何も関係ないのだ。

 自分がアインズを愛している。ただそれだけのこと。
 もし受け入れられないのなら、いっそのこと拒絶してもらった方が気持ちが楽になる。
 今の状態でいることがアルベドにとって一番辛かった。

「アインズさん、アルベドにここまで言わせておいて何もしないなんてナシですよ? 彼女のことを本当にそういう目では見えないのであれば、ここではっきりと言うべきです。それがアルベド、そしてアインズさんの為にもなると思いますから」

 そう言いつつも、アインズがアルベドのことを女性として見ているのをオロチは知っている。
 そもそもアルベドはアインズの愛人としてタブラ・スマラグディナが作成したNPCであり、彼女の外見は正にアインズにとって理想の女性なのだ。

 だからこそ、『実はビッチである』というタブラが書き込んだ設定を変更したのだろう。
 特殊な性癖を持っていない限り、ゲームとはいえ好みのキャラがそういう性格というのは嬉しい事ではないのだから。

 オロチもアインズの気持ちを理解していたからこそ、アルベドを嗾けるような真似をした。

(流石に頭が割れそうになるアイアンクローを食らうとは思わなかったけど)

 アインズは重苦しい雰囲気の中、ゆっくりと口を開いた。

「……タブラさんは、アルベドの設定を書き換えた事を許してくれるだろうか」

「我が創造主であるタブラ・スマラグディナ様は寛大なお方。きっと嫁に行く娘のような気持ちで送り出してくださると思います!」

「むしろ感謝されるんじゃないですか? ……ほら、アルベドの親として」

(NTRを体験させてもらったといって――とは言える空気じゃないな)

 流石にふざける雰囲気ではないと感じたオロチは、喉まで出かかった言葉をすんでのところで抑え込む。
 オロチにはこの場に相応しくない言葉を選べるくらいには良識があった。
 ……もっとも、本当に良識のある人間はアルベドに襲わせたりしないだろうが。

「ははっ、確かにタブラさんならそう言ってくれるかもしれませんね。……分かりました、私も覚悟を決めます。アルベド、こんな私ではあるが側にいてくれるか?」

「も、もちろんです! アインズ様と共に居られるのなら、例え地獄であろうともお供致します!」

「ありがとう、アルベド」

「アインズ様……」

 見つめ合う二人。
 どことなく微笑んでいるように思える骸骨と、ホロリと綺麗な涙を流す美女という歪な組み合わせだが、オロチにはそれがひどく美しく見えた。

 心を開いたアインズはアルベドを優しく抱きしめ、彼女もまたアインズの腰に手を回してお互いに触れ合う。
 まるで映画のラストシーンにあるような光景を前に、オロチが思う事はたったひとつ。

「ここって俺の部屋だよな……?」

 そしてそんなオロチの呟きは、既に二人だけの世界を作り出している彼らには届かず、複雑な気持ちを抱きながらも静かに退室した。

(なんで朝っぱらからイチャつくシーンを見せられにゃならんのだ。……ま、結果的に丸く収まったみたいだから良かったけど)

 寝起きにアイアンクローをかまされるという最悪の目覚め、そして部屋を追い出されるというコンボを食らったのだが、オロチの気分は相当に晴れやかなものだった。
 何しろ友人と娘の記念すべき一日だ。これで恨みごとを言うような小さな器を持っているオロチではない。

 とはいえ、若干モヤモヤとしたものを感じるのもまた事実。
 ただでさえ寝起きが良くないにもかかわらず叩き起こされたことや、アインズとアルベドが醸し出す恋人のような様子を見せつけられたのだから当然だろう。
 誰でも他人がイチャつく現場など見たくはない。それが友人と娘なら尚更だ。

「……風呂にでも入るか」

 だからそんな気分を一新するべく、オロチは朝風呂へと足を運ぶ。
 ナザリックには『スパリゾートナザリック』という大浴場があり、並みの観光地よりも優れた施設が整っている。

 ゲーム時代には作成時しか訪れることがなかった場所だが、今ではすっかり『スパリゾートナザリック』の常連となっていた。

「これはオロチ様、お早いお目覚めですね」

 オロチが廊下を歩いていると、前方からいつものストライプ柄のスーツを身にまとったデミウルゴスが歩いてきた。

「ああ、ちょっとな。そっちもずいぶん朝が早いな」

「ええ、少々アルベドに確認しなければならない事がありまして」

 今はまずい。
 あの現場にデミウルゴスが出向けば、せっかく進展をし始めた二人の仲が止まってしまうかもしれない。

「……それは今すぐではなければ駄目か?」

「いえ、今日中であればまったく問題はありません」

「そっか。じゃあこれから風呂にでも入ろうと思っていたんだけど、時間があるならお前も一緒に来ないか?」

「ぜひお供させて下さい」

 即了承の返事がデミウルゴスから返ってきて、オロチはホッと安堵した。
 しかし、そこでふと思う。

 ――何故デミウルゴスに隠し通す必要があるのか、と。

 主人であるアインズと階層守護者という高い地位に就くアルベドが結ばれた。ナザリックに属する者たちにとってこれ以上の朗報はないだろう。
 確かに今の二人にはあまり近づいて欲しくないのだが、何もその話自体を隠し通す必要はない。

 そしてオロチはニヤリと悪い笑みをひっそりと浮かべ、デミウルゴスにとある提案をした。

「どうせなら他にもマーレやコキュートスを誘ってみるか。俺はマーレを起こしに行ってくるから、そっちはコキュートスを頼む。コキュートスはどうせこの時間でも鍛錬しているだろうから、すぐに見つかるだろ」

「かしこまりました。ではコキュートスを連れて速やかに合流いたします」

 デミウルゴスはそう言ってオロチに会釈してから足早に去っていった。

(クックック、ついうっかり配下たちに口を滑らせてしまうかもしれないな。なに、二人の邪魔はしないから安心してくれ)

 もちろん、悪意から噂を広めようとしているわけではない。
 勘のいいデミウルゴスあたりは、近いうちに誰かが教えずとも二人の仲に気づくだろう。
 どうせ気がつくのなら先に教えて口止めしておいた方がいい。

「あとで女性陣にも言っておかないとな~」

 もっとも、その全てが善意というわけでも無いのだが。

 そして鼻歌を歌いながら上機嫌でマーレの部屋へと向かうのだった。
 その時には既に、寝起きの機嫌の悪さは吹き飛んでいた。

 

   

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