鬼神と死の支配者56

「ここが竜王国の首都か? ……ずいぶんと活気が無いというか、どいつもこいつも死人みたいに暗い表情だな」

 オロチ一行はカッツェ平野を抜け、ついに竜王国の首都へと踏み入れていた。
 しかし、一国の首都とは思えないほどの活気の無さに唖然とする。
 道を歩く住民達の顔に生気はなく、まるで生きることに絶望しているようにどんよりしているのだ。
 これならばエ・ランテルの方が数倍栄えていると言えるだろう。

「しょうがないよー。だって今にもビーストマンに滅ぼされそうになっているんだもん。金を持っている連中はもう他国に避難している頃だよ。ここに残っているのはお金が無い人か、冒険者とかワーカーくらいだろうねー」

 クレマンティーヌがあまり興味がなさそうな声色でそう言った。

 どれだけ自国に愛着があろうと、亡びるであろう国に自分の意思で居座り続ける者はそう多くない。
 これが人間同士の戦争ならばまた話は違うのだが、竜王国と戦争をしている相手はビーストマンだ。
 人間を文字通り食料としか見ておらず、母親の腹の中にいる胎児がご馳走とされているような種族である。
 そんな者達が相手では他国に亡命する者が多くいても不思議ではなかった。

「そういえばクレマンティーヌは竜王国に来たことがあるんだったか?」

「うん、あるよー。漆黒聖典の任務として二、三回くらいだけどね」

 オロチの問いかけに対して、少しだけ過去を懐かしむように答えるクレマンティーヌ。

 彼女は昔、スレイン法国最強の漆黒聖典という部隊に所属していたという過去がある。
 そしてこの竜王国はスレイン法国に多額の献金をしており、自国の防衛力さえ委ねてしまっているほど彼の国に依存しているので、当時漆黒聖典だったクレマンティーヌも何度か派遣されていたのだ。

 当然その時の任務はビーストマンの間引きである。
 今ほど苛烈な侵攻ではないにせよ、それでも十分すぎるほどの被害を竜王国は受けていた。
 だからこそ、人類の守護者という大層な謳い文句を掲げる漆黒聖典が派遣されたのだ。

「ならこの街の冒険者組合が何処にあるか分かるか?」

「私が来た頃から移転していないなら分かるよー」

「じゃあそこまで案内を頼む」

 オロチから頼られるのが嬉しいのか、元気よく『はーい!』と返事をして先導し始めた。
 そうしてクレマンティーヌの案内で街を進む中、オロチは周囲の様子に眉を顰める。

(にしても酷い街だな。大通りはともかく、一歩でも路地には入れば治安は最悪だ。こんな国の国王になったとしても、思った以上に旨味は無いんじゃないか?)

 竜王国の状態は悲惨という言葉に尽きる。
 金持ち連中は既に他国へ亡命しており、経済自体が上手く機能していない。
 それに首都がこの有様ならば他の街はもっと酷い状態だろう。
 これならいずれビーストマンに落とされると言ったセバスの言葉にも頷けるというものだ。

 これほどまでに荒んでいる国を支配しても、ナザリックに齎される恩恵はそれほど多くない。
 むしろこの国や国民にとっては支配下に収まった方が良いように思える。
 少なくともビーストマンの脅威に怯えることは無いし、飢えることも無いのだから、今の彼らよりはマシな生活を送れるはずだ。

「着いたよー、ここがこの街の冒険者組合だね」

 そう告げるクレマンティーヌの先には、エ・ランテルにある冒険者組合よりも一回り大きい建物があった。
 街のどんよりした様子とは裏腹に、ここだけ別世界みたいに活気があるように感じられる。

「ご苦労さん。一応お前だってバレないように声を変えておけよ?」

『うん、分かったよー』

 仮面の変声機能によってクレマンティーヌの声がしゃがれたものへと変化した。
 エ・ランテルでも人前に出る時は仮面をつけて声も変えていたが、この街ではそれ以上に気をつけなければならないだろう。
 彼女の正体に気がつく者が出てきてもおかしくないのだから。

