鬼神と死の支配者57

「君たちが新しく来たとかいうアダマンタイト級冒険者か? 竜王国には君たちの居場所なんて無い。悪いのだけどさっさと王国に帰ってもらえるかな?」

 あまりにも不遜な態度。
 まるで世界は自分を中心に回っていると言わんばかりの傍若無人ぶりである。
 しかし、この場にはそんな言い方をされて『はいそうですか』などと言って大人しく帰るような者は一人もいなかった。

『テメェ……殺される覚悟はデキてんだろうなぁ!』

 扉の一番近くにいたクレマンティーヌが語尾を荒げながら男に向かって殺気をばら撒く。

「ふん、止めておけお嬢さん。私は竜王国唯一のアダマンタイト級冒険者、『クリスタル・ティア』リーダーのセラブレイトだ。君達のようにまぐれでアダマンタイト級になった冒険者とは格が違うのだよ」

『上等だ……! 今すぐこの私が切り刻んでやるよ……!』

 そう言ってクレマンティーヌは腰のレイピアに手をかける。
 しかし、それを止めたのは意外にもナーベラルだった。

「待ちなさいタマ。――その男は四肢を切り刻んで永遠の苦しみを味わわせることにしましょう。すぐに殺してしまっては駄目よ。生まれてきた事を後悔するまで苦しめなければ」

 クレマンティーヌと同様に……いや、それ以上にナーベラルは怒り狂っていた。
 もはや一周回って冷静になるほどである。
 オロチを軽んじるような発言をされて黙っていられるほど、彼女は寛大な心を持ち合わせていないのだ。
 もしも自分の膝の上にコンスケが居なければ、誰よりも先にセラブレイトに向けて魔法を放っていたことだろう。

 しかし一方で二人から濃厚な殺気を叩きつけられているはずの彼は、それに対してまったく動じていなかった。
 その様子にオロチは少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべるが、すぐに消え失せる。

(このセラブレイトとかいう男はそんなに強いのか? ……いや、ただのマヌケだろうな。少しだけ期待したんだが、彼我の実力差さえも正確に測れない愚か者か)

 一瞬だけ強者の可能性が浮かび上がってきたが、すぐにそれは無いと切り捨てた。
 オロチは何故か鬼の身体になって以来、自分の目で見た者の強さがざっくりとだが分かるようになっているのだ。

 そして、セラブレイトを見る限り彼はクレマンティーヌよりもはるかに格下でしかない。
 それどころかブレインと同じ、もしくは少し下程度の実力しかないだろう。
 並みの冒険者よりは強いのだろうがこの面子を相手にするのには些か実力不足である。

「まぁ落ち着けよお前ら。そこまで言うなら、アンタの力を見せてもらおうじゃないか。なぁ、センパイ?」

「ふむ、それで君達が納得するのであれば構わない」

 オロチはニヤリと捕食者のように口元を歪ませる。

 ナーベラルとクレマンティーヌは烈火のごとく怒り狂っているが、実はオロチ自身はそこまで気にしていなかった。
 冒険者としての身分などに誇りなど微塵もなく、いつでも捨てれる程度のものでしかないからだ。
 そんなものを馬鹿にされたとて彼が気にするはずもない。
 故に適当に勝負を吹っかけ、利き腕を切り飛ばす程度で勘弁してやろうと思っていた。

 この世界の回復魔法のレベルは把握していなかったが、片腕程度なら容易に治療できるだろう。
 そう考えればかなりの温情である。

 しかしそんなことを考えていると、この部屋に新たな乱入者が現れた。

「セラブレイトさん! 貴方はいったい何をやっているんですか!?」

「……少しこの方々と話していただけですよ、トルネコ殿」

 トルネコと呼ばれた恰幅のいい男性は、現れてすぐにセラブレイトに厳しい視線を向けた。

 この部屋で待っているのは、リ・エスティーゼ王国からやってきたアダマンタイト級冒険者『月華』のメンバーだと聞いていたのだが、そこに何故かセラブレイトが居て、尚且つこれほどまでに険悪な雰囲気が漂っている……普通ならセラブレイトが何かやらかしたと考えるのが普通だろう。

 当然トルネコもそう考えたので、早々にオロチ達に向かって頭を下げた。

「『月華』の皆さん、この度は本当に申し訳ありませんでした。この状況を見る限り、彼が貴方達に何か失礼な真似をしてしまったのでしょう?」

「ああ、そうだな。この竜王国には俺達の居場所なんて無いからさっさと帰れなんて言われたぞ? これはお前達の総意か?」

「それは違います!」

 ほとんど悲鳴に近いトルネコの叫び。
 そして彼の表情からもかなり切羽詰まっているのがわかる。
 今の竜王国からすれば、アダマンタイト級冒険者というのは喉から手が出るほど欲している存在だった。
 ここで『月華』を逃すのは痛すぎるのだろう。

 だが、焦るトルネコとは反対にオロチは内心でほくそ笑む。

(もしかしたら、これでこの国の冒険者組合にも恩を売れるかもな。そうすれば国王の座に就いた時にいくらか楽になるだろう。セラブレイトとかいう奴と違って、この男がまともで助かったよ)

 ここで自分達が本当に王国へ帰れば竜王国がどうなるか、セラブレイトはまったく理解していない。
 このままでは遅かれ早かれビーストマンに滅ぼされ、この地は蹂躙されるだろう。
 生半可な実力を持つ者ではもはや焼け石に水。セラブレイト程度では話にならないレベルだ。

 その点、しっかりとトルネコという男はこの国の現状を理解していた。
 流石にオロチ達がビーストマンの群勢を倒し尽くすだけの力を持っているとは思っていないだろうが、それでも決して無下に扱ったりはしない。
 間違いなく新たな戦力にはなるのだから。

「だがなぁ、俺達にもプライドってもんがある。このままじゃ引き下がれないんだよ」

「それは……」

「だからコイツと勝負させてくれ。もしも俺達が負ければ、その時はコイツの言う通りにしよう。ビーストマンの国に殴り込めと言われても確実に実行しようじゃないか。だが俺達が勝てば、反対に俺達の言う通りにしてもらう。勝負内容は期間を設けてどちらのチームがより多くのビーストマンを倒せるか、それなら冒険者組合としても文句は無いだろう?」

「むぅ……」

 オロチの提案にトルネコは厳しい表情を浮かべた。

 彼の本音を言えば、貴重な戦力である冒険者を無茶な勝負で潰したくないという思いがある。
 いくらそれでビーストマンの勢いを削ぐことが出来たとしても、それはあくまで一時的なものに過ぎないのだ。
 できれば平和に解決して欲しいと思うのが普通だろう。

 とはいえ自分にもセラブレイトの暴走を止められなかったという負い目があるので、あまり強くは出られなかった。

「私は別に構いませんよ? その勝負なら竜王国の利益にも繋がりますし。ま、勝つのは私でしょうがね」

 フフフ、と気取ったように笑うセラブレイト。
 そんな彼にトルネコは苛立ちを顔に出さないように必死だった。
 オロチの様子から勝算があることは間違いないのだ。
 そんな簡単なことが分かっていないであろう阿呆の顔面を殴り飛ばしたい気分であった。

「――良いでしょう。では冒険者組合からも勝者には報酬を支払います。そして『クリスタル・ティア』と『月華』両者の勝負は、この冒険者組合長トルネコが見届け人となりましょう」

 トルネコはこの勝負によって得られるもの、失うものを天秤にかけ、その結果堂々とした口調でそう告げるのであった。

 

   

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