鬼神と死の支配者54

「……アインズさん、つまりは俺はビーストマンの侵略から竜王国を救い、その国の女王と結婚するってことですか?」

 どうか間違いであってくれ、オロチはそんなことを思いながらアインズに問いかけた。
 いきなり女王と結婚して国王になれと言われても、まともな精神をしていれば普通は拒否するものだ。

 その上、彼は人間だった頃から結婚や夫婦という言葉に苦手意識がある。
 それは前世の世界で結婚した知り合いのほとんどが碌な目に合っていなかったのが原因だった。
 唯一の例外は、アインズ・ウール・ゴウンに所属していた『たっち・みー』くらいだろう。

 だから、いきなり結婚しろと言われてもオロチが戸惑うのも無理はない。
 例えそれが絶対の信頼を置いているアインズの言葉だとしても、だ。

 しかしそんなオロチの思いとは裏腹に、アインズの口からは肯定する言葉が返ってきた。

「ええ、その通りです。ちょうどいい機会なので、オロチさんには国王になってもらおうと思いまして。そうすれば将来、ナザリックが表舞台に立った時に他の勢力に対してある程度優位に立てますから」

 自分の顔が引きつっているのが分かる。
 結婚という短いふた文字、それは自身の体を縛り付ける鎖のようなものだ。
 いくらナザリックのためと言われても、「はいそうですか」などと簡単に了承できるものではなかった。

「……マジっすか」

 そしてそんなオロチの表情を見たアインズは満足げに微笑む。

「フフフ、安心してください。結婚と言っても名前だけで、王位を継承した後は適当に洗脳するので大丈夫です。結婚というものにオロチさんが苦手意識を持っているのは知っていますからね」

 道徳的にはかなりアウトなことを言っているのだが、その言葉はオロチにとっては正に救いの声である。
 心なしか、アインズの髑髏姿もいつもより神々しく見えた。

 しかし、その後に続けられた言葉によってオロチの表情が再び歪むことになる。

「何より――ハーレムを作るなら王様くらいの方が箔がつくでしょう?」

 その言葉を聞き、今までオロチの後ろに控えていたナーベラルがピクリと反応した。
 するとそれを見逃さなかったアインズの瞳が紅く光る。

「ナーベラルよ、お前はオロチさんが王になることをどう思う?」

「素晴らしいことです。アインズ様の智謀は正に神の如く……いえ、神さえも凌駕することでしょう」

 問いかけに対して鼻息荒くそう返答するナーベラル。
 好意を持っている男性が仮とはいえ婚姻すると聞かされれば、少なからず悪感情を抱くものなのだが、あいにくと彼女は普通の女性ではなかった。

 もちろん不快感がまったくないとは言わないが、それ以上にオロチの名が世界に広まることに喜びを感じている。
 そしてアインズの『ハーレムを作るなら王様くらいの方が箔がつく』、その言葉が決定打となって心からの賛成をしたのだった。

 彼女の心には、当然自分もオロチが作るハーレムの一員に加わりたいという想いがある。
 今回の話はそれに大きく近づく一歩となるだろう。

「……アインズさん、もしかしてまだあの時のこと根に持ってます?」

 オロチはナーベラルまで味方につけたアインズに、ジト目を向けてそう言った。

 彼が言う『あの時のこと』、それはもちろんアインズとアルベドの二人を無理やりくっつけたことである。
 二人の微妙な距離感にもどかしい思いをしていたオロチが、なんとアルベドを唆して襲わせるという暴挙に出たのだ。
 それをアインズが未だに根に持っていても不思議ではなかった。

「ところでオロチさん、最近ナザリックの女性を対象にしてとあるアンケートを実施したのですよ。コレがその集計結果です。……ああ、もちろん後でナーベラルにも受けて貰うから安心してくれ」

「いったい何を…………ん?」

 いきなり話がガラリと変わり一枚の紙を差し出される。
 訝しげにその集計結果とやらを眺めていたのだが、徐々にオロチの表情が変化していった。

「実に面白い結果が出ましたよ。ナザリックにいる配下……いや、女性にこれほどまで慕われているなんて、すぅごぉーく羨ましいですねぇ?」

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『オロチとの結婚希望者』
 シャルティア・ブラッドフォールン
 アウラ・ベラ・フィオーレ
 ユリ・アルファ
 ルプスレギナ・ベータ
 シズ・デルタ
 ソリュシャン・イプシロン
 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ
 オーレオール・オメガ
 ………………
 …………
 ……
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「……何ですかこの頭の悪そうなアンケートは」

 ただでさえ意味の分からない題名の横には、デフォルメされたアインズとアルベドの絵が描かれている。
 それがまた可愛らしいのが妙に腹が立つ。

 そして目の前でニタニタと笑っているアインズの顔を一発ブン殴りたくなった。
 なぜ表情筋どころか骨しかない顔にも関わらず、そんな表情が出来るのかは謎である。

「見ての通りオロチさんとの結婚希望者を募るアンケートですよ? フフフ、モテモテで羨ましい限りです。……それに、どうやらもう一人追加されるみたいですし」

 パッと振り返ると、そこにはいつに間にかセバスからアンケートを受け取り、即座に自分の名前を記入しているナーベラルの姿があった。
 そのアンケート用紙をいつものムッツリ顔ではなく、少しだけ口角が上がった笑顔を浮かべてアインズに提出しようとしている。

「お、おい。そんなに簡単に決めて良いのか?」

「私の意思は初めから決まっています。オロチ様と共にある事こそ、私にとっての幸せなのですから。……それとも、迷惑でしょうか?」

「それはない」

 オロチは不安げに呟かれたナーベラルの言葉を即否定した。
 ナーベラルが側にいるのが迷惑? そんな筈あるわけがないだろう。
 そう思っているのなら、冒険者として共に行動することなどあり得なかったし、彼女が居たからこそ楽しい冒険者ライフを送れていたと言っても過言ではないのだから。

「俺がナーベラルを迷惑に思うわけ無いだろう。それこそずっと側に居て欲しいと思っているさ」

「っっっ!」

 嬉しさで悶絶し、ナーベラルは顔を真っ赤に染める。
 もしもこの場に誰も居なければ、地面を転がり回るほどの嬉しさだった。

「ではオロチさん。竜王国の件、よろしくお願いしますね」

 しれっと口を挟んでくるアインズにハッとした。

(あ、完全に断るタイミングを逃した……)

 こうして拒否する機会を完全に失ってしまったオロチは、竜王国の国王になるべく動き出す事になったのだった。

(完全にやられたな……。でもまぁ、こういうのも悪くない、か)

 頬を染めて喜ぶナーベラルを見ながら、オロチはそんなことを考える。
 なお、最終的なアンケートの集計結果には、しっかりと『ナーベラル・ガンマ』の名前が記されていたのであった。

 

   

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