一部では殺伐とした雰囲気が漂っていた食事会だったが、始まってみれば何事もなく平和に終わった。
用意された料理はナザリックで作られたものだったので、クレマンティーヌとブレインが食べることに夢中だったのが幸いしたのだろう。
ちなみにハムスケは物理的に部屋に入らないので、敷地内に穴を掘ってそこを家にしている。
さすがに元の住処である洞窟には及ばないようだが、それでも思いの外新しい住処である穴ぐらを気に入っているようだ。
今はコンスケもその穴ぐら遊びに行っている。
そして食事を終えたブレインが帰っていった後、オロチは食後のコーヒーを飲みながらナーベラルに話しかけた。
「そういえばナーベラルってコキュートスと仲が良かったよな?」
「はい。私の創造主である『弐式炎雷』様と、コキュートス様の創造主である『武神建御雷』様はとても仲が良かったので、そんな御二方に造られた私達も自然と話す機会が多くなりました」
NPC達はどうやら創造主の交友関係に影響されるらしく、ナーベラルとコキュートスのように親しくなるのは珍しくない。
もっとも、反対にデミウルゴスとセバスはそれぞれの創造主がよく喧嘩していたので、あまり仲が良いとは言えない。
もちろんお互いにナザリックに仕える者として尊重はしているようだが。
「そのコキュートスだが、どうやらナザリックの初陣を任されたらしいぞ。相手はリザードマンだとさ」
ナーベラルはまだコキュートスがその任務を任されたと知らなかったのか、オロチから聞かされたことに少し驚いているようだった。
「そうですか、コキュートス様が……。ですが相手がリザードマン程度であれば、わざわざコキュートス様を動員しなくても良いのでは?」
「ああ、普通ならそうだ。でもアインズさんには何か考えがあるんだろ。この件に関してはあまり詳しく聞いてないから確証はないけど」
事実、オロチはリザードマン侵攻の話は詳しく知らなかった。
辛うじてコキュートスが総指揮官に選ばれたということ、リザードマンの戦力、そして投入予定のナザリックの戦力は聞かされている。
しかし、それらの情報からある程度アインズの考えを読み解くことは出来ていた。
(たぶんアインズさんは、コキュートスの意識改革を行おうとしているんだろうな。単純にリザードマンを制圧するだけなら、それこそコキュートス単体で事足りるし)
おそらく今回のリザードマン侵攻は失敗に終わるだろう。少なくとも、守護者として満足いく結果にはならないとオロチは思っている。
何故ならコキュートス自身の戦闘力は確かに高いが、今回はアインズの命令で彼が戦場に出る事を禁止しているからだ。
と言っても、与えられた戦力差はおよそ3倍。
しっかりと情報収集、戦術を立てれば問題なく勝てるはずの戦いなのだ。
だが、それでもオロチはコキュートスが敗北すると思っている。
(コキュートスは単身での戦闘力は高い。だが、軍隊を指揮するのは今回が初めてだろう。それにコキュートス自身の性格から相手の情報を収集することはしないはず。それじゃあ戦争は勝てないだろうな)
オロチはコーヒーを飲みながらそんなことを考えていた。
本物の戦争というものは経験したことはないが、それでも多くのシミュレーション系のゲームで培われた戦略がオロチの頭には入っている。
もしコキュートスが自分に助言を求めれば、それとなくアインズの真意や助言を伝えようと思っているが、一度くらい敗北しておいた方が彼の為になるのかもしれないとも思うので、かなり悩みどころだった。
しかし、友を想い心配そうな表情を浮かべるナーベラルの表情がふと目に入る。
オロチは特に何も考えずにこの話題を振ってしまった事を後悔した。なので彼女を安心させようと口を開く。
「ナーベラル、今から話すことは俺の予想だが……おそらく今回のリザードマン侵攻は練習だ」
「練習、ですか?」
「ああ、そうだ。リザードマンを練習台にして、コキュートスを将軍として成長させようとしているんだ。だからそれほど心配する必要はない。むしろアインズさんは失敗しても良いと思っている節さえある」
そしてオロチは『これはコキュートスには内緒な。俺がアインズさんに怒られちゃうから』と付け加えた。
聞かされた説明はナーベラルにとって納得のいくものであり、自身の友であるコキュートスの成長を促してくれているアインズには感謝しかない。
それと同時にオロチが自分を心配してくれたという事実に、ナーベラルは正に天にも昇る心地になるのだった。
「なるほど……アインズ様にはそういう意図があったのですね。フフフ、ご心配して頂きありがとうございます、オロチ様」
ナーベラルは心配していた表情を一変させ、綺麗な笑みをオロチに向ける。
その顔を見たオロチも自然と頬が緩み、どこか照れ臭くなってカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「ところでご主人様ー、明日はどんな依頼を受けるの?」
今まで料理の食べすぎでダウンしていたクレマンティーヌがムクリと起き上がり、オロチにそう尋ねた。
「明日はいくつか討伐依頼をこなしつつ、一度カルネ村に行って様子を見てこようと思っている。前にも話したと思うが、一応あそこはナザリックの支配下に入っているからな」
一時期は入り浸っていたカルネ村だったが、ここ最近は全く訪れていない。
オロチの代わりにプレアデスであるルプスレギナ・ベータが派遣されているが、久しぶりに自分の目であの村の様子を確認したくなったのだ。
(そういえばあの姉妹は元気にしてるのかね。こんな世界では姉妹二人で生きていくことは大変だろうに。いや、俺が渡した『百鬼夜行絵巻』を使えばなんとかなるか)
この『百鬼夜行絵巻』というのは、妖怪をランダムで呼び出すアイテムだ。
それこそかなり確率は低いが、レベル90クラスの妖怪が出てくることも稀にある。
弱い妖怪であっても、最低でもブレインクラスの妖怪が出てくるので、この世界の防衛戦力としては十分だろう。
しかしルプスレギナからの報告ではオロチがアイテムを渡した相手であるエンリは、なんとそのアイテムを一度も使ってないのだという。
理由を尋ねると、巻物に描かれている水墨画が凄すぎて使用できないらしい。
オロチは自分のアイテムストレージから『百鬼夜行絵巻』を取り出し、それをテーブルの上に広げた。
「わぁ、なんか凄い巻物だねー。今にも動き出しそうな絵が描いてあるよー」
「ああ、そうだな。……改めて見れば、確かに使うのを躊躇う気持ちも分からんでもない、か」
巻物には異形の妖怪達がぞろぞろと行進している様子が描かれていた。
芸術には疎いオロチであっても、この巻物に不思議な魅力が宿っているように感じる。
それこそ今にも動き出しそうな……
「――って、この絵微妙に動いてないか?」
注意しなければ気がつかないであろう些細な変化。オロチの指摘を受けて他の面々も気づき始める。
「確かに動いているようにも見えますね。……というよりも、オロチ様に反応しているのでは?」
ナーベラルが口にしたその言葉はかなり的を射ていた。
オロチがその場を離れれば、不思議な事に少しずつ巻物がオロチに惹かれるようにカタカタと近づいているのだ。
まるで自分の主人はオロチなのだと言うように。
「ま、今のところ使う予定はないけどね」
オロチがそう言うと、巻物がガタッと音を立てて落ち込んだような気がした。