鬼神と死の支配者50

 ルプスレギナの案内でカルネ村の中を進んでいく。
 村の様子はオロチが見ない間にガラリと様変わりしていて、以前とは比べ物にならないくらいに立派な集落へと変貌していた。

「この短い期間でずいぶん変わったな。前に来ていた頃はもっと貧村……ってほどじゃないにせよ、これほどしっかりした村ではなかっただろう?」

「この村はナザリックからの援助を受けてるっすから。労働力として半永久的に働くスケルトンを提供したり、周囲の魔獣を定期的に間引いたりしているっす。なんでその分余裕ができて、建築物なんかに力を入れられるんすよ。村長がオロチ様にヘコヘコしていたのも、今その援助が打ち切られればこの村が崩壊してしまうからっす」

「ああ、なるほど。そりゃあれだけご機嫌取りに必死になるのも頷けるな」

 村長の過剰とも言える態度にようやく合点がいった。
 いくら村の窮地を救った恩人とはいえ、いささか度がすぎる気がしていたのだ。
 悪意を感じなかったので放置していたが、まさか援助を打ち切られまいとする為とは考えもしなかった。

 たしかにオロチはカルネを救った恩人であり、そしてルプスレギナの主人でもある。
 しかし、カルネ村の処遇について決めるのはオロチではなくアインズなのだ。
 これについては村人達が知る由も無いことなので仕方がないが、管轄外の事をオロチに願っても無意味である。

 実際、ナザリックがカルネ村を支援していたとは知らなかった。
 基本的にオロチはアインズの方針に逆らうことはなく、事務的な作業はほぼ全て誰かに丸投げしている状態なので、オロチへのご機嫌取りは無意味と言わざるを得ない。

(一応、俺が頼めばアインズさんは動いてくれるだろうけど、あんまり面倒かけたくないし)

 十中八九、オロチが意見を出せばアインズはそれを承認するだろう。
 オロチがアインズを信頼しているように、アインズもまたオロチに全幅の信頼を置いているのだから。

 しかし、アインズが決めた方針はギルド時代から悪い方向に向かった事は一度も無い。
 いつも最終的には最善、もしくはそれに近い選択を選ぶ才能がアインズにはあった。
 だからこそオロチは下手に意見を言わないようにしている。

「あ、エンリが居たっすよ。おーい、エンリー! オロチ様から少しお話があるらしいっすよー!」

 ルプスレギナが大きな声を上げて、畑仕事に従事していたエンリを呼んだ。
 その声を聞いた彼女は慌てて走って二人の元へと向かってくる。
 オロチの前に到着する頃にはハァハァと息切れを起こしており、かなり急いで来たことがわかった。

「お、お久しぶりです。今日はどうしましたか?」

 乱れた呼吸を整えてそう告げるエンリ。
 そんな彼女の瞳からは色々な感情が読み取れた。
 命を救ってくれた事への感謝、圧倒的な強さを持つオロチへの憧れ、そして彼女自身は自覚していないが……恋心。

 もっとも、オロチは自分への悪意には敏感だが、好意に疎く鈍感なのでまったく気が付いていない。
 それを察しているのはルプスレギナだけだった。

「久しぶりだな、エンリ。なにやら面白いものを呼び出したと聞いて見に来たんだ」

 すると彼女の表情が曇り始める。
 そして申し訳なさそうに口を開いた。

「あの、実はさっきからクロちゃん――あの巻物から出てきた八咫烏?の姿が見えないんです。もしかしたら逃げちゃったのかも。オロチ様から頂いた貴重なマジックアイテムを無駄にしてしまって申し訳ありません……」

 そう言って項垂れるエンリ。
 その様子を見るに、本当に召喚した八咫烏がどこへ行ったか知らないようだ。
 彼女は知らないだろうが、『百鬼夜行絵巻』で呼び出された妖怪は呼び出した相手を主人とし、消滅するまでその相手に仕え続ける。

 なので召喚主であるエンリの意向に背き、彼女の元を離れることなどあり得ないのだ。
 しかしオロチにはエンリが嘘をついているとは思えなかった。
 故に、八咫烏が自分から隠れているのだと判断する。

(んー、たしか八咫烏には影に潜む種族スキルがあったはず。なら隠れるとすれば――)

「気にする必要はないぞ。――おい、様子を伺ってないでさっさと出てこい。それとも引き摺り出してやろうか?」

 オロチがエンリに向かって……いや、正確には彼女の影に向かって命令した。
 八咫烏の特性を知らないルプスレギナは不思議そうに首を傾げ、オロチと同様にエンリの影をジッと見つめる。

 するとオロチの目を誤魔化す事は出来ないと悟ったのか、エンリの影から漆黒の翼と三本の足を持つ神鳥――八咫烏が慌てて這い出てきた。

『ま、待つのだ強き者よ。我は様子を伺っていただけで、そちらに対して敵意は全くない』

「わわっ! そんな所に隠れてたのクロちゃん」

 自分の影から突然姿を見せた八咫烏に驚くエンリ。
 彼女からすれば、居なくなった筈の鳥が自分の影からひょっこり姿を現したのだ。
 普通の村娘である彼女にとって、それは驚くなと言う方が無理だった。

 エンリが驚く一方で、オロチの後ろに控えていたルプスレギナが八咫烏に警戒するような視線を向けた。

「……オロチ様、もしかしてその鳥って私よりも強いっすか?」

「どうだろうな。まぁ、いい勝負するのは間違いない。『百鬼夜行絵巻』で呼び出される八咫烏のレベルは90だからな。レベルだけならルプスレギナよりも遥かに上だし」

 自分よりもレベルが高いことを聞かされ、ルプスレギナは僅かに動揺を見せる。
 この世界に来てからというもの、誰も彼もが弱い存在だった為、ナザリックの面々以外で自分よりも強いかもしれない相手と出会ったのはこれが初めてだった。

「でも、コイツは眷属を召喚して物量で相手を押し潰す戦い方なんだ。そして本体はそれほど強くない。だからレベルが上であっても、戦い方次第ではお前にも勝機はあるよ」

「そうっすか……厄介な相手っすね」

 ルプスレギナはそんな言葉と共に、エンリからクロちゃんと呼ばれる八咫烏への警戒を強めた。

(実際コイツは結構厄介な相手なんだよな。ユグドラシルでも雑魚相手だったら無敵の強さを誇っていたし。……これが単純にナザリックの配下として加わるのであれば、俺も手放しで喜べるんだけど)

 オロチは八咫烏の能力を思い出し、それが敵に回った場合は少し面倒だとため息を吐くのだった。

 

   

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