「ナーベラル、家具とかの手配はお前に任せるよ。一足先に屋敷に行って必要な物を揃えておいてくれ。費用はプルトンが持ってくれるみたいだから、色々と奮発しても良いぞ。ついでにタマやハムスケも手伝いとして連れて行って構わん」
「かしこまりました。オロチ様に相応しい最上級の物をご用意しておきます」
そんな二人のやりとりを聞いていたプルトンの表情が強張った。
「……お手柔らかにな」
ボソッと呟かれたプルトンの言葉が聞こえていたのかは分からないが、ナーベラルはクレマンティーヌを伴って部屋から出て行った。
その際に、扉の外で待機していた組合の関係者と思われる女性がナーベラルに声をかけている。
おそらく彼女が屋敷へ案内するのだろう。
ちなみに、ハムスケは物理的に建物の中には入れなかったので外に待機しており、話し合い中に一言も発しなかったコンスケはずっとオロチの肩の上で寝ていた。
器用に9本の尾をオロチの首に巻きつけ、その姿は一見マフラーようにも見える。
「そういえば師匠、お召し物が変わったようですね。あまり見ない服ですが非常にお似合いです」
「それはもしや『キモノ』というものではないか?」
そう、ブレインとプルトンが言った通り、実はオロチの装備は変更されている。
黒を基調とした上品な着物なのだが、古くから伝わる伝統的な着物ではなく、戦闘用にかなりの改造が施された着物だ。
何を隠そうオロチが身につけている防具こそが正真正銘のワールドアイテムであり、半ば『アインズ・ウール・ゴウン』内でオロチ専用装備として扱われていたアイテムである。
このワールドアイテムは妖力の回復力を大幅に上昇させることができ、コンスケにも妖力を供給しなくてはならない今の状況には正にもってこいのアイテムだ。
さらに防具としても今までオロチが装備していた神話級の軽鎧よりも優秀で、ワールドアイテムの名に相応しい性能を秘めている。
しかし、わざわざ自身の装備の性能を他人にひけらかすような迂闊な真似をするオロチではない。
今のプルトンとはあくまで協力関係であり、必要以上に自身や仲間の情報を渡すつもりは一切無かった。
「ああ、こう見えてコレは結構装備として優秀なんだ。だからこっちに変更したんだが……プルトン、アンタ着物を知っているのか?」
「いや、私が知っているのはそれが一部の地域でしか作られていないということだけだ。詳しいことは何も知らんよ」
この世界でも和服が生産されていると淡い希望を抱いたオロチだったが、プルトンから返ってきたのはそんな想いを打ち砕くものだった。
冒険者組合長というそれなりに多くの情報に触れる機会がある立場のプルトンが知らないという事は、この世界の着物について調べるのは非常に困難であることを意味する。
「……そうか。できれば他にも数着予備に欲しかったんだけどな。まぁ、無いなら無いで良いさ。それよりもブレイン、さっさと街の外に行くぞ。いくらなんでも街中でボコボコにするわけにはいかないしな」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「……ボコボコにするのは決定事項なのだな」
プルトンはブレインに対して憐れみの視線を送るが、当の剣術バカ――もといブレインはむしろ手荒い扱いの方が強くなれる気がしているので大歓迎だった。
決して彼がドMの変態というわけではない。
「じゃあプルトン、そういうわけだから街の外れに行ってくる。……ああ後、報酬については全て通貨で支払ってくれ。別に一括とは言わないが出来るだけ早くな」
「わかった。一括でなくても良いのはこちらとしては非常に助かる。では気をつけて行ってきてくれ。……特にブレイン君はな」
心配するプルトンをよそに、ブレインは張り切って部屋から出て行った。
◆◆◆
「よし、この辺りで良いだろ。じゃあ好きに打ち込んで来い。俺もコレで戦うから」
冒険者組合から街外れへと移動したオロチは、そう言ってアイテムストレージから一本の木刀を取り出した。
これはブレインに渡した経験値ブーストの効果があるものとは違い、特殊な効果は一切ないただの木刀である。
しかし、ただの木刀であるが故に殴られれば普通に痛い。いや、使用者がオロチである事を考えれば痛いで済まない可能性もある。
もちろんオロチはこんなところでブレインを殺すつもりはないが、それでも生半可な訓練では意味がない。
だから絶対に安全とは言い切れなかった。
「……では不肖ブレイン、いきます。――はぁああ!」
ブレインが最初に放ったのは突き。
真っ直ぐオロチに突き刺すつもりで放たれたそれは、文句なしに達人の技量を感じさせる鋭い一撃だ。
だが、相対しているのはブレインのいる達人の領域からはるか先を進むオロチ。
彼はもはや常人では到底到達できないような実力を持っており、この程度の突きなど欠伸をしながら対処できるものでしかない。
オロチはまるで虫を払うような軽い動作で木刀を簡単に弾いてみせる。
そしてブレインが突っ込んできた勢いを利用し、そのまま足を引っ掛けて盛大に転ばせた。
「甘いな。踏み込みはもっと力強く、ただし肩に余計な力は込めるな」
「は、はい! もう一度お願いします!」
オロチのアドバイスを受け、ブレインはもう一度同じ突きを放った。
しかし、それは先ほどのものよりも明らかに鋭さが増しており、たった一度のアドバイスで目に見えて上達したブレインに、オロチはニヤリとした表情を向ける。
「ほぅ、少しはやるじゃないか。見直したぞブレイン」
「……あんなにあっさり受け流された後に言われても、まったく嬉しくないんですが」
ブレインは自分でもよく分からないうちに地面に転がされていた。
それこそ本当に魔法を使われたのではないかと思うほど綺麗に受け流されたのだ。
それだけでもオロチの技量がブレインとは比較にならないくらい高い事を示している。
「お前の飲み込みが悪いようなら力強くで身体に覚えさせようと思っていたんだが、どうやらその心配はないみたいだな」
ブレインにとってかなり不穏なことを当たり前のように言うオロチ。
いくら強くなる為に貪欲な彼であっても、オロチが放った言葉には顔を引きつらせずにはいられない。
だがブレインは再び立ち上がって木刀を構えた。
「師匠、俺はまだまだやれます!」
そんなやる気を漲らせる弟子を前に師匠も少しだけ、本当に少しだけ指導に熱が入ってくる。
……それがブレインにとって地獄の始まりだった。
立ち上がっては一撃で地面に転がされ、また立ち上がっては地面に転がされる。もちろん死ぬほど痛い上、上手く受け流すか防御しないと最悪死ぬ。
それだけの力がオロチの振るう木刀には込められていた。
そんな地獄のような扱きは夕暮れ時まで続けられ、その頃には本当にボロ雑巾のようにボロボロとなったブレインの姿があった。
既に気を失っているようで、木刀を握りしめながら倒れ込んでいる。
ブレインが気を失ってしまうのも無理はない。
オロチが行ったのは精神的にも肉体的にも計り知れない負荷を強いるものなのだから。
「……はぁ、流石に放置するのも可哀想か。本当はこのまま捨てていきたいところだけど」
ため息を吐きながらもブレインを雑に担ぎ上げ、オロチはそのまま街に戻っていったのだった。