鬼神と死の支配者38

「――って事があったんだよ」

 古代ローマ風の風情ある大きな浴槽。
 そこにオロチ、デミウルゴス、マーレ、そしてコキュートスの4人がいた。

 オロチの思いつきで急遽開催された朝風呂だったが、他の3人もまさかオロチと一緒に風呂に入れるとは思ってもおらず、突然のやってきた幸せを噛み締めている。

 そしてそんな中で始まったオロチの暴露は、彼ら階層守護者の度肝を抜くには十分だった。

「まさかアインズ様とアルベドが……これは我々にとって歓迎すべき出来事ですね。それこそナザリック全体で祝福してもいいかと」

「ボクもそう思います。これほどめでたい事なんて滅多にありませんから」

「アインズ様トアルベドの子供ガ産マレレバ、御守リスルベキ存在ガ増エマス。我々二トッテソレ以上二幸セナ事ハアリマセン」

 それぞれ上からデミウルゴス、マーレ、コキュートスの言である。
 3人の共通点は全員がアインズとアルベドの仲を祝福していることだ。

 デミウルゴスとコキュートスはともかく、マーレあたりはまだ心が幼いため、親を取られたという嫉妬心を少しは見せるかと思っていたのだが、オロチが見た限りではそれらしいものは全く感じられない。

 それどころか本心から二人を祝福しているようで、オロチはその優しさに思わず笑みがこぼれた。

「ん? どうかしましたか?」

 男には到底見えない男の娘であるマーレが、その少女のような瞳を向けてくる。

「いや、なんでもない。それよりもデミウルゴス、しばらくは大々的に二人を祝福するのは控えろ。あの二人には二人だけのペースがある。それ周りが騒いで乱すというのはあんまりだろう。だから揶揄う――祝福するのはもう少し先だ。そしてその時にはナザリックを挙げて盛大に祝おう」

 真面目な顔で危うく不穏な言葉を発しそうになったが、オロチが醸し出す真剣味のある雰囲気の所為で、常にオロチに対して補正フィルターがかかっている配下たちにはまるで聞こえていなかった。

 無論オロチにも基本的には祝いたいという気持ちしかなく、二人の仲を引き裂いてやろうなどという最低な考えは持ち合わせていない。

 彼の中にあるのは中々素直になれなかった友人を少しだけ揶揄ってやろうとする気持ちと、念願の想いが通じた娘に対する祝福の気持ち。
 そして、単純にお祭り騒ぎをしたいという個人的なものだった。

「なるほど……確かに周囲が騒ぎ立てると本人たちが萎縮してしまうかもしれませんね。流石はオロチ様。アインズ様だけではなく、守護者であるアルベドにまでそのお優しき心を向けてくださるとは……。配下を代表して感謝いたします」

「お前たちの幸せを願うことは当然だ。アインズさんとアルベドを祝う時にはデミウルゴス、お前にその段取りを任せても良いか?」

「ぜひとも私にお任せください。必ずや成功に導いてみせます!」

 デミウルゴスはナザリックにとって非常に重要な仕事をオロチから任され、張り切るあまりオロチの体に触れそうなくらい接近してきた。
 いきなり全裸の男に迫られて喜ぶ趣味は持っていないので、いくら大切な配下といっても男であるデミウルゴスにここまで接近されたオロチの顔がひきつる。

 主人の危機を敏感に察知したマーレがオロチを救う為に口を開いた。

「デ、デミウルゴスさん、そんなに迫ったらオロチ様が困っちゃいますよ~」

「おっと、これは失礼いたしました」

 マーレの指摘を受けてすぐに離れる。

「……気にするな。お前の気持ちは十分に伝わってきたから。マーレもありがとう」

 そう言ってオロチは自身の窮地を救ってくれたマーレの頭をポンポンと撫でた。

「えへへ……」

 嬉しそうに顔を緩ませるマーレは本当に女の子のように見える。
 ……それこそ思わずイケナイ扉を開いてしまいそうになるほどに。

(い、いかんいかん! 何を考えているんだ俺は! マーレは男、マーレは男マーレは男マーレは男――)

 因みにそんな一連の出来事の中、唯一コキュートスだけは我関せずといった様子で、いずれ産まれてくるであろうアインズとアルベドの子供を夢想していた。
 コキュートスの理想では常に頼られるような存在である、いわゆる『爺』になりたいと思っている。
 しかし武人気質である彼が、果たして子育てを出来るのかは疑問ではあった。

 そしてこの場には鼻息を荒くしてナザリックの未来を語るデミウルゴス、オロチに頭を撫でられて体をクネクネさせるマーレ、頭を抱えて自己暗示に励むオロチ、子供の世話をしている自分を夢想するコキュートス。

