俺の父、レギュラス・ブラックはかつてデスイーターだった。
闇の帝王であるヴォルデモート卿の忠実なる僕の一人だ。
しかし、父上がデスイーターになったのはヴォルデモート卿を恐れた訳でも、その思想に共感した訳でもない。
父上がデスイーターとなった本当の理由――それは家族を守るためだ。
ヴォルデモートは魔法を使えないマグルや、マグル出身の魔法使いを全て排除しようとしていた。
だが俺の母上はマグル生まれの魔法使いだったため、当然ヴォルデモートの排除対象になってしまい、闇の魔法使い達に命を狙われてしまう。
当時学生だった父上は、同じく学生だった母上を闇の魔法使い達から守るために魔法省と取引した。
自らがデスイーターとなり、ヴォルデモートやデスイーターの動向を報告する代わりに、魔法省には自分達の命を守るようにと。
しかし、この取引のことは父上と母上の他には魔法省の数人にしか知らせられなかった為、父上が闇の陣営に加わったことだけが広まった。
その結果、周囲からはヴォルデモート卿を恐れた臆病者やら、魔法界を裏切った卑怯者と罵られることになる。
だが父上はどれだけ罵倒されようとも家族を守る為に、その正体を明かすことはなかった。
そして数年間デスイーターとしてスパイ活動をしていると、ある衝撃のニュースが飛び込んでくる。
ヴォルデモートが只の赤子に倒された、というものだ。
普通に考えて赤子が倒すことなど不可能なのでその両親が倒したのだろうが、大事なのはヴォルデモートが倒されたということ。
父上は直ぐに魔法省を動かし、死喰い人たちをアズカバン送りにする。
その後は混乱もあったが徐々に収まっていき、魔法界に平和が訪れた。
しかし闇の陣営の残党は各地に散っており、危険なのは変わっていない。
何故なら魔法省はヴォルデモートを死んだと発表したが、父上を含め一部の者達の間ではヴォルデモートは死んでおらず、力を失っただけでいずれ復活するという風に考えていたからだ。
そして父上に関してはスパイだとはデスイーター達にバレていないだろうが、ヴォルデモートの失踪後は積極的に闇の陣営の者たちを魔法省に売った裏切り者だ。
その為、常に命を狙われる様になってしまう。
さらにデスイーター達に殺された魔法使いや魔女は大勢いるので、当然父上も何処に敵が居るかもわからない最悪の状態となってしまった。
ここまでくれば最早、父上がスパイだったと公表した方が安全な筈なのだが魔法省はそれを拒否する。
おそらく、いつでも切り捨てることが出来る悪役が必要だったのだろう。
そのまま時が流れ、俺が7歳の時に悲劇が起こる。
――ブラック邸がデスイーターに襲撃されたのだ。
父上と母上、そして屋敷しもべ妖精のクリーチャーも応戦したのだが多勢に無勢。最期は俺を庇って二人は殺されてしまった。
その後のことはあまり覚えていない。
目の前が真っ赤に染まり、俺の中でプッツンと何かが切れた音がしたと思えば、辺り一面血の海に変わっていた。おそらく俺が殺したのだろうが、全く身に覚えがなかった。
その時になってようやく、魔法省が派遣した護衛である闇払いの連中がきた。
俺はすぐに気を失ってしまったので後からクリーチャーに聞いた話だが、どうも護衛達は父上と母上が殺されるのを見計らって突入してきたのかもしれないらしい。
確かに闇払いとは優秀な魔法使いの集まりなので、あれだけの数の死喰い人をみすみす見逃すのはおかしい気がする。
なにせ父上は何処から恨まれていても不思議ではない。
たとえそれが闇払いだったとしても??。
まぁ結局、推測の域を出ないものに過ぎないし、俺に二人を守れるだけの力が無かったのが悪いと思うことにしたのだが。
俺はその日から強くなることを誓った。
この世の理不尽を全て跳ね除ける力を手に入れると。
そして復活するだろうヴォルデモートや死喰い人を一人残らず殺す。
俺の名前はオリオン・レグルス・ブラック。偉大なる魔法使いレギュラス・アークタルス・ブラックとイザベラ・メガラ・ブラックの息子。
――これは俺の物語だ。
◆◆◆
「オリオン様、アルバス・ダンブルドアが面会を求めておられます。いかが致しましょう」
「ダンブルドアって、確かホグワーツの校長をしている人だよね。正直会う必要は無いんだけど、俺が不在の間随分と世話になったみたいだし会ってみるかな」
俺がそう言うと、『かしこまりました』と言ってクリーチャーが書斎から出て行く。
クリーチャーは俺に仕えてくれている屋敷しもべ妖精で、彼は俺が不在の数年間、俺の帰りを待ってくれていた唯一の人物だ。
人ではないから人物とは言わないのか?
