「あ? 誰だテメェ」
俺の視線の先には、ゴブリンのような仮装をしたガキが佇んでいた。
その子供をよく見てみれば、二本のツノやら鋭い歯などガキのコスプレにしては妙に手が凝っている。
てか、よりにもよってなんでゴブリンなんだよ。
最近のガキが考えていることはさっぱり分からんな。
……いや、ガキだから餓鬼ってか? なるほど、そこまで考えてんなら素直にスゲェわ。
どうせ違うだろうけど。
一応状況を整理しておくと、ここは俺が借りているマンションの一室。
近くのコンビニへ買い出しに行くため数分出かけていただけなのに、どうやらその間にこのクソガキが入り込んだようなのだ。
このマンションのセキュリティは結構しっかりしているからと、部屋のカギを掛けなかったのは失敗だった。
……あー、確か今日はハロウィンだったな。俺みたいな引きこもりの落伍者には一生縁がないイベントなんだから、そういうのは他所でやって欲しいもんだ。
だいたい家主が居ないのに無断で上がり込むなんて、一体どういう教育を受けてんだよ。
俺は舌打ちしつつも、先ほどコンビニで買ってきた袋をゴブリンのコスプレをしたガキの足元に放り投げた。
ガキは好きじゃないが、さっきの洒落を考えた報酬としてくれてやろう。
「ほら、そん中から好きなもん適当に持っていけ。そして二度と来んじゃ……うおぉ!?」
先ほどまでこちらの様子を伺っていたガキが、俺が視線を外した瞬間に持っていた棍棒でいきなり殴り掛かってきた。
「グギャッ!」
「あ、やべ」
このガキが急に襲い掛かってくるもんだから、つい反射的に蹴り飛ばしてしまった。
しかも飛んでいった場所が悪かったらしく、後頭部を強打してしまいピクリとも動かなくなってしまう。
「お、おい……。おいおいおいおいおい!」
マジかよ、ヤっちまった……。背中に嫌な汗が流れ、血の気が引いていくのを感じる。
どんな状況だったとしても子供を殺しちまったら刑務所にぶち込まれて、下手すりゃ一生檻の中なんて事もありえる。
こんな世の中だ。このガキがいきなり殴り掛かってきたと主張したところで誰も信じちゃくれない。
信じたとしても、『子供が殴り掛かってきたから殺しました』なんて事をほざけば、過剰防衛と判断されるに決まっている。
つまり、俺の人生はここでゲームオーバーってことだ……。
「マジかよ……終わった……俺の人生」
体の力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
ガキの頭から血が流れ、水溜まりみたいに広がっているのだが、俺はどうやら血の色が赤ではなく紫に見えてしまうくらいに気が動転している。
ん? 血が、紫?
「……って、勘違いじゃない? なんで血が赤くないんだ?」
何度目をこすってみても、床に広がった血は毒々しい不気味な紫色をしている。
おそるおそるガキに近づき身体を調べるが……おかしい。
一目見た時はゴブリンのコスプレをした変なガキだと思ったが、身体のどこにも被りモノのつなぎ目らしき箇所は見当たらないし、額から飛び出している二本の短いツノは引っこ抜く事が出来なかった。
「もしかしてコイツ……人間じゃないのか?」
心の中でそんな訳がないと思いつつも、その言葉を口にした瞬間、安堵の感情が全身に広がっていく。
人間じゃないなら生き物を殺してしまっても殺人ではないし、罪に問われることもない。
もう一度このバケモノの身体を調べるが、人間の骨格とは明らかに違うので、やはり人間ではないようだ。
俺の口から無意識のうちに乾いた笑いが溢れ、思考停止していた頭がようやく動き始めた。
なら、コイツはいったい何者だ? 人間じゃないにしても、こんなゴブリンみたいな生き物は見た事がない。
それこそ、ファンタジー系のゲームに登場する創作物の中にしか存在しないだろう。
ここでいくら考えてもしょうがない。とりあえず、警察に連絡してこの死体を片付けてもらわないとな。
今まで気が付かなかったがコイツ、ひどい臭いだ。下水よりもひどい。
……下水の臭いなんて嗅いだことないから知らないけど。
