「はじめまして、マクゴナガル教授。本日はどうかよろしくお願いします」
そう言いながら老若男女を問わずに魅了してしまいそうな笑顔を私に向けているのは、今の魔法界の注目を一身に浴びている少年――オリオン・ブラックです。
彼は今年からホグワーツに常駐し、私たち教師と共に生徒の安全を守るという依頼をダンブルドアから受けたと聞きました。
なので今日はホグワーツの下見を兼ねて、私が案内をすることになったのです。
彼についての噂の真相は私にはわかりませんが、ダンブルドアが直接頼み込んだほどなのだから、おそらく事実なのでしょう。
それに、彼を実際にこの目で見てみれば、どこか普通の人とは違った雰囲気をまとっているのがわかります。
外見は15歳ほどにしか見えませんが、それよりも少し若いという印象も受けるし、歴戦の魔法使いのようにも感じるのです。
そんなミステリアスな雰囲気に加え、この絵画のように整った容姿。流石は魔法界の王族と呼ばれる血筋といった所でしょうか。
将来は数多くの女性を泣かせる事になるでしょうね。
「はじめまして、ミスター・ブラック。こちらこそよろしくお願いします」
……いつまでも彼に見惚れている訳にはいきません。
彼がどれほど優れた魔法使いであっても、年長者として私がしっかりとしなければなりませんから。
「早速なんですけど、ホグワーツへの案内をお願いしても良いですか? 世界一の魔法学校なんて、今まで目にする機会はありませんでしたから。これでも結構楽しみにしていたんですよ?」
穢れを全く知らない様な瞳を爛々と輝かせ、私を急かす彼の姿はとても微笑ましい。
私には孫と呼べる子が居ないので、もし居たのならこれほど暖かい気持ちになったのでしょうか……。
それにしても、やはり噂というのは当てにはなりませんね。
これほど純粋な瞳を持つ彼が、巷で噂になっているようにいくつもの新聞社を潰したり、魔法使いを襲撃したりする訳がありません。
あまつさえ、魔法省を支配下に置くために暗躍しているなどという根も葉もない話まであるのですから……。
あのダンブルドアでさえ『オリオン・ブラックには気を付けろ』なんて私に言うものですから、私も身構えてしまいましたが、実際に会ってみれば所詮噂に過ぎないと分かりますね。
「フフ、では行きましょうか。さぁ、私に掴まって」
「はい、マクゴナガル先生。……あ、夕食までには戻るから、その間この家のことは任せるよ」
「かしこまりました」
そう言って主人である彼に恭しく一礼する屋敷しもべ妖精。
これほどまでに信頼関係が築かれているのも珍しいですね。
屋敷しもべ妖精を従えるという事は魔法使いにとって一種のステータスでもあるので、名家と呼ばれる一族に仕えている事がほとんどです。
そして魔法族の名家というものは傲慢な性格の者が多い傾向にあるので、彼ら屋敷しもべ妖精は虐げられる事が多いのです。
……杖を使わずに魔法を使用できるなど、人間よりも屋敷しもべ妖精たちがの方が優秀という事実も、迫害に拍車を掛けているのかもしれません。
ホグワーツでも多くの屋敷しもべ妖精を雇っていますが、嘆かわしい事に生徒はおろか教師にまで不当に彼らを冷遇する者がいます。
どうにかしてあげたいとは思いますが、当の本人たちがそれを良しとしているので難しく、現状を変える事が出来ません。
彼らの忠誠心には感心しますが、もう少しどうにかならないものかと、もどかしい思いをしています。
「お待たせしました。では改めてよろしくお願いします。
私が差し出した手に彼がしっかり掴まったのを確認した後、私たちは姿現しでこの場を離れました。
◆◆◆
少し離れた場所にあるホグワーツ城を見上げる。
「へぇ、これがホグワーツ魔法学校……学校というよりも、これはもう完全にお城ですね。あそこから見る景色は凄そうだ」
俺とマクゴナガル先生は『姿現し』という移動術でホグワーツに瞬間移動した。
といっても、ホグワーツには直接姿現しができない様になっているらしく、城の外にある橋の上に飛んだ。
「ええ、あの一番上から見る景色は絶景ですよ。それに、ホグワーツの中も決して貴方を退屈させることは無いと思います。なにせホグワーツの性質上、我々教師でさえ把握していない場所もありますから……」
「ははは、それは楽しみです。生徒の安全を守るという依頼を受けたからには、私がホグワーツを丸裸にしてみせますよ」
「貴方なら本当にできるかもしれませんね。期待していますよ」
マクゴナガル先生は少し複雑そうな顔をしたが、すぐに優しい微笑みに戻った。
……もしかしたら、彼女は教師として危険な場所を放置せざるを得ない今の状況を、もどかしく感じているのかもしれない。
