ビーストマンの本拠地へと乗り込む。
それを聞いたクレマンティーヌとハムスケは流石に不安があるようだが、ナーベラルとコンスケには気負う様子はまるでない。
「きゅいきゅい!」
「ははっ、少しは落ち着けよ。今からそんなに張り切っていると、着いた頃にはヘトヘトになってるぞ?」
それどころか、コンスケはピクニックにでも行くかのようなはしゃぎようである。
実際のところコンスケにとって、ビーストマン討伐などその程度でしかない。
例え今の子狐の姿であっても余裕で生き残れるだろうし、本来の九尾の姿になれば容易に殲滅できるだろうから。
もっとも、コンスケが全力で戦うにはオロチの存在が不可欠であり、つまりその場にはオロチも居ることになるので、コンスケは眠っているだけでも余裕で生き残れてしまうのだが。
「……オロチ様」
ビーストマンの国へ向かうために城門へ向かって街を歩いていると、ナーベラルが真剣さを滲ませる声色で話しかけてきた。
「ああ、分かっている。さっきからずっと後をつけられてるな。このタイミングで来るってことは、たぶんセラブレイトの息がかかった冒険者だと思う。大丈夫だとは思うが一応注意しておいてくれ」
オロチは他のメンバーにも注意を促す。
宿を出てから、自分達の後をコソコソとつけてくる者達が居ることには気づいていた。
初めは二人の気配しか感じなかったのが、今では十人を軽く超える数まで膨れ上がっている。
ここにいるメンバーであれば敵ではないとはいえ、流石に街中で暴れるのも面倒なことになりそうだと放置していたのだ。
しかし、ここまで増えれば流石に目障りである。
(ずっと付き纏われるのは鬱陶しいな。街を出ても付いてくるようだったら……消すか)
もしも他人が見ればギョッとするであろう冷たい表情を浮かべ、冷静に排除することを考えるオロチ。
彼は敵対した者に対して一切容赦するつもりなどない。
その場で殺すか、もしくはナザリックでの実験動物行きだろう。
大穴でクレマンティーヌのように仲間に加えられる可能性もあるが、彼らの強さを見る限りそれは無いと言っていい。
なので、どちらにせよ彼らの未来は真っ暗である。
「ご主人様ー、今すぐ私がアイツらを消してこようか?」
「いや、このまま街の外まで付いて来るようなら消すが、今は何もしなくて大丈夫だ。いくらなんでも街中であれだけの人数を殺せば騒ぎになるかもしれないしな。できるだけ騒ぎは起こしたくない」
「はーい」
クレマンティーヌもこういった気配には敏感なため、ずっとつけられるというのは不快だった。
だが、オロチが決めたことであれば文句はない。
何故ならどうせ街を出るまでの我慢なのだから。
尾行している者達の狙いはイマイチよく分からなかったが、自分達を直接妨害してくるか、もしくはどの程度ビーストマンを討伐したかをセラブレイトに報告する役目があると思われる。
つまり、ほぼ間違いなく街を出た後も尾行は続けられるということだ。
それは、彼らの命が風前の灯であるということを意味しているのだった。
◆◆◆
「おい! お前ら俺たちにこんな事してタダで済むと思ってんのか!?」
『クフフフ、静かにしないと喉を抉り取っちゃうよー?』
そう言ってクレマンティーヌが冒険者の男を縛り上げながら、仮面の下で嗜虐的な笑みを浮かべる。
彼女の声がしゃがれた不気味な声ということもあり、叫んでいた男は本能的に恐怖を感じたのかそれっきり大人しくなった。
周りには同様に拘束された者達が全員で12人もいて、皆一様に今の状況に怯えている。
自分達が尾行していた相手に捕まったのだから当然だろう。
更に彼らは、捕まる時にクレマンティーヌによってボコボコにされており、それもあってここまで恐怖心を抱いているのだ。
「さて、お前ら……生きて街に戻りたいなら俺の質問に嘘偽りなく答えろ。いいな?」
捕まっている者達は一斉に頭をブンブンと上下させて肯定した。
それは偏にオロチを怖がっている……というよりも、あっという間に自分達を半殺しにしたクレマンティーヌを恐れているからだ。
実力で言えば圧倒的にオロチの方が上なのだが、彼らにとってそれは知らない方が幸せな情報である。
「じゃあまず、お前らの目的と雇い主を答えろ。お前からだ」
彼らの中でも一際怯えているように見える者を指名した。
その者はビクッと身体を震わせると、恐る恐るといった様子で話し始める。
「お、俺達はアンタらの監視を依頼されただけだ! 依頼した本人はソイツしか知らねぇ! だから……だから俺は見逃してくれ!」
「テ、テメェ! 簡単に喋ってんじゃ――」
「喧しいぞ。聞かれたことだけを話せ、ゴミ虫共」
騒がしくなってきた男達をナーベラルが一瞬で黙らせる。
男が吐いた情報によれば、依頼主は先ほどクレマンティーヌに脅されていた反抗的な男しか知らないらしい。
流石に尾行などという後ろ暗いことをする者達なので、無闇に情報を共有したりはしないようだ。
「ならナーベラル、コイツから情報を抜き取ってこい。最低でも依頼者と目的くらいは知っているだろう」
「はっ、かしこまりました」
そう返事をしたナーベラルは、乱雑に男の首根っこを鷲掴みにし、そのまま木陰に姿を消えていく。
「なっ!? お、おい、誰か助けろ!」
字面だけ見れば変な想像をしてしまいそうになるが、本人はまったくそうではないようで必死にもがいて拘束を抜け出そうとしていた。
しかし、彼らを縛っているロープは人間程度の力では引き千切ることなど絶対に不可能だ。
むしろ縄が食い込んで自分の身体を痛めつけているだけである。
しばらくは木陰に消えた後も叫んでいたが、途端に男の声が聞こえなくなり、その理由を想像した者は顔を青ざめさせた。
「大殿、此奴らはいったいどうするでござるか?」
「そうだな……お前の食料にでもするか?」
「……食えなくもないでござるが、拙者はお野菜が好きなのでござるよ。それに此奴らの臭いがキツイので食べたらお腹を壊しそうでござる」
半ば冗談でハムスケにそんな提案をしてみたが、よくよく考えてみればハムスターが人間を食らっている場面など見たくない。
いくら大きさが通常のハムスターとは比較にならないとはいえ、外見はそのまま愛らしいハムスターなのだ。
前世の印象に引っ張られて苦手意識を持っていてもおかしくない。
「きゅい?」
すると、オロチとハムスケの会話を聞いていたコンスケがひょっこりと顔を出した。
オロチにはコンスケの言葉を全て理解できないとはいえ、今の言葉はなんとなく伝わってきた。
おそらく『お食事? じゃあ僕も食べてみようかな?』というようなニュアンスだろう。
「……いや、流石に冗談だからな?」
一瞬だけ、本当に一瞬だけコンスケが人間を食らっている想像をしてしまったオロチは、ハムスケの時よりもはるかに大きな精神的ダメージを受けてしまうのだった。