ブラック家の復讐者13

 オリオンが三人を匿うために姿現しで飛んだ先は、ホグワーツにある彼の自室だった。
 親しい間柄であるハーマイオニーはともかく、できれば自分の部屋にはたとえ子供であってもよく知らない相手を入れたくはなかったが、咄嗟に思いつく場所がここしかなかったのである。

「ありがとう、オリオン。貴方のおかげ助かったわ」

「ああ、気にしないでくれ。ただ――そろそろ離れても大丈夫だぞ?」

「え? ……あっ、ごめんなさい!」

 ずっと抱きついたままということに気がついたハーマイオニーは、慌ててオリオンから距離を取った。
 オリオンはそこまで気にしていなかったが、異性に抱きつくのは思春期のハーマイオニーには恥ずかしかったようで顔を赤くしている。

「別にいいさ。近づいてくれって言ったのは俺の方だし、むしろすぐに動いてくれて助かった。両手は彼らで埋まっていたから」

 そう言ってオリオンは、足元でうずくまっている二人の少年に視線を下ろす。

「う、うぅ……気持ち悪い」

「ぼ、僕も吐きそう……」

 少年たちは突然の姿現しで気分が悪くなり、今にも嘔吐してしまいそうなくらい顔を青くさせていた。
 この魔法は独特な感覚に陥るので、慣れていないと乗り物酔いのような気持ち悪さに襲われてしまうことがあるのだ。

 ハーマイオニーはオリオンの姿現しを何度か経験しているので既に克服済みだったが、まだ自分では姿現しを使えないであろう子供には少しきつかったかもしれない。
 咄嗟の判断だったとはいえこうして実際に苦しんでいるのを見ると、オリオンの心に少しだけ罪悪感が湧いてくる。

「大丈夫……ではなさそうだ。これを飲むと良い、気分が楽になる」

 オリオンは液体の入った瓶を魔法で取り出し、それを二人に半分ずつ飲ませてソファの上に寝かせる。
 すると次第に顔色が元に戻っていき、吐き気も無くなったようで口元を抑えなくなった。
 これにはオリオンも二重の意味で一安心である。

「二人とも大丈夫なの? さっきまですっごく顔色が悪かったけど」

「うん、大丈夫だよ。その人に飲ませてもらった薬が効いたみたい」

 すっかり顔色が良くなった眼鏡の少年がハーマイオニーに笑顔でそう答え、その後にぺこりとオリオンに頭を下げた。
 その際にチラッと稲妻のような傷が額にあるのが見えたが、それが魔法界で噂になっているヴォルデモートを倒した証なのだろう。

 ただ、色々な魔力が入り乱れているのが妙に気になった。

「ありがとうございます。匿ってもらっただけじゃなく、こんなに凄い薬まで使ってもらって。えーっと、オリオン・ブラックさんで良いんですよね?」

「その通りだ、ハリー・ポッター君。俺のことはオリオンで構わない。そっちの赤毛の少年も好きに呼んでくれ」

「……僕はロン、ロン・ウィーズリーです。助けてくれてありがとう」

 ロンはまだオリオンのことを警戒しているのか、その言葉からは少しだけトゲがあるように感じる。
 もっとも、急に現れた知らない大人を警戒するのは子供として正しい反応なので、たしかに態度は失礼ではあるが目くじらを立てるほどではない。

 それに、子供がすることに一々腹を立てるほどオリオンの器は小さくはなかった。

「じゃあハリー、ロン、これを食べると気持ちが落ち着くから、もし食欲があるのなら食べた方がいい。ハーマイオニーもどうぞ。でも、寝る前にしっかり歯を磨くんだぞ」

 オリオンが子供たちに渡したのはお菓子のチョコレートだ。
 何か魔法がかかっているだとか特別な製法で作られたとかいうものではなく、ごくごく普通の甘いお菓子。

 だが普通と言ってもかなり高級なチョコレートなので、価格という意味では普通のチョコレートとは言えないかもしれない。

「美味しい……! ロン、これ今まで食べたことないくらいすっごく美味しいよ!」

「うん、こんなの僕も食べたことない! きっとすごく高いチョコレートだ!」

 目を輝かせ、興奮しながら美味しい美味しいと連呼するハリーとロンの二人。
 お菓子ひとつでここまで喜ばれるのなら、オリオンも渡した甲斐があるというものだ。

 そしてそんな二人を見て、『まったく、子供なんだから』という風な表情を浮かべているハーマイオニーだが、彼女も初めて食べた時はハリーたちに負けず劣らずはしゃいでいた。
 その時のことを思い出し、オリオンの顔に笑みがこぼれる。

「お、美味しいチョコレートねっ。ありがと、オリオン」

「フフッ、どういたしまして」

 勘のいいハーマイオニーは何となくオリオンが考えていることを察したらしく、少し早口でお礼を言った。
 そんな反応もオリオンには微笑ましく映っているのだが、残念ながら彼女は気付いていない。

 すると、あっという間に食べ終わったロンが突然、『そういえば!』という声をあげた。

「ねぇオリオンさん、あの感じってやっぱり姿現しだよね?」

「ああ、そうだよ」

 オリオンが正直に答えると、ロンはがっくりと肩を落とす。

「……はぁ、ホグワーツではできないって聞いていたのに、やっぱりフレッドとジョージが言うことは嘘しかないや」

「いや、そのフレッドとジョージという人たちのことは知らないけど、ホグワーツで姿現しが使えないってのは本当だよ。俺の姿現しは厳密言えば少しだけ違うから使えるんだ」

 チョコレートを味わったことですっかり満足し、警戒心が無くなったロンはオリオンが言ったことに関して深く考えなかった。
 オリオンに関する噂をいくつか知っているからこそ、そうなのかもしれないと思ったのだろう。

「そうなんだ? よく分からないけど、オリオンさんの噂が一部でも本当ならそれもあり得る話だね」

「噂って何?」

 ロンが何気なく話した内容に、ハリーは興味を覚えた。
 オリオンとはこれが初対面だったが、彼からは普通の魔法使いとは違った雰囲気を感じていたのだ。
 好奇心旺盛な子供であればその正体を知りたくなっても無理はない。

 そして、ロンが言った噂という話に興味を持ったのはハーマイオニーも同じであった。

「なんだ、ハリーは知らないの? オリオン・ブラックは初めて精霊界に行って帰って来れた人なんだよ」

 

   

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