ポケットからスマホを取り出し、警察に通報する為に画面を操作する。
《魔物の討伐を確認しました。個体名『秋月 千尋』にステータスを解放します。職業を選択してください。》
俺がスマホを操作していると、そんな無機質な声が頭に響いてきた。
「今度はなんだよ……ステータス? ほんとにゲームみたいじゃ――」
===================
秋月 千尋 20歳 男 レベル1
種族:人間
筋力:3
耐久:2
敏捷:3
魔力:5
魔耐:1
精神:5
[職業]▼
[スキル]
===================
……は? ついに俺の頭がおかしくなっちまったのか? 変な声が聞こえたと思えば、目の前の何もない空間にこんなものが表示されるようになっちまった。
ステータスが表示されている場所を触ろうとするが、すり抜けて触れる事ができない。
「ん? [職業]ってところの横が点滅しているな」
俺は深く考えることなく、点滅している箇所に触れてみる。
すると、ステータスに新たな表記追加された。追加されたのは『冒険者』『格闘家』『魔法使い』『魔物使い』『ポイント使い』、そして《職業を選択してください。》という文字だ。
マジでゲームみたいだ。
……うん、これは夢だな。
まさかゲームのやりすぎで、こんな夢を見ることになるとは思わなかった。
ゴブリンが出てきたり、ステータスが出現したり。こんな夢を見たのは、おそらく最近はまっている新作のRPGが原因だろう。
ただ生粋のゲーマーとして、いくら夢だったとしてもゲームクリアを目指したいという気持ちがある。
まぁ、この夢にクリアというゴールが存在しているのかは微妙だが。
さて、『冒険者』『格闘家』『魔法使い』『魔物使い』『ポイント使い』から選択しなければならないようだな。
俺の予想では冒険者がバランス型、格闘家が近接戦闘型、魔法使いが遠距離戦闘型、魔物使いはさっきのゴブリンのような魔物を使役して戦う職業だろう。
そしてポイント使いだが……さっぱりわからん。
他の職業はよくゲームなんかに出てくるのだが、ポイント使いなんてものは初めて見た。だが、俺の感ではこのポイント使いが一番良さそうなんだよな。安ぱいをとるなら冒険者か格闘家ってところか。
どうせ夢なんだ。普段なら選ぶ事はないであろうポイント使いを選択するか。
5つある職業のうち、ポイント使いを指で触れてみた。すると、また同じように機械的な音声が聞こえてくる。
《職業が選択されました。スキル『ポイント獲得』を獲得しました。スキル『ポイント交換』を獲得しました。》
===================
秋月 千尋 20歳 男 レベル1
種族:人間
筋力:3
耐久:2
敏捷:3
魔力:5→8
魔耐:1→3
精神:5→7
ポイント:0
[職業] ポイント使い
[スキル] ポイント獲得・ポイント交換
===================
「ファンタジー感がまったく無いスキルを獲得したみたいだ……」
それにしても、ポイント獲得と交換のスキルか。まるで店で貰えるポイントカードみたいだな。
他にはステータスが多少上がったみたいだが、基準がわからないのでこれが良いのか悪いのか不明だ。
そして、ステータスのスキル欄にあるポイント獲得、ポイント交換の表記に触れると、それぞれの説明文が出現した。
《ポイント獲得:触れている物質をポイントに変換することができる。ポイントの変換レートは物の価値によって上下する。》
《ポイント交換:所有しているポイントをアイテムやスキル、ステータスなどに交換することができる。》
へぇー。これを見る限りではチート系の能力っぽいが、説明文に記載されている物質を変換ってなんでもいいのか? ゴミとかでもいいなら一石二鳥じゃねぇか。
ふとゴブリンの死体に目を向ける。……ちょうど良いところに、処分に困っている粗大ゴミがあるな。
頭から血を流しているゴブリンの死体に近づき、『ポイント獲得』と心の中で念じながらゴブリンに触れてみる。
《5ポイントに変換可能です。変換しますか? YES or NO》
