カルネ村に訪れた日から数日が経過した頃、オロチはアインズからの呼び出しを受け、ナザリックへと足を運んでいた。
珍しくその肩にはコンスケの姿はなく、今頃エ・ランテルの屋敷でハムスケと昼寝でもしているのだろう。
ちなみにクレマンティーヌも街に残っている。
彼女は未だにナザリックでシャルティアに向けられた恐怖を忘れられないようで、彼女の名前を聞くだけで体が震えだすらしい。
「オロチ様、今回はいったいどのようなお話なのでしょうか?」
唯一オロチについて来たナーベラルがそう問いかける。
「んー、どうだろうな。そこまで機嫌が悪そうじゃなかったから、たぶん悪いことじゃないと思うんだが」
オロチは予想、というよりもそうであって欲しいという願望を口にした。
アインズからの一方的な呼び出しというのは今回が初めてだったので、オロチ自身も何かナザリックに問題が発生したのではないかと心配しているのだ。
真っ先に思い浮かぶのはコキュートスによるリザードマンへの侵攻だが、本格的な侵攻はまだ行われていない筈なので今回の呼び出しとは関係無いだろう。
(となると、可能性があるのはセバス達か? 今はリ・エスティーゼ王国の王都で各国の情報を集めてくれているらしいし、それ関係で何か進展があったのかもしれないな)
階層守護者と同等の力と地位を持つ、セバス・チャン。
彼はナザリックの執事であり、立ち位置としてはナーベラル達プレアデスの上司となる。
そして、異業種が多いナザリックに於いて属性が極善である珍しい存在だ。
そんなセバスは現在、リ・エスティーゼ王国の王都でプレアデスの一人であるソリュシャン・イプシロンと共に情報収集を行なっている。
なのでオロチは、彼らに何らかの進展があったのではないかと当たりを付けたのだ。
そうこう考えている間に、アインズの仕事場である執務室の前に到着した。
コンコンと扉をノックし、室内に居るであろうアインズに呼び掛けると、中から聞き慣れた声で『どうぞ』という声が聞こえてくる。
「失礼しますよ……って、セバスじゃないか。久しぶりだな」
「お久しぶりで御座います、オロチ様」
室内にはアインズとアルベド、そして先ほどオロチが考えていたセバスの姿があった。
久しぶりに見るセバスの姿は相変わらず如何にも執事といった佇まいで、オロチはそんな彼の姿に何処か安心する。
「アインズさん、セバスが居るってことは何か気になる情報でも見つかったんですか?」
「ええ、その通りです。――セバス、オロチさんにもさっきの説明を話してくれ」
「かしこまりました」
そしてセバスはとある国の情勢について語り始めた。
「オロチ様はエ・ランテルの街で冒険者活動をされていると伺っております。その街から南東に進んだ先にある、竜王国と呼ばれる国家はご存知ですか?」
「ああ。そういう国があることは知っている。たしか隣国にあるビーストマンの国から侵略されている国だろう?」
竜王国という大層な名前には聞き覚えがあった。
何処で聞いたのかは定かではないが、なんでもその国の女王は竜王の血を引いているのだとか。
ただ、竜王の血を引いていると言っても超人的な力を有しているのではなく、実力はせいぜい一般人レベルらしい。
(そういえば少しおかしな話も聞いたな。竜王国の女王の見た目は幼い子供の姿だが、それは擬態した仮の姿であり、本当はリザードマンみたいなトカゲの姿とかいう。先祖にドラゴンがいるって言われると、あながち間違っていなさそうだな)
ひどい風評被害をオロチから受けている竜王国の女王。もしも本人がこれを聞けば、膝から崩れ落ちるだろう。
たしかに彼女の本来の姿は幼女ではないが、それは自分の意思でそうしているわけではないのだから。
「ええ、流石はオロチ様。その通りでございます。現在の竜王国の状態はかなり追い込まれており、このままではいずれ確実に首都は落ちるでしょう」
「……そんなにギリギリなのか」
セバスの言葉にオロチは驚きを露わにした。
ビーストマンに押されているとは聞いていたが、まさか首都が落とされるまでとは思ってもみなかったのだ。
