「あ、俺たちは明日から冒険者活動を再開するからそのつもりでな」
「ほへ? もぉだいひょうふらの?」
「……口に物を詰め込んで話すな。横のナーベラルが怖い顔をしているぞ」
ギギギ、とオロチの横にいるナーベラルに視線を向けたクレマンティーヌの顔がサーっと青ざめていく。
ダラダラと冷や汗を流しながら急いで口の中を空にし、ぎこちない笑みを浮かべた。
「いくらオロチ様が無礼講であると仰っても、最低限のマナーというものがあります。ねぇ――クレマンティーヌ?」
「ははははいいいぃぃぃ!! 申し訳ございません!!!」
座っていた椅子から飛び上がり、もはや見慣れてしまっている土下座を決める。
彼女自身も手馴れているのかその動作には一切の淀みがない。
これもナーベラルの教育の賜物なのかとある意味感心しつつも、オロチは格下根性が染み付いたクレマンティーヌに同情を隠せなかった。
「分かれば宜しい。ですが次はありませんよ?」
ギロリ、と厳しい視線をクレマンティーヌに送るナーベラル。
それを受けて日頃の折檻の数々が浮かび上がり、彼女は恐怖で身がすくんだ。
「も、もちろんですナーベラルさん! このクレマンティーヌ、ハムスケの命を賭けて誓います!」
「ク、クレマンティーヌ殿!? 勝手に某の命を賭けないで欲しいでござる!」
「あぁん? ペットの先輩である私のピンチなんだぞ!? 後輩なら命ぐらい賭けろや!!」
「それは横暴でござるよ……」
勝手に自分の命を賭けられていたハムスケがクレマンティーヌに抗議するが、理不尽は言い分をかざされてがっくりと項垂れる。
ハムスケはかつて『森の賢王』などと持て囃されていたが、このナザリックでは雑魚中の雑魚。
クレマンティーヌにさえ実力で劣っているので言い返せない。
巨大なハムスターが肩を落としている姿はどこか哀愁を感じさせるものだった。
「……結構仲良いよな、お前ら」
「きゅい?」
コントのようなやり取りを見ていたオロチの口からそんな言葉が漏れる。
今まで食べることに夢中だったコンスケが『どうしたの?』とオロチに顔を向けるが、気にするなと撫でてやればすぐに食事に戻った。
ちなみに、オロチが仲が良いと思ったのにはナーベラルも含まれている。クレマンティーヌ、ハムスケ、そしてナーベラル。
当初こそ本気でクレマンティーヌを毛嫌いしていたナーベラルだったが、今では少なからず仲間として認めている部分があると思う。
そこへ新たにハムスケが加わり、性格的にも中々バランスが取れているチームだとオロチは感じていた。
「と、ところでご主人様、冒険者に戻ったら具体的に何をする予定なの?」
ナーベラルの圧に耐えきれなくなったのか、クレマンティーヌがオロチに問いかけてきた。
「そうだな……しばらくはエ・ランテルの街に留まって依頼をこなす事になると思う。それからは各地に出向いて見込みのありそうな奴をナザリックにスカウトするってところだな」
「そっかー、こう見えても結構色んなところに行ったことがあるから案内してあげるねー」
ニコニコと嬉しそうにしているクレマンティーヌに、思わずオロチの顔も緩くなる。
そこでふと、彼女と初めて出会った時のことを思い出した。
今でこそ可愛らしいものだが、出会った当初は口汚くオロチを罵っていたのだ。
それが何の因果かこうして共にバーベキューをするような仲になるのだから、人生というのは何があるか分からない。
「ならその時はクレマンティーヌを頼りにさせてもらうよ。……あ、そういえばブレインとは会ったのか?」
「ブレイン……? あぁ、あの青い髪の男だよね。一応何度か顔を合わせているけど、第一印象が最悪だったのかどうも嫌われているんだよねー」
「第一印象?」
オロチがそう短く聞き返す。
そしてクレマンティーヌから聞かされたのはオロチにも関係がある……いや、むしろオロチが原因で引き起こされた出来事だった。
オロチが暴走したあの日、ブレインには盗賊団が貯め込んでいる財宝を回収するように言いつけておいたのだが、それを知らないクレマンティーヌ、そしてナーベラルと接触したらしいのだ。
大きいと言っても、所詮は盗賊団が根城にする洞窟なのでそこまで広いわけではない。
なのでその3人が鉢合わせてしまうのも無理はないだろう。
しかし問題はそこからだ。
クレマンティーヌとナーベラルからすれば、ブレインは盗賊達の財宝を運び出そうとする盗賊の生き残りにしか見えない。
つまり――
「ははっ、出会い頭にナイフで腕を切り落としちゃった」
ペロっと舌を出しながら物騒な事を言うクレマンティーヌ。
その可愛らしい仕草とは裏腹に、言っていることはまるで可愛くない。
その後はブレインが必死に誤解を解き、一応ナーベラルの処置により腕をくっつけたらしいが、その時の恐怖を心に刻み込まれてしまったのだろう。
いくら盗賊団に雇われていたとはいえ、いきなり腕を切り飛ばされればその相手に苦手意識を持っていても不思議ではない。
(ちゃんと言ってやるべきだったか……。ま、済んでしまったことは仕方ない。実際腕は元どおりになったらしいし、精神的なもの以外大丈夫なら別に良いか)
相変わらずブレインの扱いは雑である。
ブレインがもし男ではなく女であれば、もう少しまともな扱いを受けられたかもしれない。
しかしアインズにもー言われたように、基本的にオロチは男には厳しいのだ。
それこそ腕の一本や二本無くなったところで足があるだろう?と言わんばかりの扱いだ。
実際ブレインに恨み言を言われればそう言ってやるつもりでいる。
「ブレインにはナザリックのことを話すつもりはない。少なくとも今はな。だからお前らも迂闊に話すなよ?」
「はーい、わかったよご主人様ー」
「ブレイン何某とやらは知らないでござるが、大殿達のことは決して他言しないでござるよ」
この二人にはナザリックが異世界から来たことは既に話してあるが、そのことは決して口外するなと言ってある。
ナザリックにいる者たちの強さを実感した今、流石に言いふらす様な真似はしないだろう。
「まさかご主人様たちがあの『ぷれいやー』だったとはねー。まぁ、そう考えればあの強さも納得かなー」
「俺もまさか過去にプレイヤーが来ていたとは思わなかったよ」
クレマンティーヌから過去にユグドラシルプレイヤーがいた事を聞けたのは良い意味で誤算だった。
何気なくクレマンティーヌにワールドアイテムを所持していた者たちの事を訪ねてみたが、まさか彼女が過去に所属していた組織の連中だったとは思いもしなかったのだ。
しかも話を聞けば、そのスレイン法国というのはプレイヤーが建国した国らしいではないか。
「スレイン法国か……なんでも『絶死絶命』なんて大層な二つ名を付けられている奴がいるんだろ?」
オロチがそう尋ねるとクレマンティーヌの表情が曇っていった。
「……漆黒聖典最強、そしてぷれいやーの血を引くアンチクショウだよ。当時、私がどんな小細工をしても殺せないと思ったのはアイツだけだった」
どうやらクレマンティーヌは『絶死絶命』と呼ばれている者をあまり良く思っていないようだ。
それを深くは聞こうとは思わないが、オロチがその存在に興味を持っていることは間違いない。
「早く会ってみたいな、その『番外ちゃん』にさ」
強き者を求める鬼は、そう言って凶暴な笑みを浮かべるのだった。
……なお、そんなオロチの表情に見惚れるナーベラルの感性は、人とは何処かずれているのかもしれない。