「とりあえずハムスケはここで待機してな。知らない奴から食い物を貰っても食べちゃ駄目だぞ」

「……そんなことは言われなくても分かっているでござるよ」

 本当に分かっているのか微妙なハムスケと別れ、一行は冒険者組合の中へと入っていく。
 すると中にいた冒険者が一斉にオロチ達に見定めるような視線を送った。
 それは見慣れないオロチ一行に対する牽制のようなものだったが、その程度で怯むほどやわな精神はしていない。
 ……もっとも、ナーベラルに関しては『ジロジロと気色悪い。消し炭にするぞゾウリムシ共』などと物騒な事を呟いていたが。

 だが、彼女の主人であるオロチはそんなことを大して気にもせず、手の空いていそうな受付嬢に声をかけた。

「アダマンタイト級冒険者『月華』のオロチだ。ビーストマン討伐について話を聞きたい」

 オロチがその受付嬢にそう話すと、彼女は目を見開いて驚き、そして首元のにあるアダマンタイト級冒険者であることを示す首飾りに視線をやった。

「あ、貴方があの……別室で詳しくお話ししますので、どうぞこちらへ」

 アダマンタイトの首飾りから本物だと判断したのか、そう言って個室に案内される。
 そして周りにいた冒険者達もオロチの声が聞こえたのかざわつき始めた。

「お、おい……アイツらがあの『月華』かよ。ギガントバジリスクを簡単に討伐したり、噂では街を覆い尽くすほどのアンデッドを倒したとかいう」

「いや、普通に考えて流石にそれはにただの噂だろう。それがもし本当なら、それこそ御伽噺の勇者みたいな強さがいるじゃないか。実際は大した事ないって聞くぞ?」

「それこそただの噂だ。大した事ない奴がアダマンタイト級になんて上がれるわけないだろうに」

 口々にそんな会話が聞こえてくる。
 彼らの会話からわかるように、オロチ達『月華』の世間での評価は真っ二つに別れていた。

 なにせ街を滅ぼすほどのアンデットの大群を討ち滅ぼした、ギガントバジリスクを瞬殺したなど、普通ではにわかには信じられない話が出回っているからだ。
 オロチの実力を知らない者達にとって、これらの話を信じられなくとも無理はない。

 とはいえ、彼らも多かれ少なかれオロチ達の実力を肌で感じ取っていた。
 だから噂に関してはまったくの出鱈目ということは無いと、半ば本能的に理解している。

「ではこの部屋でしばらくお待ち下さい。担当の者がすぐに参りますので」

「ああ、わかった」

 案内された部屋に入ると、そこにあったのはソファーとテーブルだけだった。
 余計な物が一切ないシンプルな部屋と取るか、貧乏くさいケチな部屋と取るか……少なくともオロチは後者の部屋だと感じている。

『なんか何も無い部屋だねー。ソファーもゴツゴツしててお尻が痛くなりそう』

「金が無いんじゃないか? 冒険者に依頼するような金持ちはとっくにこの国から出て行っているだろうし」

「きゅい……」

 コンスケもあまりお気に召さなかったのか、すぐにオロチの肩――ではなく、隣に座るナーベラルの膝の上でくつろぎ始めた。
 以外にもコンスケとナーベラルの相性は良い。
 行動を共にする時間が多いからか、おそらくプレアデスの中でもダントツに甘える頻度は多いだろう。

 (美女と小動物というのは非常に絵になるな。誰かこの絵を描いてほしい)

 そんな様子を眺めながら数分の間この部屋で待機していると、ほのぼのとした時間を壊すように外からドタドタと慌ただしい音が聞こえてくる。
 その音がちょうどこの部屋の前で止まり、扉が蹴破るような勢いで開かれた。

「君たちが新しく来たとかいうアダマンタイト級冒険者か? 竜王国には君たちの居場所なんて無い。悪いのだけど、さっさと王国に帰ってもらえるかな?」

 突然現れた男は不遜な態度でそんな事を言い放つのだった。

 

   

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