第二章【竜王国編】鬼神と死の支配者55

 エ・ランテルの街から南東へ進むと、そこにはカッツェ平野と呼ばれる呪われた大地が広がっている。
 そこは一年中薄い霧で覆われた不気味な土地であり、何故かリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国が戦争をするときだけその霧が晴れるという。

 そして何度も戦争の舞台となっているので、当然このカッツェ平野にはアンデッドが大量に出現する場所として有名だ。
 少し前にオロチが対峙したスケリトルドラゴンなどの強力なモンスターも出現するらしく、並みの冒険者では無駄に命を散らすだけの危険地帯である。

「――って説明されたんだけど、案外薄気味悪いだけで大したことないな。たしかにこの霧は少しだけ鬱陶しいけどさ」

「きゅいきゅい」

「涼しくて快適な場所だね、と言っているでござる。……ちなみに某はこんな所さっさと抜けてしまおう、と言っているでござる」

 コンスケの翻訳の後にしれっと自分の意見を混ぜ込んだハムスケ。
 どうやらこういった不気味な場所が苦手らしく、今もビクビクしながらしきりに周囲を警戒している。
 その様子は大きな身体とひどくミスマッチであり、普段の無駄に堂々とした姿よりも愛らしさが増しているようにオロチは感じていた。

「なぁにー? アンタそんなデカイ図体しているくせにビビってんのー? プークスクス」

 だが、怯えているハムスケをいじめっ子気質なクレマンティーヌが見逃す筈がなく、新しい玩具を見つけたとばかりにちょっかいをかけ始める。
 だが、少しだけ今のコンスケに小動物のような可愛らしさを感じたオロチは、気まぐれで助け船を出すことにした。

「そんなに苛めてやるなクレマンティーヌ。これだけ周りをアンデッドに囲まれると、ハムスケみたいな魔獣だと本能的に怖がるんだろう」

「お、大殿ぉ~。某、この御恩は一生忘れないでござるよ」

 そしてクレマンティーヌもオロチに注意されると『はーい』と大人しく止めるあたり、しっかりと躾けられているらしい。
 彼女は猫のように自由な性格をしているが、オロチへの忠誠心に関しては犬並みであった。

「コンスケ、ここを通り抜けるまでハムスケの側にいてやれ」

「きゅい!」

 そうひと鳴きしてオロチの肩からハムスケの体の上に飛び移った。

「おお! 殿がお側にいてくだされば百人力で御座るよ!」

 なにかと一緒にいる機会の多いこの二匹は、主従というよりも友達のような関係に近い。
 コンスケはナザリックの中でも珍しいカルマ値がプラスのNPCなので、変に見下したりしていない事が理由だろう。

(そのうちアウラが使役している魔獣と合わせてみても面白いかもな)

「オロチ様、どうやらかなりの数のアンデッドに囲まれつつあるようです。念のためご注意を」

 オロチがそんなことを考えていると、常に魔法による索敵を行なっていたナーベラルが警戒を促した。

「……またスケルトンか?」

「はい。何体か上位種らしき反応もありますが、ほとんどが低級のスケルトンです」

 その報告を聞いたオロチはうんざりとした表情を浮かべる。
 なにせこのカッツェ平野に入ってからというもの、数ばかり多い弱いスケルトンを大量に屠っており、強者との戦いを強く望んでいるオロチにとってこの状況はかなりのストレスだった。
 周りが霧に包まれていて鬱屈とした気分になるというのも、それに拍車をかけているかもしれない。

「よし、クレマンティーヌ。後でご褒美をやるから周辺のアンデッドを片付けてこい」

「わんわんわおーん!」

 オロチから命令されたクレマンティーヌは腰のレイピア――ではなくサブ武器として装備している厚めの短剣を引き抜き、勢いよく駆け出していった。
 そして凄まじい速度でアンデッドを殲滅していく。

 彼女はブレインと同様にオロチから稽古を受けている。それもかなりキツめのメニューを。
 なので出会った当初よりもはるかに動きのキレが増し、そして一撃一撃の正確さが格段に上達していた。
 そんなクレマンティーヌの相手がただのスケルトンでは話にならない。

「なぁナーベラル、今のクレマンティーヌはナザリックでどのくらい通用すると思う?」

 ナーベラルは少しだけ考えるような素振りを見せてから口を開いた。

「相性にもよるでしょうが、彼女がナザリックへ敵として侵入すれば3分も保たないと思います」

「だよなぁ……」

 いくらスケルトン相手に無双できたとしても、所詮彼女のレベルは40には届かないだろう。
 それ以上の怪物がひしめくナザリックでは何の保険にもならないし、内部の迷宮には凶悪な仕掛けが施されている。
 もしもクレマンティーヌがナザリックに侵入すれば、そこから生きて出ることはほぼ不可能だった。

(技量はかなり上達したけど、いかんせんレベルが低すぎるな。そのうちハムスケと合わせてレベリングでもしてやるか。……いや、ちょうどこれからビーストマンを虐殺するんだから、その時にでもレベリングアイテムを渡してやろう)

 早速クレマンティーヌへの報酬が決まった。
 オロチが渡そうとしているのは、ブレインに渡したような経験値をブーストするアイテムだ。
 木刀型ではない経験値上昇アイテムも、彼のアイテムストレージには眠っているのである。

「ご主人様ー、あらかた片付いたよー」

 そんなことを考えているうちに、どうやらアンデッドの殲滅を終えたようだ。
 ナーベラルの報告ではそれなりの数が居たはずだが、かなりの速度で効率よく倒してきたらしい。
 そして戻ってくるなりオロチの前に自分の頭を差し出し、『褒めて褒めてー』と言い放った。

「ご苦労ご苦労」

「むふふー」

 頭を撫でてやると満面の笑みを浮かべてご満悦な様子のクレマンティーヌ。
 しかし、そんな彼女の様子をよく思わない人物がいた。

「――駄猫、お前の目は節穴か? チェイン・ドラゴン・ライトニング」

 額に青筋を浮かべるナーベラルである。
 そして彼女が発動した第七位階魔法により、龍を模した白い雷撃が真っ直ぐにクレマンティーヌへと襲いかかった。
 いくらオロチとの訓練によって実力を上げているとしても、これほどの大魔法を喰らえば一溜まりもない。

 だが、その雷撃の龍は彼女の横をニアミスで通り過ぎ、そのまま接近してきていたスケルトンの討ち漏らしに直撃した。
 爆音が鳴り響き、骨の身体を木っ端微塵に吹き飛ばす。スケルトン相手には完全にオーバーキルである。

「次からは気をつけることね」

「……はい」

 先ほどの一撃ですっかりと萎縮したクレマンティーヌはそう返すのがやっとだった。
 この二人はオロチが不在の間はそれなりに上手くやっているのだが、こうして度々クレマンティーヌがオロチに過剰な接触を求めるので、その都度ナーベラルの苛立ちが募ってしまうのだ。

 もっとも、これはそこそこ仲間として認めている彼女だからこそ、この程度で済んでいるのであって、他の人間がオロチに馴れ馴れしい態度を取っていれば即座に消し飛ばしているだろう。
 これでもナーベラルはクレマンティーヌのことを認めているのだから。

 こうした一幕もありながら、オロチ一行はいつも通り賑やかな様子でカッツェ平野を通り抜けるのだった。

 

   

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