マクゴナガル先生は人としても教師としても良い人だ。ダンブルドアの印象はどこか胡散臭いものだったから、尚のことそう思う。
そして、歩きながら門をくぐって校内を見渡し、ひとつ疑問に思う。
「確かホグワーツに通う生徒は1000人程でしたよね? それにしては、あまり生徒たちを見かけませんが……」
「ああ、今はちょうど生徒たちは夏休み中です。ここに残っているのは我々教員と、自ら残ることを望んだ少数の生徒だけですよ。夏休みが終われば、ホグワーツは活気に溢れた素晴らしい場所になります。……もっとも、元気が良すぎる生徒も居ますが」
ああ、なるほど。
確かホグワーツは夏休み明けに新学期が始まるんだったな。それで今は生徒が少ないのか。
学校なんて行ったことがないから、行事なんてさっぱり分からなかった。
そのまま、マクゴナガル先生の案内を聞きながらホグワーツの中に入って行く。
城の中はいかにも魔法使いというような仕掛けがされていて、とても複雑――いや、はっきりに言えば非常に面倒だった。
「あの、マクゴナガル先生。ここってすごく不便じゃないですか? 階段が勝手に動いたり、肖像画の許可を得ないと開かない扉だったり……」
魔法使いの学校とはいえ、ここまでくれば不便なだけだ。遠くの方ではゴーストが飛び回っているし。
一体だけ悪意を持って近づこうとした帽子を被ったゴーストが居たが、ひと睨みしたらすぐさま引き返していった。
そこまで強い悪意ではなかったのでそれで済ませたが、あまりうろちょろされるのも不快なので消しておくか?
「慣れないうちは不便に感じるかもしれませんが、慣れればこれが便利になるのですよ。この階段だって移動にとても便利ですし、肖像画も良い防犯になりますから。今は姿が見えませんが、ホグワーツには多くのゴーストたちが住み着いて居ます。彼らは一部の厄介な者を除けば気の良い方たちですよ」
ふむ。だったら出来る限りゴーストは消さない方が良いか。無論、目障りならば証拠を残さずに消し飛ばすが。
俺がそんな薄暗い事を考えているとは夢にも思わないだろうと、誇らしそうにホグワーツの説明をするマクゴナガル先生を見てそう思う。
この人からはマイナスの感情を感じない。
こちらの世界に戻ってからは、出会った人全員から多かれ少なかれそういう感情を向けられていた。
どうも今の身体は悪意というものに過剰に反応してしまうらしく、精神的に疲れるのだ。
唯一の例外は、以前から仕えてくれていた屋敷しもべ妖精のクリーチャーだけだった。
だからこそ、俺も彼のことを大切に思っている。
そして、あのダンブルドアでさえ心を完全に隠すことが出来ていなかったのに、マクゴナガル先生からは微塵もそういったものを感じない。
流石に、彼女の閉心術がダンブルドアを上回っているということはないので、純粋に俺に対してマイナスな感情を抱いていないのだろう。
できれば、彼女には俺の目的の邪魔をしないでもらいたいな。この人に排除なんて真似はしたくない。
こんな事を普通に考えている自分が少しだけ嫌になった。あの場所のせいで変わってしまったのか、それとも元々こういう性格だったのか……。
その後もホグワーツについての説明が続き、とある部屋の前でマクゴナガル先生の足が止まった。
「ここが貴方に与えられた部屋になります。ホグワーツには部外者は立ち入ることが出来ないので、戸締りをおざなりにしてしまう人が居ますが、防犯の為にもしっかりと行うようにして下さい。では、私はこの後も仕事があるので失礼しますね」
マクゴナガル先生はこの後に仕事があるらしく、俺に一言断ってから立ち去っていった。
……教師には夏休みでも関係なく仕事があるんだな。幸い、俺は金には困っていないので無理に働く必要は無いから関係ないけど。
部屋の前に突っ立っているのもなんだし、さっさと中を確認するか。
少し重い扉を押して開く。室内はきちんと掃除が行き届いているらしく、埃っぽいと感じる事はなかった。
その上、この部屋は一人で使うには少々広すぎるくらいだ。
俺は部屋を一度見わたした後、設置されている大きな窓に近づき外の景色を見てみる。
「おっと、これは中々……いや、かなりの絶景だな」
窓からの景色は湖を一望でき、それが夕陽に照らされて思わず見惚れてしまう。
言葉では言い表せないくらい綺麗だった。
ここで寝泊まりするつもりはなかったけど、これほどの部屋ならそれも有りかもしれないな。
そう思うほどに、ここから見る景色は素晴らしいものだった。
「落ち着いたら、こういう景色の良い場所に城を建てようかな。土地さえ用意すれば俺の魔法でなんとかなるし。そうすれば煩わしい連中と顔を合わせなくて済む。……あ、クリーチャーだけで城を管理するのは流石にきついか」
今のうちに何か考えておこう。