まぁ、それにしても俺に来客なんて珍しい事もあるもんだ。
俺が魔法界に戻ってきた当初は相当な騒ぎになったものだが、騒ぎが落ち着くと今度は俺のことを腫れ物に触るような扱いに変わった。
おそらく俺が何処から帰還したかの情報が出回ったんだろう。
大半の人間が信じてはいないだろうが、今では触らぬ神に祟りなしとばかりに避けるようになっている。それこそヴォルデモートのように。
流石に例のあの人とは言われていないが。
だからこそ俺にわざわざ会いに来るアルバス・ダンブルドアに興味を持った。
それに俺が不在の間は、クリーチャーがホグワーツという魔法学校で世話になっていたらしいからね。
読んでいた本を閉じ、応接間へと向かう。
応接間には、真っ白の髪と髭を長く伸ばした如何にも魔法使いというような老人が待っていた。
「お初にお目にかかります、アルバス・ダンブルドア殿。私がオリオン・ブラックです。どうやら私が不在の間、クリーチャーが随分とお世話になったようで。さて、本日はどのようなご用件ですか?」
「初めましてじゃな。ご存知の通り、儂の名前はアルバス・ダンブルドアじゃ。今日はお主に聞きたいことがあって参ったのじゃ」
「聞きたいことですか。どうせ、世間に出回っている噂が真実かどうかを聞きたいんでしょう?」
そう言いつつも、俺は面会に応じたことを後悔し始めていた。
なにせ、この手の質問は飽きるほど魔法省や記者に話した。
そういえば、嘘の記事を書いた新聞社に軽く制裁を加えたら、その後はかなり大人しくなったのを覚えている。
「正直、その質問に答えるのは飽き飽きなんですが??まぁ良いでしょう。では俺に向かって死の呪文を唱えてください」
「な、何を言っておるんじゃ! そんなことをすればお主が死んでしまう!」
死の呪文というのは禁じられた呪文の1つで、受ければ死んでしまう恐ろしい呪文とされている。しかし俺にはその程度の魔法は効かないし、これよりも恐ろしい魔法は山ほどある。
ダンブルドアは頑なに呪文を唱えようとはしなかったので、しかたなく『死の呪文を俺に放て』と魔力を込めた言霊で命令した。
すると、ダンブルドアが驚いた表情をして「アバダ・ケダブラ」と唱えながら杖を振り下ろした。
緑色の光の光線が俺に向かって飛んでくる。
そして俺に命中すると光は収まっていった。確かに、普通の人間ならばこれを受ければ死んでしまうだろう。
だが俺からしてみれば少し鬱陶しい程度のものでしかない。
ダンブルドアは先ほどとはまた別の意味で驚いた表情をしている。
「どうです? これで信じて頂けましたか?」
「……あぁ信じるとも。まさか本当に向こう側の世界に行き、生還する者がおるとはの……」
俺は1年ほど前まで精霊界と呼ばれる場所にいた。
精霊界とはその名の通り、精霊達が住む世界のことだ。
精霊と言ってもこちらの世界にいるような者たちなどではなく、比べ物にならないくらい遥かに強大な力を持っている。
もし、こちらの世界では猛威を振るっているドラゴンが精霊界に迷い込めば、まるで羽虫の如く刈り取られてしまうだろう。
「俺は運が良かっただけですよ。人間が精霊界に迷い込めば生きては帰れない」
「ならばお主はどうやって生き残ったんじゃ?」
「言ったでしょう? 運が良かっただけだと。俺が精霊界に迷い込んでしまったとき、心優しい精霊に助けてもらいました。その後も何かと面倒を見てもらい、なんとか生き残ることができたのですよ」
そう、本当に運が良かった。彼女に出会わなければ俺はここには居ない。
迷い込んでしまった俺を助けてくれたのは彼女だけだった。俺を守り、力を与え、帰る手段を一緒に探してくれた。
精霊界へ行くのはそう難しいことじゃない。
だが、問題は帰りだ。人間にはとてもじゃないが耐えられるものではなく、体がバラバラになるか、髪の毛一本すらも残らずに消滅してしまう。
帰る為には人間という枠組みから外れるしかなかった。進化と言ってもいい。
とにかく、人間を超越した存在にならなければ戻ってきることは出来なかった。結果的に強くなれたのだから問題はないが。
「……お主に頼みがある。どうかホグワーツへと来てはくれんか?」
「確かホグワーツというと魔法学校でしたよね? 俺は誰かに教わる必要も、教えることも何1つありませんよ?」
今更学校へ行く必要はないし、そもそも俺の目的はヴォルデモートとその配下を一人残らず潰すことだ。
もし奴が復活する事さえ出来ない雑魚ならば、かつてデスイーターだった者達を潰して回れば良い。
あとは父上を裏切った魔法省や闇払いの連中も潰す。
これに関しては確証が無いのでしばらくは様子見だけど。
「できれば君には生徒としてホグワーツに来て欲しいが、どうやらそれは難しそうじゃの。なので君には、ホグワーツをあらゆるモノから守る戦力として待機していて貰いたい。もちろん十分な報酬は用意するつもりじゃ」
「あらゆるモノから守る戦力……か。それはデスイーターやヴォルデモートのことを言っているのですか?」
一瞬だけダンブルドアは眉を顰めたが、すぐに元の穏やかな顔つきに戻った。
「……あまりその名前を口にするでない。未だに奴を恐れておる者が大勢おるからの。――さて、質問の答えじゃが、君には闇の魔法使いたちに対抗する戦力としてだけではなく、ホグワーツに危機が迫っている時に手を貸して欲しいと思っておる」
「貴方ほどの魔法使いがいれば、大抵の事はどうにかなるでしょう? とてもじゃないが俺が必要とは思えませんね」
「お主からすれば儂など有象無象の一人に過ぎんじゃろうに……。儂がいつでもホグワーツに居られるとは限らんからの。儂が不在の間に、ホグワーツを狙って来る可能性があるんじゃよ。それに、今年の生徒の中には『生き残った男の子』であるハリー・ポッターがおるんじゃ。奴らが狙うには十分すぎる理由じゃろうて」
なるほどね。確かに、ヴォルデモートを殺したと言われているハリー・ポッターが狙われる可能性は高いな。
むしろハリー・ポッターを餌にして、奴らを誘き出すのも悪くないかもしれない。
それにダンブルドアの近くにいれば、父上を見捨てた裏切り者を見つけ易いというのもあるだろう。
「……いいでしょう。いくつかの条件を呑んで頂けるのでしたら、その話を受けますよ」
俺はしばらく思考した後、ダンブルドアにそう切り出した。