ブラック家の復讐者14

「なんだ、ハリーは知らないの? オリオン・ブラックは精霊界に行って、初めて無事に帰って来れた人なんだよ」

 ロンはハリーとハーマイオニーの二人が知らないことを自分だけが知っている、そんな優越感に浸りながら得意げにオリオンについての噂を話した。
 特にいつも成績優秀なハーマイオニーよりも自分が上回ったようで気分がいい。
 まるで、この瞬間だけは自分の方が優れているとさえ感じている。

「精霊界ってなんだい?」

「精霊界っていうのは、気まぐれな精霊たちが住んでいると言われている場所さ。そして、その精霊たちはごく稀に気に入った子供を攫っていくと言われてる」

「……連れていかれちゃった子供はどうなるの?」

「連れていかれた子供は二度と帰ってこられないって、昔パパとママに聞いたことがあるよ」

 それを聞いたハリーは見たこともない妖精という存在に恐怖し、ロンから精霊界について聞いたことを後悔した。
 そして恐怖で盛大に顔をひきつらせる。

 今まで人間界で暮らしてきたハリーにとって、魔法界はまだまだ理解できていない部分が多いのだ。
 ようやく魔法にも少しだけ慣れてきたが、それは初級も初級であり、とてもじゃないが使いこなしているとは言えない。

 そしてこのホグワーツには、当たり前のように亡霊たちが闊歩している。
 ハリーからすれば亡霊も精霊も大差なく、子供を連れ去るという精霊が居てもおかしくないと思っても無理はないだろう。

 しかし、そんな風に怖がっているハリーに対して、同じマグル出身であるハーマイオニーは臆した様子がまるで無かった。

「ロンが言ったことに付け加えるとするなら、精霊界はこの世界とは別の空間に存在する場所のことよ。そこには、古代の生き物や伝説上の生き物が今もまだ生きていると言われているわ。でもそれはただの伝説でしょ? 私が読んだ本には、実在するのかさえ怪しいおとぎ話だって書いてあったわ。だから別に怖がらなくても大丈夫よ」

「そ、そうなの? ……ひどいよ、ロン。そんなにボクを怖がらせて楽しいかい?」

 ハリーはロンに恨めしそうな視線を向けてそう言った。
 本気で腹を立てている訳ではなかったが、一言言ってやらなければ気が済まない程度には腹が立っている。

「ごめんごめん。でも精霊界は本当にあるかもしれないよ? その証拠に、魔法使いの子供が姿を消すことは稀にあるんだ。……まぁ、そのほとんどが魔法の暴走だけど」

「なんだ、じゃあやっぱりハーマイオニーの言う通りただのおとぎ話なんじゃないか」

「それは分からないさ。でも、ここには世界でただ一人、その答えを知っている人がいる」

 ロンはそう言ってオリオンに視線を向けた。
 すると、それにつられるようにハリーとハーマイオニーもオリオンを見る。
 三人の視線が集まり、言葉にこそ誰もしていなかったが、彼らが答えを求めていることは明らかだった。

 しかし、この場でオリオンがその件について言及することはない。

「残念ながら俺からはノーコメントだ。余計な騒ぎを起こすなと、俺に関することはダンブルドアに口止めされていてね。聞きたいなら校長に許可を取ってくれ。もしくは、俺が話したくなるような条件を付けてくれれば考える」

 オリオンがそう言うと、三人とも『あのダンブルドアが口止めしているのなら仕方ない』と大人しく諦めた。
 いくら子供といえど、魔法使いである彼らにとってダンブルドアの名前はそれほどまでに大きいのである。

 駄々をこねられると覚悟していたオリオンは、思いのほか呆気なく引いた子供たちに多少肩透かしを食らった気分だった。

(ま、ダンブルドア云々っていうのは真っ赤な嘘なんだけどね)

「ほら、今日はもう遅い。教師に見つからないうちに、さっさと自分たちの寮に戻った方がいいよ」

 そう締めくくり、こうしてオリオン・ブラックとハリー・ポッターの初邂逅は幕を閉じた。

 

 ◆◆◆

 

 子供たち三人を匿った翌日、全ての授業が終了したハーマイオニーはいつも通りオリオンの部屋を訪ねていた。
 しかし、前日に精霊界などという知的好奇心をこれ以上なく刺激する話を聞いたからか、彼女はあまり集中できていないようにオリオンは感じている。

「昨日の話がそんなに気になるのかい?」

「……気になっているのは事実だけど、昨日のあれってほぼロンの質問に答えているようなものでしょう? ロンとハリーの二人は気づいてはいなかったけど、それでダンブルドアに怒られたりしない?」

 どうやらこの少女は好奇心ではなく、純粋にオリオンの身を案じてくれていたようである。
 だが、そもそも昨晩のダンブルドア云々というのはオリオンがついた嘘である。
 心配してくれるのは嬉しかったが、それ以上にハーマイオニーに申し訳なさを感じてしまう。

「なんだ、それで心配してくれていたのか。でもそれなら大丈夫だよ。ダンブルドアに口止めされているってのは真っ赤な嘘だから」

「え? そうなの?」

 あっけらかんとそう言い放つオリオンに、ハーマイオニーは目を丸くさせて驚いた。
 昨晩からの心配事が全くの無駄であったと分かり、思わず身体の力が抜けていく。
 しかし、それと同時に自分たちの所為でオリオンが叱咤されることはないと安堵した。

「あまり俺についての情報を周囲に言いたくないんだ。だから適当にダンブルドアの名前を使っただけで、別に口止めなんてされてない。そもそも、俺の過去を話すのに他人の許可がいるはずないだろう? ――でも、心配してくれてありがとう。とても嬉しいよ、ハーマイオニー」

 オリオンにそう言われると、ハーマイオニーはわずかに頬を上気させた。
 そして照れを隠すように慌てて口を開く。

「そ、そういえば明日はハロウィンね! もちろんオリオンもパーティーには参加するんでしょう?」

「いや、俺は参加しない。ハロウィンの日は大人しくこの部屋でクリーチャーと過ごすつもりでいる。どうも人が大勢いる場所は慣れなくてね」

「あ、そうなんだ……。じゃあ私も途中で抜け出してこようかしら。オリオンがいないとパーティーも退屈でしょうし」

「俺は大歓迎だけど、たまには同年代の子たちとの時間を大切にしないと駄目だよ?」

「だってオリオンと一緒にいた方が楽しいもの」

 そう言われれば悪い気はしないオリオンであった。

 

   

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