「人間を見下すことが悪いとは言わないが、時には油断していると足元を救われる危険がある。それに、今のナザリックは少々排他的過ぎるのではないかと危惧していたのだ。組織にとって停滞とは衰退を意味する。だから常に変化を受け入れなければ、このナザリックとていずれ滅んでしまうかもしれん」
配下たちは全員『そんなことはありません!』と否定したかったが、クレマンティーヌの演技に騙されていたと思っているので声をあげることができない。
それに何より、彼らはよく知っているのだ。
かつて栄華を誇ったナザリックでさえ、緩やかに衰退していったことを。
言ってしまえば『アインズ・ウール・ゴウン』のプレイヤーたちは、ユグドラシルを遊び尽くしてしまったから離れていったのだ。
最高難度ダンジョンだったナザリック地下大墳墓を総出で攻略し、ワールドアイテムを複数確保し、そして大規模連合を打ち負かした。
ひとつのゲームとしてはこれ以上ないほど遊びつくした……いや、遊び尽くしてしまったのだろう。
それを当時NPCであった彼らから見れば、完全に停滞していたようにも見えた。
そして始まるアインズ・ウール・ゴウンの崩壊。
何とかしようと足掻くオロチとモモンガの努力も虚しく、結局最後に残っていたのはナザリックのNPCとオロチとモモンガの二人だけだった。
アインズの言葉を聞き、そんな過去の出来事が思い返される。
「ま、そんな難しいことじゃないさ。使えそうな奴は配下に加えるなりして、敵や無能な奴は今まで通りに扱ったら良い。要は才能のある者に対しては一定の尊敬心を持てってことだ。下手に見下したりせずにな」
オロチの言葉に納得の表情を浮かべる配下たち。
その言葉通りにすれば、引いてはナザリックの利益にも繋がると理解したのだろう。
今ナザリックが保有している戦力や技術に加え、この世界にある未知の力や知識が加われば、ナザリックが更なる発展を遂げることは明白だ。
そしてそれらは虐げるばかりでは中々手に入れ難く、ナザリック全体の意識を変えなければならない。
だからこうしてクレマンティーヌを使って意識改革を図ったのだろうと。
配下たちはオロチとアインズの手腕に感嘆した。
「……といっても、今までナザリックに仕えてくれていたお前たちとは違い、裏切りの心配が皆無とは言えない。たとえ『絶対支配の首輪』を付けていたとしてもだ」
ギロリ、とアインズの視線がクレマンティーヌとハムスケを射抜く。
まさに死の体現者のようなアインズに威圧さえ込められた視線を受け、二人の体はより一層恐怖に包まれた。
怯える二人に少しやり過ぎたかと思い、すぐに視線を外したアインズは配下たちに話を続ける。
「だから現地での勧誘活動は全てオロチさんに一任しようと思っている。彼の人を見る目は誰よりも確かな上、冒険者として活動しているから能ある者にも出会い易いだろうからな」
「たしかにオロチ様の優れたご慧眼であれば信頼できますね」
さも当然だと言わんばかりにデミウルゴスが発言した。
周りの配下もオロチが自ら勧誘を行うというのであれば、それに反対する事はない。
むしろこれ以上ないくらいの人選だとさえ思う。
そして彼等から反対がないことを確認したオロチが口を開く。
「一応その役割を引き受けるつもりだから、お前たちも『これだ』という人材が居れば一度俺に報告してくれ。目安としては、何かの分野で一芸に秀でた者やナザリックに役立つという者かな。ま、そんな奴は早々に居ないだろうけど」
ナザリックには既に優秀な人材が豊富に揃っている。
階層守護者たちを筆頭に、ナザリックにいる配下は文字通り人間離れした能力を持っているのだ。
それこそ強さだけではなく、ある程度の政治的なことまでこなせる者もいる。
だからこそ、中途半端な能力ではナザリックの役に立つとは思えない。
それを理解しているデミウルゴスやアルベドはもちろん、他のメンバーも難しいと考えていた。
「ふむ……ではそろそろ次の話に移るとしよう。――ナーベラル、その二人を別室に連れて行け」
「はっ、かしこまりました」
もはや半ば空気となっていたクレマンティーヌとハムスケは、アインズの指示によってナーベラルに連れられて玉座の間から退室する。
部屋から出た彼女たちの表情は明らかに疲労が見えており、昨日オロチに会えると喜んでいた少女とは思えなかった。
