「なんだかドッと疲れた気がする……何を笑っているんですか。そもそも少しくらいは助けてくれても良かったんじゃないですか?」
「いえいえ、私とアルベドの仲を縮めるどころか、それを握り潰すほどに女性の扱いは慣れているのでしょう? だから私の手助けなんて要らないと思いまして」
オロチは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
あの件に関しては後悔はしていないが、それでもやり過ぎた気がしていたのだ。
そこを突かれると何も言い返せなくなった。
いくらアインズとアルベドの為とはいえ、見かけによらず初心なアインズを襲わせるというような真似をして心が痛まないわけがない。
……疚しい気持ちがまったく無い事もなかったのだが。
「……まぁ実際、シャルティアたちの圧が強すぎて助けようがなかっただけですけどね」
アインズは先ほどのシャルティア、そしてアウラが発していた圧迫感を思い出し、その身を震わせる。
俗に言う修羅場を体験したオロチも同様に体を竦ませた。
「確かにあれは恐かった。下手すると、アインズさんの絶望のオーラ以上の圧を感じましたよ……」
アウラの『オロチ様のお嫁さんになるのは私なんだからね! もうオロチ様と約束したし!!』、という爆弾発言をきっかけに勃発した今回の修羅場。
アウラからは『シャルティアに言ってやってください!』とせがまれ、シャルティアからは『う、嘘ですよね……?』なんて目尻に涙を溜めながら聞いてくるのだ。
どう答えても平和に切り抜けられる未来が浮かばなかった。
そうしてオロチが答えあぐねていると、その二人はお互いを物理的に排除しようとバトルし始めたのだ。
まさかの脳筋思考に慌てるも、自分が発した言葉がそもそもの発端である為、オロチはあまり強く言えなかった。
では最終的にどう解決したのかと言えば……
「『皆んな俺のハーレムだあぁぁぁ!!!』は流石に予想外でしたよ……ぷっ」
アインズが耐えきれずに吹き出した。
そしてそれを皮切りにツボに入ったのか、腹を抱えて笑い始める。
その大爆笑は強制的な精神の沈静化が何度も行われるまで続き、ようやく収まった頃にはオロチのHPはゼロになっていた。
「……殺してくれ」
「いやぁ、すみません。ちょっと笑い過ぎました。でも丸く収まったんだから良いんじゃないですか? シャルティアもアウラも嬉しそうにしていましたし、さっきすれ違ったプレアデス達も色めき立っていましたよ」
ニヤニヤと少しも励まそうなどとは考えていないアインズが、本当に楽しそうにそう言った。
今はオロチを揶揄っているアインズだが、彼もオロチと同様に配下達の将来を考えてはいるのだ。
基本的に恋愛は自由にして欲しいと思っているが、本音を言ってしまえばナザリック内で好い人を見つけて欲しいと思っている。
ナザリックの特殊性を考えれば外に嫁ぐのはあまり現実的では無い。
今はまだ世界にナザリックの名前が広まっていないが、多くの人に知れ渡った時、アインズやオロチの庇護下にいなければ守ってやることができないからだ。
かと言ってアインズにはアルベドという伴侶がおり、性格的にも真面目な彼は他の配下を女性として愛することはできない。
決してアルベドの嫉妬が恐いからではない。
その反面オロチであればそういった心配は皆無である。
配下達からも主人として以上に好かれている上、彼であれば多くの女性を抱えたとしてみ上手く立ち回れるという確信がアインズにはあった。
「ま、何とかなるでしょう。未来のことは未来の俺が考えますよ」
「……それはただの思考放棄では?」
「そうとも言いますね。しかし、今が楽しければそれでよし!」
「格好つけても決まっているのは顔だけですよ?」
大仰な仕草で格好つけるオロチを、アインズは真っ向から否定した。
オロチのアバターは黒髪紅眼の美少年なので非常に絵になるのだが、それを少しだけ妬ましく思ったのだ。
『月の涙』を使用したアインズは、満月の夜だけ人間になれる。
しかし、その姿はアインズの前世である『鈴木 悟』にそっくりだった。
サラリーマンであり立派な社畜として過ごしていたその姿は、お世辞にも優れているとは言えず、自身が見慣れている顔だ。
だから美少年に転生したオロチを多少妬んでしまうにも無理はない。
もっとも、『鈴木 悟』の姿を見たアルベドには絶賛されているので、実際はそこまで気にしているわけではないのだが。
「そういえばオロチさん、もう一人弟子にした人間がいるのではなかったですか?」
「ん? ……ああ、ブレインのことですよね。アイツは大して力も無いですし、しばらくは適当にこき使ってやろうかなと。ナザリックについて教えるのはもっと強くなってからですね。今後に期待ってところです」
一瞬だけ誰の事だ?と本気で考えたオロチだったが、すぐに自分が弟子にした青髪の刀を使う剣士、ブレイン・アングラウスのことを思い出す。
オロチはブレイン・アングラウスという剣士にそこそこの価値を見出しているが、それは彼の持つ強さに惹かれたわけではない。
むしろ強さで言うなら中途半端に技を覚えている分、鍛えるのには邪魔にすらなるだろう。
だが、剣士として最も重要な気持ちの部分を評価した為、渋々ではあったが弟子として認めたのだった。
「……オロチさんって、男にはすごく厳しいですよね」
「否定はしません。側に侍らすならむさ苦しい男より、美女や美少女の方が絶対に良いですから」
「そこまで言い切れるオロチさんが少し羨ましいですよ……」
アインズは乾いた笑み浮かべながらも、密かにオロチの配下ハーレム計画を進めていくことを誓うのだった。
全てはナザリックの未来と、大切な悪友の為に。