ユグドラシルにもビーストマンは登場していたが、身体能力が高いだけの不遇種族という印象が強い。
それでも愛着を持って使い続けるプレイヤーはいた。
だが、ガチビルドの上位プレイヤーの中にビーストマンを選ぶ者は一人もいないというのが実情である。
「はい。数日でどうこうなることは無いでしょうが、早ければ一年以内に落とされると思われます」
「へぇー、その竜王国ってのはずいぶん大変な目に合ってるんだな。……で、それがどうしたんだ?」
オロチの口から出てきたのはそんな軽い言葉だった。
彼の関心はほとんどがナザリックにあるので、自分に関係ない人間の国が滅びようとも、正直言ってどうでもいいのだ。
エモット姉妹のように気まぐれで手を差し伸べることはあるし、一度助けたらなんだかんだで面倒も見るが、基本的には対価も目的も無しに他人を助けることはない。
もちろん、家族同然であるナザリックの者達は別である。
セバスもナザリックに所属しているので、オロチのそういった性格を理解していた。
なので特に驚きもせず、表情を変えずに再び口を開く。
「竜王国の女王、は各国の冒険者を募集しており、ビーストマンを討つのに一番貢献した者を竜王国の王として迎え入れると宣言したそうです」
「へぇ、王座を…………ん? セバス、念のためもう一度言ってくれ」
「ビーストマンを討つのに一番貢献した者を竜王国の王として迎え入れると宣言したそうです。つまり、彼の国の女王と婚姻する権利を得ることが出来ます」
セバスの口から先ほどの言葉とまったく同じ言葉が出た後、衝撃的な発言が飛び出したのだった。
◆◆◆
ナザリックにある玉座とは比較にならないが、人間達の間ではそこそこ豪華な玉座。
そこにまだ幼い外見の少女――否、幼女と言っても差し支えないような子供が座っていた。
「あー、だるいわー。いい加減この格好と寒気のする演技はやめにしたい」
そう言って玉座にだらける彼女の姿は、とてもじゃないが幼い子供の仕草とは思えない。
まるで四十代ほどの仕事に疲れ切った女のように見える。
しかし、彼女こそが竜王国の女王――ドラウディロン ・オーリウクルスである。
「陛下のその幼い姿と演技によって、我が国はなんとかビーストマンを抑えられているのです。誰しも純粋無垢な子供というのは無下にはし難いですから」
そう発言したのはこの国の宰相であり、彼女に演技をするように強制している人物だ。
「宰相よ、お前の言う純粋無垢な子供に対して、気色の悪いネッチョリとした視線を送るものがいるようだ。即刻あやつの首を刎ねて参れ」
「あの者の首を刎ねれば、間違いなくこの国はビーストマンによって滅ぼされるでしょうね」
「……あのようなロリコンにこの国の未来がかかっておる、か。お先真っ暗すぎて頭が痛い」
ドラウディロンはとあるアダマンタイト級冒険者の顔を思い出し、自然とため息を溢した。
今の竜王国の状況はよく言って最悪、悪く言えば滅亡一歩手前の状態である。
それを打開しようにも、この竜王国には度重なるビーストマンの侵攻によって既に先立つものが無く、正に手詰まりだった。
「この国は何か無いのか?」
「何かとは?」
「冒険者やワーカー達がこぞってビーストマンに立ち向かいたくなるような報酬だよ」
「…………それだ」
宰相は名案を思いついたような表情を浮かべる。
その様子を見たドラウディロンの顔にも僅かに希望の光が灯った。
「おぉ、さすがはこの国の宰相だ! 何か名案を思いついたのだな?」
「ええ、この国には他国には無い宝があります」
その言葉を聞いてより一層希望の光が強くなる。
今までは暗闇の中をもがいていただけだったが、これでようやく未来に希望が持てる気がした。
「そ、そうか! では今すぐに持って参れ!」
「――陛下を商品として力に自信のある者達を集めましょう。きっと世界中から特殊な性癖を持った猛者達がビーストマンへと立ち向かいます」
「…………は?」
少女に灯った微かな光は、再び闇へと変化したのだった。