鬼神と死の支配者42

 アインズと軽く話した後、オロチは夕食の約束を果たす為に第六階層の大森林エリアに足を運んでいた。
 こんな木々に囲まれた場所で取る夕食というのは、もちろんバーベキューだ。

 オロチは知識として知ってはいるのだが、実際にアウトドアとしてバーベキューを体験したことはない。
 そもそも地球は大気汚染が進み、森林はおろか草木すら珍しいほどなのだ。

 人口の森の中で行うキャンプやバーベキューは富裕層の娯楽であり、一般庶民にとっては昔の宇宙旅行と同じくらいの感覚である。
 実行しようと思えば出来なくもなかったが、オロチは完全なインドア派なので、休みをそういったアウトドアに当てたことは一度も無かった。

 しかし、せっかくナザリックには広大で美しい自然があるのだから、前世ではまさに貴族の遊びであったバーベキューというものをしてみたくなったのだ。

 予めナーベラルと話し合い、湖の近くで行うと取り決めていたのでその場所に向かう。
 するとそこには、ナーベラルとクレマンティーヌ、そしてコンスケとハムスケがそれぞれがバーベキューの準備に取り掛かっていた。

 今回は冒険者として活動する仲間内の親睦会という意味も含まれているので、オロチを含めたその5人だけの食事会だ。

「悪い、少し遅れた。今からでも何か手伝うことはあるか?」

 遅れたことを詫びつつ、手伝いを申し出たオロチにいち早くナーベラルが反応した。

「お気になさらず。オロチ様が到着し次第すぐに始められるよう、ここにいる者たちでバーベキューの準備はほとんど終えておきましたので」

「そりゃすまんな。次やる時は俺も準備を手伝うから許してくれ」

 ナーベラルのいった通り、オロチが周りを見渡せばバーベキューに使う食材や調理器具、机や椅子などが既に用意されている。
 せっかくのバーベキューで準備に参加出来なかったのは少し残念だったが、ここは素直に彼女たちの配慮に感謝しておいた。

「ご主人様ー、さっきはおっかない人たちに囲まれて凄い怖かったんだよ? だから慰めてー」

 クレマンティーヌがシクシクと泣き真似をしながらオロチに寄りかかった。
 そんな分かりやすい泣き真似をしている彼女だったが、実は半分くらいは冗談ではなく本当に泣いている。

 今までの人生で、あれほど圧倒的な力を持つ集団に取り囲まれたのは初めての経験なのだ。
 ズーラーノーンに所属していた時も、漆黒聖典に所属していた時でもまるで無かった。せいぜい自分と同じか少し上程度だろう。

 だがこのナザリックにはクレマンティーヌでは逆立ちしても敵わないような者達が多くいる。
 更に彼女は殺気まで放たれているので、精神的に弱っていても不思議ではない。
 だから少しだけクレマンティーヌを甘やかすことにした。

「ほーれヨシヨシヨシ」

 クシャクシャと頭を撫で回すオロチ。
 それは人間慰めるというよりは犬や猫をあやす様な撫で方だった。

 当然そんな扱いを受けたクレマンティーヌは……

「……ふへへ」

 だらしない表情を浮かべて幸せそうにしている。
 そこには強者であるクレマンティーヌの面影はまるで無く、オロチのペットであるタマにしか見えなかった。

「きゅい!」

「コンスケ、お前もか? なら撫でてやるからこっち来い」

 二人の様子を見ていたコンスケがオロチに『こっちもやって!』と声をあげた。
 なのでコンスケにもクレマンティーヌと同様に撫でていく。
 オロチにはそういった才能があるのか、コンスケすぐに気持ち良さそうに目を細める。

 ふと視線をハムスケに方に向ければ、羨ましそうに撫でられているコンスケを眺めていた。
 そんなハムスケにオロチは苦笑を浮かべながら口を開く。

「ハムスケはデカいからバーベキューが終わった後でな」

「お、大殿ぉ~。まさか某にまで気にかけて頂けるとはこのハムスケ、感謝するでござるよ」

「(じーーー)」

 目を潤ませ、ブンブンと蛇のような尻尾をふるハムスケ。
 その横には何故かじーっと、オロチに無言の圧を掛けているナーベラルがいる。

(これはナーベラルも撫でてやった方が良いのか? ペット枠のクレマンティーヌはともかく、流石に改めて撫でるのは緊張するんだが……)

 コンスケやハムスケを撫でるのは魔獣なので抵抗がない。ペット枠であるクレマンティーヌも同様だ。
 動物を撫でるのに羞恥心を感じないように、コンスケ達を可愛がるのは問題ない。

 ……微妙にクレマンティーヌを貶している気もするが、当の本人が幸せそうなので大丈夫なのだろう。

 しかし、プレアデスであるナーベラルは違った。
 つい先ほどハーレム発言をしたという事で普段よりも意識してしまい、妙に気恥ずかしい気持ちが出てきてしまうのだ。

 一人だけ仲間はずれというのも可哀想だとも思うが、少しだけナーベラルの視線に気がつかないフリをする事にした。

「(じーーーーーーー)」

 なおも変わらず無言でオロチを見つめるナーベラル。
 先に根負けしたのは――やはりオロチだった。

「……ナーベラルも撫でてやろう――」

「はいっ! ぜひお願いします!!」

 オロチが『撫でてやろうか?』と言い切る前に元気な返事が返って来た。

「お、おう。分かったから少し落ち着けナーベラル。……さぁ、早くバーベキューを始めようぜ」

「はいはーい! 私お肉を食べる役やりまーすっ」

「きゅい!」

「某はお野菜担当を希望するでござる!」

 それぞれが調理ではなく食べたい物を口々に言う。
 仕方がないので恐縮するナーベラルをなんとか宥め、用意されていた鉄板で肉や野菜を焼いていく。

 肉が焼ける香ばしい匂いが周囲に広がり、クレマンティーヌやコンスケの口からダラダラとヨダレが流れ、非常に見苦しい状態になっている。
 そんな待ちきれない様子の面々に呆れながらも、オロチとナーベラルはささっと焼いていく。

「……よし、もう食べて良いぞ」

 オロチの言葉を合図に、獣が解き放たれたように肉や野菜に飛びついた。

 

   

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