迷わずYESを選択する。するとゴブリンの死体や、撒き散らされていた不気味な血液がポリゴン状になって消えていった。
おー、スゲェな。死体だけじゃなく、血まで処分してくれるらしい。
続けてゴミ箱の中に入っているゴミに触れ、『ポイント獲得』と念じてみる。
《この物質はポイント変換できません。》
「ふーん、さすがに本物のゴミは変換できないみたいだな。それとも何か別の法則でもあるのか?」
他にも色々な物を試してみるが、そのほとんどがポイントにはならなかった。唯一変換できたのが金だ。ゴールドではなく通貨の方。
ちなみに、ゴブリンの死体が5ポイントだったのに対して百円玉が1ポイント、千円札が10ポイント、一万円札が100ポイントだった。
十円以下は交換できないみたいだ
つまりゴブリンは5百円の価値しかないことになる。まぁ、所詮雑魚キャラだろうから仕方ないな。
俺はどうせ夢だからと今持っている現金を全部ポイントにしてやった。
財布の中には59600円が入っていたので、ゴブリンの5ポイントと合わせて俺の所持しているポイントは現在601ポイントだ。
次は『ポイント交換』と念じてみる。
するとステータスと同じように、何もない空間にタブレットの画面のようなものが出現した。
アイテム・食料・武器・防具・スキル・ステータス、と表示されていて、それぞれの項目に触れると一覧が表示されるようだ。
「夢のくせにこんな細かいところまで作りこまれてやがる……。ゲーム脳って恐ろしいな」
アイテムや食料は基本的にそこまで高額ではないが、武器と防具は手が出せない品物が多くあった。
特に『聖剣エクスカリバー』なんて1000000000ポイントだ。現金換算で一千億円なので、初めから交換させる気が無いのだろう。
スキルの価格はかなりバラつきがあり、今持っているポイントで交換できるものもあれば、エクスカリバー同様に到底不可能なものもある。
ステータスはどの項目も1上げるのに100ポイント必要だった。つまり一万円必要なわけだが、これを高いと取るか安いと取るかは微妙なところだ。
とりあえずは保留にしておく。
さて、次は適当にアイテムを交換してみるか――そう思った瞬間、カタカタと家具が揺れ始めた。
「おっと、地震か? それにしては少し――」
「グルルルルゥゥアアアア!!!」
揺れが小さかったので机の下に隠れるか迷っていると、窓の外から聞いた事もないような咆哮が聞こえてきた。
「な、なんだよ今のは……!」
慌ててベランダへ出てみると…………ドラゴンがいた。
真っ赤な鎧のような鱗を身にまとい、堂々と飛び回る姿はまさに空の王者と呼ぶに相応しい。
トカゲに羽を付けたみたいな外見だが、そこから発している威圧感や存在感の大きさによって、まったく別の生物だと思い知らされる。
上空を旋回しながら飛行し、時々思い出したように建造物や人間に対して攻撃を行なっていた。
同じファンタジーの生き物でも、さっき俺が殺したゴブリンなんかとは比べ物にならない。
あのドラゴンが羽ばたくだけでも、それによって生まれた風圧が人間を玩具のように吹き飛ばしていく。
ははは……なんだよあれ。あんなのラスボスか隠しボスじゃねぇか! 間違ってもレベル1で相手にして良い奴じゃねぇぞ!
「お、おい……まさかあのドラゴン、こっちに向かってきているのか?」
人や物に対して破壊の限りを尽くしていたドラゴンは、何を思ったのか真っ直ぐこちらに向かってきた。
ドラゴンが高速で移動する風圧によって周囲の被害は激増するが、あのドラゴンはそんな事はまったく気にした様子は無く、それどころか更に速度を上げているようにも感じる。
――逃げないと、死ぬ。
そう思うのだが、死を目前にして足がすくんでしまい逃げ出すことができない。俺がそうしている間もドラゴンは待ってはくれない。
「あ、やべ――」
「グルアァァァアアアアア!!!」
ドラゴンの尻尾がマンションの俺の部屋の直撃し、全身に今まで感じたことのない衝撃を受けた。
そして俺の意識は闇に沈んだ。