「……なんて顔をしているのですか。だからあれほど言動には注意しなさいと言っておいたのに」
「だってぇ、久しぶりにご主人様に会えたから嬉しくなっちゃったんだもん」
反省しているのか、もしくはいないのか、クレマンティーヌは何時もの調子でナーベラルに話しかける。
しかし、ナーベラルにはこころなしか落ち込んでいるようにも見えた。
「はぁ、まったく……今日の夕食はオロチ様と取る事になっています。だから、さっさとそのしょぼくれた顔を直してくれないかしら?」
「……え? ホント!? わーい、やったねハムスケちゃん!」
「そ、そうでござるな。(大殿の近くが一番安全でござるし)」
あの緊張感漂う場面を一緒に耐え抜いたからか、彼女たちの間には妙な信頼関係が築かれていた。
「そういえばハムスケ、あなたとこうして話すのは初めてよね? 私は戦闘メイドプレアデスが一人、ナーベラル・ガンマよ」
「こ、これはご丁寧に。拙者はコンスケ殿の配下であるハムスケと申す者でござる。よろしくお願いするでござるよ、ナーベラル殿」
ハムスケはオロチのペットというわけではないので、ナーベラルも辛く当たったりはしない。
これがクレマンティーヌと同様にオロチのペットという事であれば話は違ったのだろうが……。
そしてペットであるクレマンティーヌには喧しいので拳骨を食らわせ、強制的に黙らせる。
「ほら、早く行って準備するわよ。オロチ様は忙しいのだから」
◆◆◆
クレマンティーヌたちが退室した後、ナザリックにとってより重要な話し合いが続けられていた。
「では話し合いを続けるぞ。皆が知っての通り、先日のオロチさんの戦いで、敵が精神支配に特化したワールドアイテムを所持していたことが判明した。今後もワールドアイテムが出てこないとも限らない。よって、階層守護者であるお前たちにはナザリックが保有するワールドアイテムを分配しようと思う」
事前に知らされていたアルベドやデミウルゴスは驚かなかったが、他の者たちからすれば驚くなと言う方が無理であった。
それも当然だ。
ワールドアイテムというのは、彼らの創造主たちでさえ迂闊に使えなかったほどのアイテムなのだから。
それほど強力なアイテムが敵に奪われる可能性を考えれば、いくら同じワールドアイテムで干渉される恐れがあるとはいえ、自分たちには渡さない方が良いと配下たちは思っている。
そんな様子を察したオロチが口を開いた。
「これは俺とアインズさんが話し合って決めたことだ。たしかにワールドアイテムを奪われれば、それはナザリックにとってかなりの痛手だ。だが、奪われたのであれば奪い返せば良い。それよりも俺とアインズさんにとってはお前たちを失う可能性がある方が怖い」
それを聞いた全ての配下が目を見開き、驚きを露わにする。
ワールドアイテムという使い方次第では軍にも匹敵する能力を秘めたアイテムより、自分たちの方が大切だと言われたのだ。
これで感動しない配下はいない。少なくともナザリックには皆無だ。
特にその反応が顕著に表れたのは、吸血鬼の真祖であるシャルティア・ブラッドフォールンだった。
「オ、オロチ様……私たちのことをそこまで大切に思ってくれているでありんすか?」
「当然だ。もちろんシャルティアだけじゃなく、アウラやマーレ、デミウルゴスにコキュートス、そしてアルベドやここに居ない配下たちの事だって大切に思っているぞ?」
「それは結婚のプロポーズということでありんすね?」
「……いったいお前は何を聞いていた?」
突如としてシャルティアの口から飛び出した言葉に、思わずそう返すオロチ。
勘違いにしてはあまりにもぶっ飛んでいる。
先ほどの言葉をいったいどういう風に捉えればそう思うのかと、オロチは小一時間ほど詰めたい気分に襲われた。
この場にいる他の者たちも、彼女の的外れな回答は流石に予想外だったのか頭を抱えて呆れている。
そんな中、シャルティアの友人でもある同じ階層守護者のアウラが彼女を叱り始めた。
「ちょっとシャルティア! あんたオロチ様になんて事言ってんのよ!」
「私は何か間違っていたのでありんすか?」
本気で分からないという様子のシャルティアに、苛立ちが最高潮に達したアウラは、ここでオロチにとって特大級の爆弾を投下した。
「そもそも、オロチ様のお嫁さんになるのは私なんだからね! もうオロチ様と約束したし!!」