 風呂場はいつの間にかカオスに包まれていたのだった。

 

 ◆◆◆

 

「ねぇー、ナーベラルさん? そろそろご主人様に会いたいんだけど?」

「……黙って仕事をこなしなさい。本来であれば、オロチ様は私でも気安く会えるような方ではないのだから」

 オロチがナーベラルたちと別行動を開始してから約数日。彼女たち二人はゴブリンの集落を壊滅させるという依頼をこなしていた。
 いくら弱い魔物であるゴブリンと言えども、その数と繁殖力は脅威。

 だからこそオロチが不在とはいえ、それでもエ・ランテルで最強である冒険者チームである彼女たちに依頼が回ってきたのだ。

 しかし、オロチに会えないとクレマンティーヌが不満を溢し始める。
 たかがペット風情が調子に乗るなと怒鳴り散らしたいところだが、彼女はオロチが抜けた穴をしっかりと埋める努力をしていた。

 なのでナーベラルはあまり強く言えない。
 あまりにしつこいようなら再度躾けようと思っているのだが、クレマンティーヌはそのラインを見極めるのが上手かった。

「グギャグギャ!」

「早くご主人様に会いたいなーっと」

 周りをゴブリンに囲まれようとも一切慌てず、まるで作業のように喉元をレイピアでひと突き。
 次々とゴブリンたちを殺していく。

 彼女からは緊張感をまったく感じられないが、それでも危なげなくその倒す姿はどことなくオロチに似ている。
 もちろん戦闘スタイルは違う。ただ、敵を的確に倒していく姿が重なって見えるのだ。

 あの強き鬼に。

 ブンブンと頭を振りそんな思考を追い出すナーベラル。

(こんな家畜がオロチ様と一緒だなんてあり得ないわ! 至高の存在であるオロチ様と重ねるなど、それ自体が大罪であるというのに……!)

 八つ当たりするかのようにゴブリンを得意魔法である雷系統の魔法で一掃する。
 決して彼女にとって威力が高いわけではない第三位階魔法。しかし、それはゴブリンどころかオーガでさえ即死できるほどの威力なのだ。

 そんなものを苛立ち混じりに乱発されたゴブリンの集団は、瞬く間に殲滅されていった。
 すると、そんな彼女の元にとある人物から通信が入る。

『ナーベラル、今ちょっと良いか?』

「オ、オロチ様!? もちろん大丈夫です!」

 通信の主は、自身が待ち焦がれていた相手であるオロチ。その本人からの急な通信にナーベラルが取り乱してしまうのも無理はない。
 そして彼女の心が乱れているとは気が付かずにオロチは話を続けた。

『ならそのまま聞いてくれ。そろそろクレマンティーヌをナザリックの皆に紹介しようと思ってな。急なんだけど明日にでもナザリック来れないか?』

 その言葉にやっとあの家畜が大人しくなると安堵する。

「もちろん大丈夫です。むしろクレマンティーヌがオロチ様に会わせろと煩くなっていたので助かります」

『そうか、それは良かった。俺もそろそろ冒険者に戻れると思うから、それまでもう少し頑張ってくれ。あと明日の件はよろしく頼むぞ』

「はっ、かしこまりました」

 オロチとの通信が早々に終了してしまいナーベラルはもっと話したかったと肩を落とす。
 真面目な性格をしている彼女には、忙しいであろうオロチと雑談をするような真似は出来なかったのだ。

 もっとも、当のオロチはすこぶる暇なのでそのような心配は必要ないのだが……。

「誰からの通信だったのー?」

 周辺のゴブリンを殺し尽くしたクレマンティーヌが戻ってきた。
 かなりの数を倒したはずなのだが、彼女の顔に疲労の色は感じられない。それが技量の高さを物語っている。

「喜びなさいクレマンティーヌ。遂にあなたをナザリックに招待するとの連絡がオロチ様からありました。なので――」

「やっったあああぁぁぁ!!!」

 ナーベラルの話を最後まで聞くことなく、クレマンティーヌは騒ぎ始めた。
 それだけオロチの元に行けることが嬉しかったのであろう。

 有象無象がオロチに群がるのは不快でしかないが、ここまで一心に思うのであれば……

「やっぱり不快だわ」
 
 騒いでいるクレマンティーヌに向けて問答無用でライトニングを放つ。
 流石にオロチのペットである彼女を殺すつもりはない。そのため最大まで手加減したものを放っている。
 とは言っても死なないだけで死ぬほど痛いのは間違いないだろう。

「アバババババババ!!!」

 ライトニングを食らったクレマンティーヌは奇声をあげて気絶した。

 

   

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