外に出ると既に夕暮れ時で周りの建物がオレンジ色に照らされていた。
さっきまで激しい戦闘を繰り広げていたことが嘘だったと思ってしまうほど、その光景が平和そのものであるかのように見えた。
尤も、今になって身体に溜まった疲れがドッと押し寄せてきたので、そんな余韻はすぐに無くなってしまったけど。
「カムイー!」
元気に自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
大きく両手を振りながら満面の笑みを浮かべているナルト、控えめに手を振るヒナタ、軽く頭を下げるネジ、そして彼らの一歩後ろで優しげに微笑む紅さんが見えた。
小さな応援団の登場だ。
「おっ、来たな。お前らが応援してくれたおかげで優勝出来たんだ。ありがとな」
そう言って駆け寄ってきた三人組の頭を順番に撫でてやると嬉しそうに相好を崩した。
「へへへ、カムイってばすげぇカッコ良かったってばよ」
「お見事でした、カムイさん」
「すごかった、です……!」
ナルト達は口々に俺を褒めてくれるが、三人それぞれに共通しているのは心から俺を祝福してくれている事だろう。
裏表の無い感情はとても心地が良い。
こうやってナルト達の顔を見ただけで身体の疲れが癒されていくような気がする。
「よしっ、さっき臨時収入があったから今日は俺が奢ってやるよ。好きなもんを好きなだけ食え!」
「わーい、相変わらず太っ腹だってばよ!」
ヒルゼンから貰った報酬で懐が潤っているので、応援してくれたお礼に夕食を奢ることにした。
近くの飯屋に連れて行き、腹一杯うまい飯を食わせてやる。
今の俺には飯を一回奢ったくらいでは減った気すらしないほどの大金があるからな。
色を付けておくとは言っていたが、しばらくは遊んで暮らせる額をポンとくれるとは思わなかったぜ。
五人でテーブルを囲みながら楽しく夕飯を食べた。
第一試験の筆記テスト、第二試験の蜘蛛の化け物、そして第三試験のトーナメント、今日あった出来事を面白おかしく話してやった。
しかし、想定外だったのは店に入ってから1時間ちょっとが経過した頃……紅さんが完全に出来上がってしまったことだ。
「ちょっとカムイぃ~? 聞いてるのぉ~?」
「はいはい。聞いてますよー」
「もう……カムイったらいつもこうなんだから……」
紅さんは何故か俺よりも俺の中忍昇格を喜んでくれて、制止も聞かずに結構なハイペースで酒を飲んでいた。
当然ながらベロベロに酔っ払ってしまい、その結果が今のこの惨状という訳だ。
大人がここまで酔っ払う姿はあまり子供達の教育的に良くないので、呂律がちゃんと回らなくなったあたりで早々に切り上げ、ナルト達を家まで送り届けてお開きとなった。
今はアパートまでの帰路の途中だ。
日向の屋敷とナルトのアパートに寄っていたから、すっかり日は落ちて暗くなっている。
「紅さんって悪酔いしやすいですよね。前にもこんな事ありましたし」
俺は背中で酔っ払っている紅さんにそう言った。
「そんなことないわよぉ。ここまで酔うことなんて滅多にないんだからぁ」
そんなことを言いつつも紅さんは酔っ払っても記憶は残るタイプなので、きっと今回のことも朝になれば頭を抱えて悶々とすること間違いなしである。
……ま、背中に素晴らしい感触を感じれるので俺としては大歓迎なんだけどさ。
「アパートに着きましたよ。寝るならベッドに入ってからにしてくださいね?」
「はぁーい」
妙に色っぽい返事である。
ついつい変な考えを起こしてしまいそうになるのでさっさと鍵を開けて部屋に入り、紅さんを寝室のベッドにゆっくりと下ろした。
本当は風呂に入るか最低でも着替えた方が良いんだろうけど、流石に相手の意識が朧げの中そこまでやるのは気が引けるのでこのまま寝かせるしかないだろう。
というか、そんなことをすれば俺の理性は簡単に決壊し、色々とまずい事になるのは間違いない。
今だって結構ギリギリだったのに。
「それじゃあお休みなさい。また明日」
「ねぇ、カムイ?」
「なんです──えっ」
急に腕を掴まれてそのままベッドの中に引きずり込まれる。
完全に気を抜いていたところに不意打ちをかまされ、俺が押し倒される形で馬乗り状態となった。
紅さんのまつ毛が確認できるくらいお互いの顔がすぐ近くにある。
アルコールで赤らんだ頬が普段よりも色気を際立たせ、月明かりに照らされたその表情は呼吸を忘れてしまうほどに綺麗だった。
「フフッ、今夜はこのまま一緒に寝ましょ? 頑張ったご褒美よ」
「いや、でも……」
「言っておくけど、誰にでもこんな事をするわけじゃないんだからね? 貴方だから特別に、よ」
その言葉にドキリと心臓が跳ねた。
ただでさえ自分の好みを体現しているかのような女性が向こうから誘惑してくるんだ。
今の紅さんが酒で理性を失っていると頭では分かっていても、俺の身体は反応せずにはいられなかった。
ゆっくりと近付いてくる赤らんだ顔。
これを拒絶出来る男がいれば是非とも教えて欲しい。
少なくとも俺には到底無理な話であり、どれだけ修行を積んだとしても紅さんを拒絶するなど不可能だろう。
そうして、このまま流されてしまえという悪魔の囁きに、俺は遂に逆らうことが出来なかったのだった。