「よくぞお越しくださいました! 何もない所ではございますが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
オロチ一行がカルネ村に到着すると、それに気づいた村長がすぐにすっ飛んできた。
そして老人とは思えないような元気な挨拶でオロチ達を出迎える。
カルネ村にオロチが訪れることは、頻繁に村の様子を見にくるルプスレギナ経由で村の人達にも伝えられているので、もしかすると村長はいつでも飛び出せるように待機していたのかもしれない。
「別に少し様子を見に来ただけだから、俺たちのことは気にせず楽にしていてくれ」
そう言ってペコペコと頭を下げ続ける村長を止めた。
自分よりも年上である老人にへりくだった態度を取られるのは、僅かに残った日本人としての精神が拒否反応を起こしてしまう。
これが村長に悪意のひとつでもあれば違うのだが、彼の中にあるのは純粋に村を想う気持ちなので余程厄介だった。
「オロチ様、遠路はるばるお疲れ様っす」
村長と同じくオロチを出迎える為に待機していたであろうルプスレギナ・ベータが、オロチに向かって綺麗な一礼を披露する。
彼女は褐色の肌にメイド服姿の美女で、さらに人懐っこい性格も相まってナザリックの一般メイド達からも評判が良い。
カルネ村に派遣されたのも、ルプスレギナならば村人と摩擦を起こさないだろうという判断があったからだ。
しかし、たまに普段の気さくな笑顔とは違う一面を見せる事をオロチは知っている。
もっとも、どのような性格をしていようが、オロチにとって彼女が愛すべきナザリックの一員という事に変わりないのだが。
「途中からナーベラルの転移を使ったから、そこまで疲れていないさ。……ま、ハムスケは疲れているようだけど」
この場にいる全員の視線がハムスケに集まる。
「……お、大殿。某はもう限界でござる」
ハムスケはそう言い残し、ズドーン!と横に倒れた。
するとオロチの肩に乗っていたコンスケが『きゅい!?』という声を上げ、ハムスケに駆け寄っていく。
一方ハムスケは精根尽き果てたのか、そのまま気絶するように眠りについた。
「あらま。いったいどうしたんすか?」
「あー、道中クレマンティーヌと模擬戦をやらせてみたんだ。それが思いの外一方的な試合になってな。ただ、ハムスケがかなり粘るもんだからその状態が長く続いて……流石にあれは可哀想だった」
「ええ、クレマンティーヌの性格の悪さがよくわかる一戦でしたね」
オロチの言葉に同意の声をあげるナーベラル。
実際彼女の目から見ても、軽く引いてしまうような戦い方だった。
クレマンティーヌの目潰しから模擬戦が始まり、ハムスケが紙一重でそれを躱した後も的確に急所を狙われ続けるという実戦さながらの戦い――否、殺し合い。
砂を投げつけるような可愛らしい目潰しではなく、正真正銘ハムスケの目をレイピアで潰そうとしたのだ。
いくら治療出来るからといっても、仲間として行動している者をあそこまで躊躇なく攻撃できるのは一種の才能だろう。
オロチが二人に行わせたのは、あくまで模擬戦であって殺し合いではない。
にもかかわらず開幕早々下手すれば命を落とすような攻撃を放つのは、流石のオロチでも眉を顰めてしまう。
『えー? 私は効率良く戦っただけだよー? あんまりハムスケが粘るから、少しイジワルしちゃったかもしれないけど』
クレマンティーヌは仮面をつけたままそう弁解する。
(あの戦いは流石の俺も引いた。少なくとも模擬戦で味方に向けてやる技じゃないし。……もしかして、俺もブレインに稽古をつけている時はあんな感じなのか?)
クレマンティーヌとハムスケの模擬戦を思い出し、それが自分とブレインの稽古とそう変わらないのではないかと考え、これからは少しだけブレインに優しくしてやろうと心に決めた。
ちなみにこの場に居ないブレインは、エ・ランテルの街でせっせと依頼をこなしている筈だ。
「とにかく、今後模擬戦で後遺症が残るような攻撃は控えろ。今回はハムスケが上手く回避していたから止めなかったが、次やればシャルティアと訓練させるからな」
『今後は一切致しません!』
クレマンティーヌはオロチの言葉にビシッと敬礼付きでそう返した。それだけシャルティアのことを苦手に思っているのだろう。
シャルティアのステータスを考えれば、デコピン一発でクレマンティーヌの頭部を吹き飛ばす事もできる。
そんな遥かに格上の存在である彼女から、本気の殺気を受ければそうなってもおかしい話ではない。
「オロチ様の周りにはずいぶん愉快な面子が揃っているみたいっすね。……あ、そういえばオロチ様、ひとつご報告があるっす。実は――」
「何? エンリが八咫烏を呼び出しただと?」
ルプスレギナの報告にオロチは驚愕した。
「まさか最上級クラスの妖怪を召喚するとはな……。確率でいえば0.03パーセントの筈だ。それを一度で引き当てるなんて、俺にも分けて欲しいくらいの豪運じゃないか」
『百鬼夜行絵巻』で呼び出される妖怪は強ければ強いほど出にくい。
エンリが引き当てたという八咫烏はその中でもトップクラスの強さを持っており、ユグドラシルプレイヤーでも当てたというのは数人だけだった。
その数人というのも、『百鬼夜行絵巻』を湯水の如く使用して何とか引き当てたもの。
彼らにたった一度で最上級の八咫烏を呼び出した者がいると言えば、それはそれは恐ろしい事態になる事が容易に想像できる。
オロチもそこそこ運は良い方なのだが、それでも0.03パーセントを一撃で決めるような運は無い。
かつてのアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーにも、そんな豪運と呼ぶに相応しい人物がひとりいた。
その人物はオロチやアインズが課金ガチャに大量の金を注ぎ込んでいる中、数回ガチャを引けば何の苦労もなく当たりを引いてしまうのだ。
その度に何度悔し涙を流したかわからない。
(この際ストレージの中にある『百鬼夜行絵巻』を全部エンリに引かせるか? ……いや、反逆されたら面倒だから駄目だな)
オロチは豪運の持ち主であるエンリを利用しようと考えたが、すぐにその考えを捨てた。
今はナザリックからの援助が無ければ村が立ち行かない為大人しく従っている。
しかし過剰な戦力を彼らに与えれば、要らぬ色気を出しかねない。
一応あの姉妹とは友好的な関係を築けているつもりだが、それでも信用するとまでは言い切れなかった。
……一瞬オロチの頭の中に、クレマンティーヌに嵌めているような支配系の装備を渡す事が過ぎる。
しかし、オロチはすぐにその考えをかき消した。
(健気に頑張る姉妹……出来れば壊したく無いな。こういう感動する系のドラマに弱いんだよ、俺)
勝手な自己満足的な考えではあるが、そのおかげで姉妹が奴隷としてナザリックに仕えることはなくなった。
もしも異業種となった時に、オロチにこの感情が残されていなければエモット姉妹はナザリックに一生支配されていただろう。
それこそ死んでからもアンデッドとして。
「――予定変更だ。俺はエンリに会いに行って来るから、ナーベラルはコイツらの面倒を見ておいてくれ」
「かしこまりました」
「では自分が案内するっす。この時間なら、あの子は畑仕事していると思うっすから」